インボイス制度(上) 免税業者排除を懸念 山田隆広税理士に聞く

インボイス制度について語る山田税理士

 10月から日本の税制度が大きく変化する。消費税が10%に増税されるのと同時に軽減税率が導入され、これまでの単一税率から複数税率へと変わる。さらに2023年から、複数税率に対応した消費税の仕入れ税額控除の方式として「インボイス制度」(適格請求書等保存方式)もスタートする予定だ。今回の税制度改正は、事業者や消費者にどのような影響を与えるのか。税制度やインボイスに詳しい山田隆広税理士に聞いた。

 -インボイスという言葉になじみがありません。

 「インボイスはもともと、通関手続きに必要な送り状のことで、国境を越える取引が圧倒的に多かったヨーロッパで商取引慣行として定着しました」

 -どのように消費税と結び付いたのでしょう。

 「1957年、フランスなど6カ国が経済統合の実現を目的とする国際機関、欧州経済共同体(EEC)を誕生させました。標準的な税制をつくることになるのですが、それぞれ独立した主権国家なので課税権は各国にある。ではどうしたか。各国の個別の消費税をそっくりそのまま、共通の付加価値税(日本の消費税に相当)に取り組むために、複数税率制度を導入したのです」

 「その際、消費税の計算に使用したのがインボイスなんです。例えば、イタリアから輸入したワインがフランスに入ってくる。フランス国内で流通する場合、その商品がワインであること、価格、仕入れ税額がいくらかを確認する書類が必要になる。ここでインボイスを使いましょう、と。それまで通関の送り状として使用してきたインボイスを各国内の付加価値税の『仕入れ税額控除』の手段として使おう、と。これが、いわゆる消費税のインボイスの始まりなんですね」

◆仕入れ税額控除

 -なるほど。日本でも仕入れ税額控除という仕組みはありますよね。

 「事業者が商品、サービスを販売する場合、原則として消費税が課される。納付する税額は、売り上げに関わる税額から仕入れに関わる税額を控除した額です。これが仕入れ税額控除です。これまでは、取引先が発行した請求書等を保存することだけで、仕入れ税額控除が可能でした」

 -10月から軽減税率が導入され、単一税率から複数税率となります。何か変わりますか。

 「今後4年間は、請求書などを保存して帳簿を付ける方式は変わりませんが、標準税率と軽減税率を分けて書くように消費税の書き方が変わります。まず、標準である10%の商品。これを税抜きで書く。1万円なら1万円、税率10%、消費税千円。もし、一緒に軽減税率の商品を販売するのであれば、商品名、金額2万円なら2万円、税率8%、消費税1600円と書く。合計も、税抜きの額に加えて、消費税の額を10%と8%に分けて書くことになる。ただこの方式はインボイスではありません」

 -インボイスはどのような方式なのでしょうか。

 「インボイスで重要なのは、課税事業者であることを示す登録番号を記載する点です。事業者が課税事業者か、つまり、消費税を申告して、納付する人だよ、という番号が記載されていなければインボイス(書類)として認められないのです」

 -なぜ、そんな記載を。

 「売上高が1千万円以下の事業者は、消費税の納付の必要がない免税事業者です。個人タクシー事業者を例に話します。個人タクシー事業者の多くが年収1千万円以下の免税事業者ですが、タクシーというサービス提供業は課税事業です。タクシーを利用したら、事業者が消費者に請求する額には消費税が含まれます」

 「例えば、ある会社の営業マンが個人タクシーを利用し、2200円かかったとします。その中には消費税200円が含まれています。営業マンは会社で、2200円と書かれた領収書と一緒に精算する。会社は当然、課税仕入れなので、この2200円に含まれている消費税200円を仕入れ税額控除で引く。一方、免税事業者である個人タクシー事業者は、本来、課税事業者であれば納付すべき消費税額が手元に残ることになる。これが『益税』と呼ばれるものです。いまの法体系では、サービスが課税取引であるかどうかだけが、消費税がかかるかどうかの判定要因なんです」

◆益税の解消

 -国税庁は、インボイスを導入して益税を解消しようとしているのか。

 「そうです。23年10月のインボイス導入後、事業者はまず、税務署に適格請求書発行事業者、という登録申請が必要になります。登録されて初めて『あなたは課税事業者だ』と証明する番号をもらう。その番号を必ず請求書、領収書に記載する。ここでポイントになるのが、登録が可能なのは課税事業者のみで免税事業者はできない、ということです」

 -タクシーを例にすると、領収書に登録番号があれば課税事業者だけど、なければ免税事業者と分かる、ということですか。

 「そう。そして、仕入れ税額控除が適用されるのは課税事業者からの仕入れのみです。現在は請求書や領収書があれば、仕入れ先が課税事業者であろうが免税事業者だろうが、その商品、サービスの購入者は仕入れ税額控除ができるが、インボイス導入後は、免税事業者からの仕入れに対しては仕入れ税額控除ができない。これを、税理士会は『免税事業者を排除する圧力』と言います。今まで、消費税の輪の中で営業を続けていた零細業者がはじかれる可能性がある。実際、インボイスが導入されている国をみると、免税事業者は排除されています」

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