惜別700系グリーン車

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

JR西日本の16両編成の700系グリーン車の座席(上)と、福岡市の博多総合車両所の公開で実演された700系先頭車両のつり上げ。先頭のカバーを外すと連結器がある

 【汐留鉄道倶楽部】「グリーン車の切符を手配します」。講演にうかがう際にそんなありがたい申し出を頂いても「いえ、普通車で十分です」と固持してきた私だが、2020年の年明け早々に分不相応のグリーン車に乗り込んだ。

 カモノハシのような先頭形状の700系が東海道新幹線(東京―新大阪)から3月8日のラストランで引退し、山陽新幹線(新大阪―博多)でもグリーン車を連結した16両編成がダイヤ改正前日の3月13日で定期列車から消えるのを控え、惜別のために自腹で切符を買って山陽新幹線の新大阪発博多行き「ひかり」に乗り込んだ。

 1999年3月に営業運転が始まった700系の16両編成は現在残っている新幹線車両で唯一、自分の座席に腰掛けながらたばこを吸える喫煙車を連結しているのが特色だ。喫煙車は3両あり、うち普通車指定席が2両、グリーン車が1両ある。

 だが、たばこを吸わない私にとって、喫煙車に腰掛けて立ちこめる紫煙に包まれながら過ごすのは想像できない。そこで、喫煙車のほかに700系の設備が何かを探っていると思い当たったのが普通車の常連である私には縁遠いグリーン車だ。16両編成の700系が定期運用を終了後も山陽新幹線で残るJR西日本の8両編成の700系「レールスター」には喫煙者も、グリーン車も備えていない。

 私が帰省した家内の実家から職場がある福岡市へ戻るために姫路駅(兵庫県)のプラットホームに立っていると、JR西日本の16両連結したB編成が滑り込んできた。四つ葉のクローバーを模したイラストの下に「GREEN CAR」と記した車両の扉が開き、車内へ進むと一瞬にして緊張感に包まれた。

 床には落ち着きのある茶色をベースにしたカーペットが敷かれ、天井の照明は連なっている四つの円形から乳白色のぬくもりがある光が注ぎ込む。天井の2列になった蛍光灯がまばゆい白い光を放つ見慣れた普通車の光景とは一線を画すのだ。座席のクッションは厚みがあり、ゆったりとした座り心地だ。

 座席の前後間隔が広く、後ろの乗客を気にせずに背もたれを大きく倒せるのはグリーン車ならではのぜいたくと言えよう。足元には普通車には備えていないフットレストがあり、読書灯の点灯スイッチを備えた座席間の肘掛けも大きい。

 早朝の列車だったこともあって姫路駅では私を含めて乗客が5人しかおらず、静寂な車内空間で座席に身を沈めると、えもいわれぬ高級感に満たされた。座席を訪れた女性パーサーがおしぼり(ウエットティッシュ)を手渡してくれると、VIP気分は頂点に達した…。

 このまま下車する終点の博多駅までの2時間50分弱にわたって眠り続ければ、「素晴らしいグリーン車体験だった」という感動体験で満たされたまま幕を閉じたのかもしれない。しかし、車内放送で流れた男性車掌の「この電車は車両構造上、コンセントが付いていない場所がございます。あらかじめご了承ください」という“釈明”が、VIP気分に水を差した。

 電源コンセントが取り付けられているのは車両先端部にあるごく一部の座席だけで、私の座席も含めて大部分の座席には装備していない。現在の主力車両N700Aはグリーン車全席と普通車の窓側の座席全てに、今年7月に登場するN700Sは全席に装備しているのに見劣りする。

 確かに700系が登場した1990年代にはスマートフォンが普及し、操作していると電池が早く消耗するため出先でも充電が欠かせないという未来が到来するのは見通せなかっただろう。

 ただ、95年に登場した米マイクロソフトの基本ソフト(OS)「ウィンドウズ95」を採用したノートパソコンが爆発的にヒットしていた当時の状況を踏まえると、ビジネス客の利用が多いグリーン車にはコンセントを設けて付加価値を上げる戦略があっても良かったのではないか。

座席が大きく、横方向を4席に抑えた700系のグリーン車(上)と、横方向に5席を設けた普通車

 走行中に音楽を聴きたいと思い、スマホでインターネットを使うためにWi―Fiを探してみた。すると、普段乗っているN700Aならばすぐに表示される新幹線Wi―Fiの文字が画面に出てこない。この編成は、Wi―Fi機能を備えていなかったのだ。

 途中駅に着くと新幹線Wi―Fiが表示されたのだが、これは隣のホームに滑り込んだ他の列車で運用中のN700AのWi―Fiだった。年末年始にスマホのデータ使用量が膨らんだのに焦燥感を覚えていた貧乏性の私は、他の列車のWi―Fiを“拝借”してつかの間のネット体験を楽しむというグリーン車の乗客にはあるまじき醜態をさらしていた。

 かくして700系の16両編成が消えゆく前に、未知の空間へと足を踏み入れた私の分不相応なグリーン車体験。まるで新幹線のスピードのように満足感が急加速し、その後は高望みに追いつかずに高揚感が減速して現実に引き戻された。そんな私の気分と歩調を合わせるように、乗っていたひかりは速度を落として終点の博多駅に到着した…。

 ☆大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)共同通信社福岡支社編集部次長。JR東海が2020年3月のダイヤ改正を機に東海道新幹線から700系を引退させることを18年4月に共同通信社から報じました。その通りになって胸をなで下ろした一方、ファンの1人としては残念という複雑な気分です。

 ※汐留鉄道倶楽部は、鉄道好きの共同通信社の記者、カメラマンが書いたコラム、エッセーです。

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