亡くなった夫が残した手紙に…行き場のない後悔を抱えて過ごす46歳女性

男女の関係がうまくいくかどうかは、縁とタイミングだとよく言われます。恋人同士にしろ夫婦にしろ、ほんのちょっとしたズレが関係を変えることがあるのではないでしょうか。アユミさん(仮名=46歳)は、今でも気持ちの持って行き場がないことがあると話してくれました。


夫がいきなり末期がんに

アユミさんは、36歳のとき、当時3歳だった娘を連れて、今の同い年の男性と再婚しました。彼も再婚でしたが、子どもはいなかったそうです。

「前の夫とはデキ婚なんです。子どもが生まれてからは言葉の暴力がひどかった。ときには言葉より早く手が飛んできました。それでも子どもが大事だから我慢していました。だけどある晩、風邪を引いて2歳の娘が夫の前で吐いたんですよ。そうしたら夫が『汚えな』と叫んで、間髪入れず娘を殴りつけた。私はそのまま娘を抱いて家を走り出ました」

とはいえ、彼女の実家は遠く、すぐに帰れる状況ではありません。夫はアユミさんを追ってきました。あわてて近所の家に逃げ込んで、すぐに警察に連絡してもらったといいます。それからさまざまな人の手を借り、ようやく離婚することができました。

「手に職もないので,水商売にいくしかなくて。子どもを預かってくれる店だったのですが、私はあまり接客業が向いてなかったみたいで、売り上げも今ひとつのホステスでした。正直言って、私の収入では子どもの将来が心配だし、子どもが小学校に上がったら夜の仕事はやはりやめたい。どうしようかと悩む日々でした」

半年1年ほどたったとき、客としてやってきた男性が彼女をいつも指名してくれるようになりました。そして個人的に会うようになり、プロポーズ。

「彼は手を上げるような人ではなく、本当にやさしい人。娘のことも自分の子のようにかわいがってくれて。毎日、こんなに幸せでいいのだろうかと思っていました」

ところが人間というのは、幸せな状態に慣れていくもの。4年ほどたち、アユミさんが40歳になったころ、ユウタさんという5歳年下の独身男性と知り合います。

「ちょうど娘が小学校に上がったころ、私も何か勉強したいと思って通信制の大学で福祉を学び始めたんです。そのスクーリングで会ったのがユウタ。1週間ほどのセミナーで毎日、話しているうちにすっかり互いに惹かれ合ってしまって」

彼は自営業でした。行く末は父親の経営する高齢者施設を継ぐため勉強を重ねていたのだそうです。運命の出会いだとふたりは感じたといいます。

離婚を考えていたけれど

出会って1年ほどたち、ふたりはますます気持ちが高まっていきました。夫は娘を大事にしてくれるけれど、すでにアユミさんを女性としては見ていない状態。

「寝室も別で、私は寂しかったんですよね。そんなときにユウタが現れた。夫に恨みはないし、本当によくしてもらったけど、このまま不倫関係を続けるわけにはいかない。ユウタと一緒になるのが私の運命なんだと思い込んだんです」

今日こそ離婚を切り出そうと思いながらも、なかなか言い出せませんでした。多少の不満はあっても、夫が娘にとってすばらしい父親であり、アユミさんにもいつも穏やかに接してくれているのは事実。そんな夫に離婚を言い出すのはためらわれたのです。

「ある日、私が『やっぱり言えない』とため息をついていたら、夫が『ちょっと話があるんだ』と。まさか夫から離婚を切り出すのではないかと身構えたんですが、夫は淡々と『オレ、末期がんだと言われた』って。悪い冗談だと思いました。試されているのかと思った」

ところが話を聞くと事実でした。調子が悪くて病院で検査をしてもらったところ、末期がんが判明したのだそう。すでにがんは全身に転移しているため、痛みを緩和しながら夫はできる限り、今まで通りの日常生活を続けていくと結論を出していました。

「ちょっと待って、と。今ならいい治療だってあるはず。抗がん剤をやるとか何か他に手はないの、と私は必死になりました。すると夫は、穏やかに『いいんだよ』って。私が主治医に直談判しようとしたんですが、夫は自分の最期は自分で決めると頑なに言い張るんです。私がやっと主治医に会えたのは、夫が最後に入院したとき。亡くなる2週間前でした」

知らなかった夫の思い

告白からわずか4ヶ月で夫は逝ってしまいました。そういえば少し前から夫は痩せていった。本人は高血圧だからダイエットを始めたと言っていたっけ。あとからアユミさんはそんなことを思い出したそうです。夫はなぜ妻に何も言わなかったのか、ひとりで人生を決めてひとりで逝ってしまったのか。

「思い返しても何がなんだかわからない数ヶ月でした。ユウタも心配してくれましたが、とても会う時間もなかったし会う気にもなれなかった」

遺品を整理していたら、夫がアユミさんにあてた手紙が出てきました。そこにはいかに結婚生活が楽しかったか、娘がかわいかったかが書かれていました。数年前から体調がすぐれず,寝室を別にしたりして申し訳なかったとも……。

「うちは夫が家計管理していたんです。私はそれがちょっと不服だったんだけど、夫はみごとにお金を残してくれていました。娘の学費、私たちの生活費。そして夫が若いころ買った家はすでにローンが終わっていて、名義まで私に変更されていたんです」

アユミさんは夫の仕事内容をよく知りませんでしたが、中堅企業ではあったものの営業成績が抜群で、他社からヘッドハンティングされそうになったこともあるほどでした。彼をひきとめるために会社から特別手当ももらっていたようです。

「それは夫が亡くなってから、会社の方が教えてくれました。私は夫のことを何も知らなかったんです」

夫の手紙の最後には、自分が死んだら好きな人と一緒になってくださいと書かれていたそうです。

「夫はたぶん知っていたんだと思います。私の不倫を」

彼女の目から涙がぼろぼろとこぼれ落ちます。もしかしたら、夫は妻の不倫に気づいていて、あえて体調が悪いのに病院へ行かなかったのかもしれない、夫の死は緩慢な自殺に近いのではないか、そしてそうさせたのは自分ではないのか。アユミさんはそう思っていると途切れ途切れに教えてくれました。

アユミさんは今、福祉関係の仕事に就き、中学生になった娘とふたりで暮らしています。ユウタさんとは夫の死後、どうしても会う気になれませんでした。

「夫の気持ちを大事にしながら生きていこうと思って。娘が成人するまで恋愛は封印するつもりでいます」

それが夫の狙いだったのか、はたまた夫は純粋な気持ちを遺しただけなのか。当事者であるアユミさんは深い後悔の念と共に生きています。第三者がとやかく言える話でないことだけは確かでしょう。

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