『風の電話』 自然体の演技が生んだドキュメンタリー以上の生々しさ

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 『風の歌を聴け』の冒頭ではないけれど、完璧な“映画”などといったものは存在しない。それでも、諏訪敦彦の演出には「完璧だ…」と口にしたくなる。「天国につながる電話」として知られる、岩手県大槌町に実在する“風の電話”をモチーフにした新作で、東日本大震災で家族を失い、広島の伯母の元に身を寄せていた女子高生ハルが、ヒッチハイクで故郷を目指すロードムービーだ。

 ハルは音戸渡船で通学し、伯母の家は島の高台にある。そんな魅力的なロケ地に、お手本のような長回し撮影、引きと寄りの見事な緩急。諏訪作品らしくプロの俳優と素人が混在するのだが、事前に用意されたセリフなのか即興なのか判別できない彼らの自然体もさすがである。もちろん、プロの俳優たちはあくまでも役を演じているわけだが、そこから透けて見えるものにはドキュメンタリー以上の生々しさがある。

 しかも、前後のカットの相乗効果は匠の技の域。特に、三浦友和に軽トラックで送ってもらった夜の駅でハルが帰郷を決意するシーンでの、無駄なく積み重ねられたカットの連鎖に注目して観てほしい。さらに、クライマックスとなる“風の電話”のシーンに至っては筆舌に尽くしがたいほどで、訪れたハルをもてなすかのように吹く風が天啓=映画の奇跡を実感させる。ドキュメンタリータッチと端正な画面設計が違和感なく溶け合い、それ故に観終わった時、「震災を風化させてはならない」という思いを強くするのだ。★★★★★(外山真也)

監督:諏訪敦彦

出演:モトーラ世理奈、西島秀俊、西田敏行、三浦友和

1月24日(金)から全国公開

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