相手が恐れるパ・リーグ“敬遠王”は誰? 過去10年で見る強打者は

オリックス・吉田正尚【写真:荒川祐史】

確実に相手に塁を一つ与えることになる「敬遠」

「3割打てば一流」と言われるプロ野球の世界において、対戦することなく一つの塁を与える「敬遠」という策は相応のリスクを負うものだ。即ち、多くの敬遠を受ける打者は、それでも勝負を避けるだけの危険性を持った選手であると認識されているということでもあるだろう。

 しかし、指名打者制のない試合では、投手の前を打つ8番打者がチャンスの場面で敬遠されるという場面が少なからず存在する。敬遠という策自体が多分に戦略的な要素を含んでいるため、打者自身の力量以外の側面によって、故意の四球が生まれることも往々にして起こるものだ。

 今回は、パ・リーグの直近10シーズンにおいて、リーグで最も多く敬遠を受けた選手たちを紹介。指名打者制を導入しており、基本的に交流戦以外では投手が打席に立つことがないパ・リーグにおいて、どのような選手が歩かされやすいのかについて見ていきたい。

リーグトップの選手が受けた敬遠の数は、直近3年間で徐々に増加している

 過去10年間のパ・リーグにおける、リーグ最多の故意四球を記録した選手たちは以下の通り。(所属は当時)

2010年 5個
長谷川勇也外野手(ソフトバンク)
年間成績 134試合 3本塁打 32打点 打率.255 出塁率.346 OPS.660

中村剛也内野手(西武)
年間成績 85試合 25本塁打 57打点 打率.234 出塁率.333 OPS.872

2011年 4個
井口資仁内野手(ロッテ)
年間成績 140試合 9本塁打 73打点 打率.265 出塁率.362 OPS.737?

ホセ・フェルナンデス内野手(西武)
年間成績 142試合 17本塁打 81打点 打率.259 出塁率.308 OPS.703

2012年 6個
内川聖一内野手(ソフトバンク)
年間成績 138試合 7本塁打 53打点 打率.300 出塁率.342 OPS.734

2013年 4個
中田翔内野手(日本ハム)
年間成績 108試合 28本塁打 73打点 打率.305 出塁率.342 OPS.931

李大浩内野手(オリックス)
年間成績 141試合 24本塁打 91打点 打率.303 出塁率.384 OPS.877

2014年 7個
糸井嘉男外野手(オリックス)
年間成績 140試合 19本塁打 81打点 打率.331 出塁率.424 OPS.948

2015年:4個
柳田悠岐外野手(ソフトバンク)
年間成績 138試合 34本塁打 99打点 打率.363 出塁率.469 OPS1.100

中村剛也内野手(西武)
年間成績 139試合 37本塁打 124打点 打率.278 出塁率.367 OPS.926

中田翔内野手(日本ハム)
年間成績 143試合 30本塁打 102打点 打率.263 出塁率.339 OPS.818?

嶋基宏捕手(楽天)
年間成績 117試合 4本塁打 18打点 打率.219 出塁率.338 OPS.625

2016年 6個
角中勝也外野手(ロッテ)
年間成績 143試合 8本塁打 69打点 打率.339 出塁率.417 OPS.878

2017年 8個
柳田悠岐外野手(ソフトバンク)
年間成績 130試合 31本塁打 99打点 打率.310 出塁率.426 OPS1.015

2018年 10個
吉田正尚外野手(オリックス)
年間成績 143試合 26本塁打 86打点 打率.321 出塁率.403 OPS.956

2019年 12個
吉田正尚外野手(オリックス)
年間成績 143試合 29本塁打 85打点 打率.322 出塁率.413 OPS.956

 このランキングで複数回リーグトップに立ったのは、中村、中田、柳田、吉田正の4人。2016年まではリーグ最多であっても4個から7個にとどまっていたが、2017年は8個、2018年は10個、2019年は12個と、1人の選手が受ける敬遠の数は近年になって徐々に増加している。2018年から、投手がボールを投げることなく自動的に四球を与えられる申告敬遠が導入されたことも、故意四球のハードルが下がった要因の一つだろうか。

 直近の2年間でリーグトップの故意四球を記録した吉田正に対する敬遠が増えた理由は、主に2つ考えられる。まず、オリックスのチーム総得点は2018年が538(リーグ4位)、2019年が544(リーグ6位)と、2年続けてやや低調となっていた。打線の核である吉田正に対する相手のマークが厳しくなり、その結果として勝負を避けられた可能性も高いだろう。そして、もう一つの理由は、その負担を軽減しうるもう一人の大砲・ロメロ(現楽天)の状態によるものだ。

 吉田正は2018年に10個の故意四球を記録したが、4月、5月、8月にそれぞれ3個ずつと、10個のうち9つが3か月の間に集中していた。そこでロメロの成績を見ていくと、同年は4月に打率.221、5月に打率.209、8月に打率.182と、吉田正が多くの敬遠を受けた月に、ロメロも大きく調子を落としていたことがわかる。

 そして、2019年にも同様の傾向が表れている。吉田正はこの年も5月に3個、7月に4度と、多くの敬遠を受けた月が複数存在。そして、ロメロ選手は5月に12試合で打率.214、7月に7試合で打率.222と、故障もあって欠場数も多く、成績自体も落としていた。このような結果が出ているだけに、吉田正の敬遠の数とロメロの打撃の状態が無関係とは考えにくいところだ。

 ロメロは2019年も81試合で18本塁打、63打点、打率.305と結果を残し、3年間にわたってオリックスの主砲として活躍しただけに、ケガさえなければ、と思わずにはいられない。その一方で、MLBで12年間にわたって一線級の活躍を続けた大物助っ人である、アダム・ジョーンズ選手が新たに加入。新たな打線を構築して迎える2020年のシーズンに、吉田正へのマークが集中している構図にも変化が生じる可能性は大いにありそうだ。

2011年からの2年間における、受賞者のOPSが低い理由は…

 当然のことながら、今回のランキングに入ったのはシーズンの大半をレギュラーとして過ごした選手たちばかり。出場試合数2桁でリーグトップの敬遠四球を記録したのは、わずか354打席で25本塁打を放った2010年の中村のみだ。また、今回のランキングに名を連ねた選手の大半が当該シーズンにOPS.800以上を記録している強打者であり、対戦相手の警戒度もそれだけ強かったと言えそうだ。

 そんな中で、2011年と2012年の2シーズンに敬遠四球がリーグトップだった3選手は、いずれもOPS.700台とやや趣が異なる。その理由としては、この2年間は統一球導入の影響でリーグ全体の打撃成績が落ち込んでいた時期だったことが挙げられる。その特性上、打撃での貢献が最も求められる指名打者部門で、フェルナンデスがOPS.703という数字ながら受賞を果たしていることがその証左でもあるだろう。

 先述の通り、今回取り上げた選手たちの多くはチームの主力に相応しい成績を残した面々だ。そんな中で、2010年の長谷川と2015年の嶋の2人は、OPS.600台ながらリーグ最多の敬遠を受けている。ここからは、両選手の当該シーズンについて掘り下げていくことで、この2名が歩かされた理由について探っていきたい。

 まず、長谷川は前年の2009年に打率.312とブレイクしてレギュラーに定着していたが、続く2010年はやや物足りない成績に。この年は主に7番と8番を任されることが多く、8番だった試合では直後に捕手が据えられることが多かった。同年のソフトバンクの主戦捕手だった田上秀則氏(84試合 打率.203 7本塁打)と、山崎勝己捕手(77試合 打率.210 2本塁打)はともに打撃好調とは言えず。打線の巡り合わせが影響した面はありそうだ。

 一方、2015年の嶋は打率.219、4本塁打と打撃においては苦しんでおり、同年に敬遠数トップタイとなった他の3選手に比べて明らかに異質な数字となっている。しかし、4個の敬遠の内訳を見ていくと、敬遠された理由はそれぞれ理解できるものとなっていた。

本人の調子、周囲の状況…敬遠が増減する理由はさまざま

 まず、1つ目の敬遠は4月7日のソフトバンク戦で、当時の嶋は打率.391と好調だった。勝負を避けたくなるのも当然であろう。2つ目は6月3日のヤクルト戦で、指名打者制のないセ・リーグ主催の交流戦だった。投手の前の8番を打っていた試合でもあり、より確実に打ち取りやすい投手との勝負を選択するために歩かされている。

 シーズン3つ目の敬遠は、7月31日のオリックス戦だった。その場面は同点の延長10回表、1死二、三塁という緊迫したもの。一塁が空いていたため、塁を埋める意味もあって敬遠されている。そして、シーズン最後の敬遠となった8月15日の日本ハム戦も、同点の延長10回裏、無死二塁という一打サヨナラの場面で、ここでも塁を埋めるために歩かされている。以上のように、さまざまな巡り合わせによって敬遠が増えた稀有な例と言えそうだ。

 また、特定の月に多くの敬遠を受けた選手が多かったのも特徴の一つ。2011年の井口氏は5月までは打率.365、OPS1.122と、先述の統一球の影響を全く感じさせない打撃を見せていた。月間打率.386と絶好調だった5月には、月間で3個の敬遠四球を記録している。しかし、夏の訪れとともに状態を崩し、7月から2か月連続で打率1割台と絶不調に。この年、5月以外に記録した敬遠は1つのみだった。やはり、当該打者の調子の波によって敬遠の数が増減する面はありそうだ。

 また、後ろを打つ打者の調子によって敬遠の数が変化するケースもある。2014年の糸井は5月と6月にそれぞれ2個、7月に3個と、3カ月だけでその年記録した全ての敬遠四球を受けた。一方、4月までに10本塁打と絶好調で、糸井選手の後を打つ4番として活躍していたペーニャは、5月に打率.217、6月に打率.250、7月に打率.198と状態を落としていき、糸井に4番を譲ることも増えていった。吉田正のケースと同様に、糸井の場合も少なからず影響はあったと考えられそうだ。

「敬遠」を読み解くと、選手とチームの双方に対する理解が深まる?

 2015年の中田も、4月だけで3個の故意四球を記録。この月は打率こそ.254ながら7本塁打、OPS.983と持ち前の長打力を発揮していたが、その一方で4月の大半の試合で中田の後を打つ5番を任されていた、新助っ人のハーミッダが打率.187、1本塁打と絶不調に。その後はハーミッダに代わってこの年打率.326とブレイクを果たした近藤健介外野手が5番に定着したこともあり、中田は5月に1個の敬遠を記録したのみだった。

 2016年に自身2度目の首位打者を獲得した角中も、9月に3つの故意四球を記録。この月は7月と並んで年間最低となる月間打率.280と、決して絶好調ではなかったが、後を打つ4番のデスパイネがこの時期に故障で戦線離脱。この年チーム最多の24本塁打を放った助っ人の不在と、チームの中心打者だった角中への敬遠の増加は無関係ではないだろう。

 2017年の柳田は、7月以降の3カ月だけで合計7個の敬遠を受けている。8月は打率.259、9月は同.269と好調とは言い難かったが、後を打っていた4番の内川が7月に打率.156と絶不調に陥ったうえに故障で戦列を離れ、柳田が4番を任されることに。そして、後を打つ5番のデスパイネは7月に打率.233、8月に.225とやや調子を落としており、デスパイネが月間打率.311と好調だった9月には、当の柳田が14試合に出場しただけで故障離脱。こういった巡り合わせが敬遠の数に影響していると考えると、つくづく興味深いものだ。

 以上のように、敬遠という数字が持つ性質通りに、多くのシーズンでチームを代表する強打者・好打者たちがランキングに名を連ねていた。しかしながら、考察を加えていくと、各選手の打撃力に加えて、さまざまな要因が絡まって敬遠の数が積み重なっていった、という事実も同時に見えてくる。

 申告敬遠の導入により捕手が立ち上がってボールを受ける場面は見られなくなったが、依然として敬遠という作戦は野球の重要な要素の一つであり続けている。敬遠が多い選手がなぜ歩かされているのかを考えてみることは、より深く野球を理解するためのきっかけとなるのではないだろうか。(「パ・リーグ インサイト」望月遼太)

(記事提供:パ・リーグ インサイト)

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