【中原中也 詩の栞】 No.9 「冷たい夜 詩集『在りし日の歌』より」

冬の夜に

私の心が悲しんでゐる

悲しんでゐる、わけもなく……

心は錆びて、紫色をしてゐる。

 

丈夫な扉の向ふに、

古い日は放心してゐる。

丘の上では

棉の実が罅裂ける。

 

此処では薪が燻つてゐる、

その煙は、自分自らを

知つてでもゐるやうにのぼる。

 

誘はれるでもなく

覓めるでもなく、

私の心が燻る……

 

【ひとことコラム】寒い夜、部屋に閉じこもってじっと動かずにいると、気持ちは自然に心の内側へ向かっていきます。過去も現在も遠くへ行ってしまって、自分自身とだけ向き合う時間。寂しいようですが、ほんのわずかな心の動きでも鮮やかに感じることのできる、豊かな時間でもあります。

中原中也記念館館長 中原 豊

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