F1技術解説レビュー フェラーリ:稚拙な戦略ミスや信頼性で本来の実力を出せなかったSF90

 2019年のプレシーズンテストで圧倒的な速さを披露したフェラーリSF90。しかし開幕戦オーストラリアGPでは、メルセデスにコンマ7秒もの大差をつけられてしまう。車体前部のダウンフォース不足が最大の原因だったが、フェラーリがそれを何とか解決するには、夏休み明けを待たなければならなかった。そしてシーズン終盤には、パワーユニット(PU/エンジン)への疑惑も持ち上がった。

■マシンコンセプトは独創的だったが……

 一見すると2017、18年型マシンに似通っているSF90だが、開発コンセプトは過激なほどに変更されている。それは三角形のエアインテークが、ライバルたちよりはるかに薄くなっているのを見ても明らかだろう。SF90の開発責任者たちが最も重視したのは、ドラッグの軽減だった。しかしそれは当然ながら、ダウンフォース不足の危険を常に伴う賭けでもあった。

 そのコンセプトに従って、彼らはフロントウイングも外側に向かって落ちて行く形状にした。フロントウイング自体の発生するダウンフォースよりも、乱流を外側に逃がすアウトウォッシュ機能を優先したのだ。

 しかし、車体前部のダウンフォース不足は、開発陣が覚悟していた以上だった。そのため彼らは前後のバランスを取るために、リヤ側のダウンフォースも減らさざるを得なかった。しかしそのために、ただでさえ熱の入りにくい2019年型ピレリタイヤは、ダウンフォースの少ないフェラーリSF90ではいっそう作動温度域に入りにくくなってしまったのである。

■てこずった軌道修正

 開幕後のフェラーリは、さまざまな軌道修正を試みた。最初の大幅アップデートは、第5戦スペインGPだった。ここではリヤウイングやエンジンカウルに加え、フロントウイング翼端板も大きく形状変更された(白矢印参照)。しかし効果は限定的で、フロントのダウンフォース不足によるアンダーステア傾向が改善されることはなかった。

 6週間後の第8戦フランスGPでの改良版投入も、戦闘力向上には結びつかなかった。フロアの切り欠きにデフレクターを加え、ディフューザーも設計変更されたが、風洞実験の効果が再現できず、予選以降は旧型に戻された。

 さらに夏休み直前の第12戦ハンガリーGPでは、バージボード周りの空力がいっそう複雑な形状となった。ダウンフォース増大を狙ったものだが、当然ながらドラッグも増える。とはいえフェラーリはこの時期にようやく、独自コンセプトにこだわる姿勢を捨てつつあった。そして彼らの努力は、夏休み明けからの快進撃に結実する。

■シンガポールでの大健闘

 第13戦ベルギー、第14戦イタリアGPの連勝は、ある意味順当といえた。さらに最大のダウンフォースが要求される第15戦シンガポールGPでも、フェラーリは1−2フィニッシュをやってのけた。その秘密は、ノーズの控えめなアップデートにあった。鼻の内側に設けられた2本のバーがベンチュリー効果による気流の加速を生み、車体前部のダウンフォースを増大させたのだった。

 フロントがようやくしっかり食いつくことでアンダー傾向は改善され、リヤのダウンフォースも回復することができた。フランスGPで結果の出なかったフロアも、シンガポールの改良版は満足すべき性能を発揮した。

開幕戦のメルセデスを100とする上位3チームの戦闘力比較

 この時点でのSF90はメルセデス、レッドブルを抜いて、最も戦闘力のあるマシンとなった。その後も第16戦ロシア、第17戦日本、第18戦メキシコGPで、ポールポジションを獲得する。しかしこの3戦はいずれも、メルセデスが勝利した。フェラーリは速さでは優っていても、信頼性と稚拙な戦略で敗れたのである。

■パワーユニット疑惑に揺れた終盤

 完全復活を果たしたかに見えたSF90だったが、シーズン終盤3戦はそれまでの戦闘力を失ってしまう。そしてこの時期は、フェラーリ製パワーユニットへの疑惑が巻き起こったタイミングでもあった。

 そのひとつが第19戦アメリカGP前にレッドブルの告発した、燃料流量疑惑だった。1時間100kgと規定された燃料流量を、センサーの操作で一時的に超えているというものだ。FIAはこれを受けて全チームに、「燃料流量計のいっさいの操作を禁止する」という技術指示書を送った。

 フェラーリへの疑惑はこれに留まらず、インタークーラーのオイルを燃焼室で燃焼しているのではないかという疑いも浮上。FIAは、追加の技術指示書を出すことになった。

 その間もフェラーリは終始、疑惑を否定し続けた。さらにいえば技術指示書が出たあとも、SF90の速さはいささかも衰えていなかった。終盤のSF90がそれまでのような最高速を出していなかったのは、疑惑発覚を恐れてパワーを絞ったからではない。単純にダウンフォースをより重視するセッティングにアプローチを変え、必然的にドラッグも増えたからである。

■SF90は、悲劇のマシンだった?

 フェラーリSF90は、決して遅いマシンではなかった。メルセデスと比較しての平均ラップタイムは0.1秒落ちだったし、ポールポジション獲得数も9対10の僅差だった。しかしレースではフェラーリの3勝に対しメルセデス12勝と、大きく差をつけられた。それこそがまさに、2019年シーズンのフェラーリの最大の問題だった。

 敗因は多岐にわたる。バーレーン、ドイツ(の予選)、ロシア、アメリカは、信頼性の問題が出た。第4戦アゼルバイジャン(の予選)と第7戦カナダ、日本、第20戦ブラジルは、ドライバーミスだった。そして第9戦オーストリアとメキシコは、稚拙な戦略が足を引っ張った。

 その結果2019年のフェラーリは、2017年より18ポイント、2018年より67ポイントも少ない結果しか残せなかった。SF90の本来の戦闘力を考えれば、非常に残念なシーズンだったと言えるだろう。マッティア・ビノット代表は2020年シーズンのマシンに関しては、「よりダウンフォース重視のマシンにする」と、方針転換を明言している。

■フェラーリSF90、2019年シーズン中のアップデート一覧
1)第4戦アゼルバイジャンGP=バージボード、サイドポンツーン脇のバージパネル、フロア
2)第5戦スペインGP=パワーユニット、フロントウイング、エンジンカウル、リヤウイング
3)第8戦フランスGP=フロントウイング、フロア、リヤウイング、ディフューザー
4)第9戦オーストリアGP=フロントウイングピラー、ターニングベイン
5)第10戦イギリスGP=エンジンカウル
6)第12戦ハンガリーGP=バージボード、バージパネル
7)第13戦ベルギーGP=ノーズ、フロントウイング
8)第14戦イタリアGP=パワーユニット
9)第15戦シンガポールGP=ノーズ、フロア、ディフューザー
10)第21戦アブダビGP=ウェストゲートパイプ

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