大規模な軍事衝突の可能性は低いといわれているものの、ウクライナ機撃墜による反政府デモの勃発など、いまだ火種がくすぶっているイラン情勢。株式などのリスク資産で資産運用している人は、これを機に、軍事衝突のリスクに強い資産構成について確認し、いざという時のための備えをしておくことが大切です。
そこで今回は、戦争や軍事衝突の懸念が生じた際にニュースでよく言及される、「地政学リスク」に強い資産構成について検討していきたいと思います。
主要な金融商品はどう動く?
「地政学リスク」とは、地理学と政治学が絡み合ったリスク要因を指す言葉です。特定地域における社会的な緊張の高まりが他の地域や世界経済に波及し、景気や金融商品の価格に影響をもたらすという性質があります。
今回のイランとアメリカの緊張感の高まりは、世界的に大きな懸念をもたらしている事例です。日本市場ではその影響で、大発会から日経平均株価が一時500円以上値下がりし、翌日には下げ幅を戻すといった激しい値動きとなりました。
海外での争いであっても、日本市場への影響は避けられません。そこで、まずは地政学リスクが発生した際の各資産の動きについて確認しておきましょう。
■ 為替
地政学リスクが発生すると、一般的に先進国は新興国からお金を引き上げる傾向があります。金利の低い先進国としては、リスクを取れる局面では金利の高い新興国へ資本移動を行うため、地政学リスクが発生すると資金の動きが逆流してしまうのです。
具体的には、高金利通貨に代表されるニュージーランドドルや南アフリカランドといった通貨が安くなり、日本円やスイスフランといった通貨が高くなる傾向にあります。
■ 金融商品
お金の動きと同様に、リスクの高い金融商品から、リスクの低い金融商品への退避が発生します。たとえば、株式よりも投資元本の毀損リスクが少ない債券の人気が高まります。
なお、株式であっても、重工業や火器メーカーなどは「防衛関連銘柄」として例外的に株価が上昇することもあります。
■ 商品(コモディティ)
地政学リスクが発生した地域にもよりますが、一般的に「純金」や「原油」の価格が上昇する傾向があります。
ただし、原油は価格のコントロールが働いており、石油輸出国機構(OPEC)で生産量を協議して価格調整をしているため、よほどのことがない限り、原油価格が継続して上昇する事態にはならないでしょう。
OPECは原油について、昨年12月1日に50万バレルの追加減産を決定したばかりです。仮に原油の需要が高まっても、増産調整で影響の一定部分は吸収できる構造になっているのです。
一方、金についてはそのような生産調整が働いていません。そのため、原油と比較して、需要がそのまま価格へ反映されやすいといえます。
■ 投機的な動き
忘れてはならないのが、投機的な動きです。地政学リスクが発生した時に日本円が購入されやすいとすれば、その性質を利用して、日本円の購入により短期的利益を得ようとする市場参加者もいます。これにより、客観的な影響範囲よりも広い範囲で、急な価格変動が発生しやすくなります。
<写真:ロイター/アフロ>
投資スタイルに応じた対応が必要
それでは、地政学リスクに備える方法は、具体的にどのようなものが挙げられるでしょうか。「長期」「短期」という投資スタイルで分けて検討したいと思います。
長期投資スタイルの方は、一時的な地政学リスクの高まりによって、ただちに運用資産の大部分を現金や国債といった安全資産に切り替える見直しまでは必要ないでしょう。しかし、ポートフォリオの理論からいえば、複数のバラバラな値動きを有する資産を持つことは保有資産のブレを抑えるうえで有効です。
そこで、一定量を債券、金、先進国通貨といった資産にすることで、地政学リスクに強い資産構成となります。
年金積立管理運用独立行政法人(GPIF)の基本ポートフォリオをみると、株式と債券で半々となっています。海外資産の中身を見ても、基本的には米国、ドイツ、中国という、地理的にバランスのとれた経済指標を参考としていることがわかります。
GPIFには、賃金上昇率を上回る運用リターンを出すことが求められているため、金利のつかない純金投資には消極的です。しかし、個人投資家にとって地政学リスクに強い資産構成を検討するうえで、資産の一部を純金などの実物資産に充てることは有意義であるといえるでしょう。
一方で、短期取引スタイルの方は、1回当たりの取引にかかるリスクを減らすことで、激しい値動きに対応しやすくなります。
たとえば、ATR(アベレージ・トゥルー・レンジ)というテクニカル分析指標は、一定期間における値幅の平均を表した指標です。前日の終値も踏まえた値幅を採用するため、窓も踏まえた値幅の観測が可能です。
仮に、過去1ヵ月における1日のATRが10円の時、平均的な1日の最大損失は1株当たり10円とみることができます。ただし、ATRは平均的な値動きの幅で、当日の値動きがその範囲に必ず収まるとは限りません。
そこで、地政学リスクが懸念されている状況では、ATRの1.5倍から3倍程度の数値を最大損失と見積もることで、ポジションサイズを低下させ、突発的な値動きに耐えやすくするといった対応が有効です。
「遠くの戦争は買い」という言葉もあるが…
「遠くの戦争は買い、近くの戦争は売り」という相場格言があります。自国が被害を受けない戦争は軍事、医療、建設といった需要が喚起され、業績や景気に良い影響をもたらすというものです。
しかし現代では、自国から1万キロも離れたイランをアメリカが攻撃できるように、どこにいても安心できる状況ではありません。もはや「遠くの戦争」自体が存在しないといってもよいでしょう。
ここまで資産という観点での備えについて検討してきましたが、その一方で、今後は身の安全という観点でも地政学リスクへの備えが重要となってくるのかもしれません。
<文:Finatextグループ 1級ファイナンシャル・プランニング技能士 古田拓也>