「野球肘検診」はなぜ野球少年に必要なのか? “日本独自”の野球障害で泣く子供たち

”野球肘”の早期発見が可能に【写真:広尾晃】

野球肘には「内側型」と「外側型」、重症になれば手術と長期リハビリが必要に

 近年、秋から冬にかけて全国で「野球肘検診」が行われるようになった。多くの野球少年が参加しているが、この検診が何のために行われているかは、十分に理解されていない。改めて「野球肘検診」について考えてみよう。

「野球肘検診」は小中学校で硬式、軟式野球をする男女の野球選手が対象だ。原則として高校生以上の野球選手は対象外となる。それは小中学校までと高校以上では、野球による障害の内容が大きく異なるからだ。「野球肘検診」は、主として小中学校の野球少年に特有の「肘関節の障害=野球肘」を発見するために実施される。

 野球肘には、「内側型」と「外側型」がある。「内側型」は、内側靱帯・筋腱付着部の傷害や尺骨神経の麻痺などだが、例外はあるにせよ、長期的には経過は良好でケアをしながらであれば投球しながらの治療も可能だ。これに対して「外側型」は、小中学校ではOCD(離断性骨軟骨炎)が中心となる。OCDは、投球によって肘の外側の骨軟骨が損傷したり剥がれたりする障害だ。初期の段階であれば短期的な投球動作の中止で治すことができるが、重症になれば長期間の投球動作の中止、さらに重症になれば手術をしたうえで長期的なリハビリが必要になる。中にはこのまま野球を断念せざるを得ない子供も出てくる。

「野球肘検診」をすると「内側型」の障害のほうが多く見つかる。「外側型」のOCDは、受診者全体の1.5%程度しか見つからない。しかしOCDは放置すれば深刻な事態につながりかねない。端的に言えば「野球肘検診」は「OCDを見つけるため」に実施しているといっても過言ではない。

「子供の野球肘を見つけるためなら、『野球肘検診』に行かなくてもいいのではないか。子供が痛がったら近所の整形外科医で診てもらえばいいのではないか」という大人もいるかもしれない。しかし、それでは十分とは言えない。

 OCDの初期の段階では、本人に自覚症状がない場合も多い。「野球肘検診」にきて、エコー検査を受けて初めて初期のOCDが見つかることも多い。初期であれば一定期間の投球動作の禁止と適切なリハビリテーションで野球に復帰することができる。しかし、本人が患部の痛みを訴えるような中期以降になれば、治療はさらに長期化し、手術などの可能性も高まる。整形外科には、こうした段階になって来院するケースが多い。

エコー検診から診察、運動指導などすべてのプログラムが無料で行われる【写真:広尾晃】

医師も理学療法士もボランティアで「野球肘検診」に参加

「野球肘検診」は、少年野球のチーム丸ごとが受診する。チーム単位でやってきた自覚症状がない子供の中からエコー検査をしてごく初期のOCDが見つかることも多いのだ。さらにすべての整形外科医が「野球肘」などスポーツ障害の専門家ではない。OCDなどの障害は、専門知識と経験を有する専門のスポーツドクターにかかるほうが、適切な診断、治療を受けられる可能性が高まる。

 また「野球肘検診」には、整形外科医だけでなくリハビリテーションの専門家である理学療法士(PT)も参加する。PTは、子供の関節の可動部について調べて、障害が起こりにくい関節の動かし方やアップの仕方、体のケアの仕方などもアドバイスする。

「野球肘検診」は、野球障害に精通した整形外科医と理学療法士がタッグを組んで、子供たちの「野球肘」の早期発見、早期治療に取り組むイベントなのだ。ほとんどの「野球肘検診」は、エコー検診から診察、運動指導などすべてのプログラムが無料だ。医師もPTもボランティアで「野球肘検診」に参加している。

 なぜなのか? あるドクターは語る。

「うちの外来にもよく肘が痛くなった子供がやってくるのですが、診てみるとすごく症状が進行していることが多いんです。手術しないといけない場合も多い。『1年以上野球できなくなるよ』というと、みんな子供は泣くんですね。そんな辛い姿を何度も見ているから、これは何とかしなければ、と思ったんです」

 ちなみにアメリカや中南米諸国で同様の「野球肘検診」をしても、OCDはほとんど見つからないという。OCDは、小、中学生のころから大人同様に投げ込みをし、多くの試合をこなす日本の少年野球独特の野球障害だといえる。

 それだけに野球少年を指導する大人たちが、こうした野球障害の知識を習得し、正しい指導を行うことが重要になる。「野球肘検診」では検診だけでなく野球肘に関する様々なセミナーが行われる。そういう意味でも「野球肘検診」は、すべての少年野球チームが参加すべきイベントだといえよう。(広尾晃 / Koh Hiroo)

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