川崎市はなぜ差別に刑事罰を科したか 全国初、「表現の自由」に配慮し厳格条件 川崎の差別禁止条例(1)

 ヘイトスピーチ対策として全国初の刑事罰を盛り込んだ差別禁止条例が2019年12月12日、川崎市議会で成立した。16年のヘイトスピーチ対策法施行から3年たっても根絶されていないため、具体的にヘイトを定義して禁止行為を明示し、実効性の確保を狙う。在日コリアンや、差別と向き合ってきた市民らは「初めて差別が犯罪と定められた」と喜ぶ。全面施行は7月1日。条例の中身はどのようなものなのか。(共同通信ヘイト問題取材班、3回続き)

 ▽罰金まで厳格な条件

 正式名称は「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」。ヘイト規制を議論するたびに問われるのは、憲法が定める「表現の自由」に抵触しないのかという点だ。このため川崎市条例は刑罰までいくつもの段階を踏み、厳しい条件を付けることで、表現の自由に配慮した。

 まず、何がヘイトに当たるかについて、外国出身という属性を理由とした「居住地域からの排除、身体への危害の扇動、人以外のものに例えるなど著しい侮辱」と定義。対象場所を「道路、公園など」と公共空間に限定し、手段も「拡声器を使用」「プラカードを掲示」「ビラを配布」と明示した。

 これらの要件を満たしヘイトと認定されても、すぐに刑罰は科されない。市は第三者機関(審査会)の意見を聞き、勧告、命令、公表の3段階の行政手続きを用意。勧告、命令の有効期間も限定した。ヘイト認定し1回目の勧告を出した後、6カ月が経過すれば、再度ヘイトと認定されても命令には進まず、再び勧告となる。

 3段階目の公表まで進めば、市は警察や検察など捜査機関に告発し、最終的に裁判所が50万円以下の罰金を科すかどうかを決める。司法判断に委ねることで恣意的な運用の恐れも排除する狙いだ。

刑事罰を盛り込んだ差別禁止条例が可決、成立した川崎市議会

 ▽川崎は「元祖・多様性」のまち

 条例は退席議員2人を除いた与野党の全会一致で成立した。条例の周知徹底とあらゆる差別への対策を市に求める付帯決議も付けた。

 福田紀彦市長は条例成立後、記者団に「罰則付きで重たいが、地域の実情に合わせて実効性の高い条例ができた」と強調した。市長提案の条例にかけた意気込みを問われると「川崎は『元祖・多様性』のまちだ。国内外にルーツのある人たちがつくってきた。これからも多様性を誇りとして取り組んでいく。全ての市民が差別を受けず、個人の人権が尊重されるまちづくりを進めたい」と決意を述べた。

 ▽「条例で守られる」

 条例制定を求めてきた市民団体「ヘイトスピーチを許さない かわさき市民ネットワーク」も成立後に記者会見を開き、「差別で人を傷つけることの責任が明確化された」と評価した。

「ヘイトスピーチを許さない かわさき市民ネットワーク」の記者会見

 裵重度(ペ・ジュンド)さん(76)は「差別や排外意識が直ちに一掃されるとは思わないが、犯罪だという意識が定着すれば、なくなっていく」と期待。石日分(ソク・イルブン)さん(88)は「日本に溶け込んで仲良く暮らしていて、私たちは差別される何のいわれもない。条例で守られることになり、うれしい」と話した。

 崔江以子(チェ・カンイジャ)さん(46)は「以前は職場に『朝鮮に帰れ』と電話があったが、条例素案発表の6月以降は一度もない。成立前から抑止効果は発揮され、既に守られている。今後も抑止効果に期待する」と強調した。

 「表現の自由に十分配慮した条例だ」と評価したのは、メンバーの神原元(かんばら・はじめ)弁護士。「ヘイトデモの現場で警察官がいきなり違反者を捕まえるのではなく、事後的に行政がヘイト認定し、次にデモを計画した場合に禁止するなど、事後規制に徹している。現場でただちに禁止される訳ではないが、これでデモはなくなっていくだろう」と期待を込めた。(続く)

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