戦後世代も節目の夏

 「元気しとるね」。普段、控えめな伯母から直接電話をもらったのは初めてだった。2年前のこと。「わたし、もう90歳になったとよ」と伯母は言い、こう訴えた。「原爆の話ば聞いてくれんね」▲それまでに何度か被爆当時の取材を試みたが、首を縦に振ることはなかった。75年前のあの日、伯母の姉は生後間もない息子を失った。その記憶を胸にしまって戦後を生きた姉を思いやり、自分も胸にしまっていたのかもしれない▲ところが伯母は、その子の最期を姉と見届け、焦土の中で父と暮らした思い出の防空壕(ごう)が開発で取り壊されることを知り、心境が変化したようだ▲自らの高齢と記憶の源泉を喪失することへの危機感が、証言による記録にかき立てたのだろうか。2月の寒風の中、その防空壕の前で、せきを切ったように当時の惨状を語った▲戦争・原爆で凄惨(せいさん)な体験をした人たちにとって、時の節目はとりわけ大きな意味を持っているだろう。次第に減りゆく旧友、風化への焦燥感、いまだに消えない戦争や核兵器使用の脅威…、過ぎ去った歳月の分だけ平和への思いは募る▲戦後75年の今年は、戦争や被爆体験の継承が大きなテーマになるだろう。過去のさまざまな記憶をいかに受け止め、どう次世代に引き継いでいくのか。各世代がともに考える1年にしたい。(真)

© 株式会社長崎新聞社