「職場のコミュニケーション」間違えると1on1する側もされる側も苦しくなる可能性

この数年、ベンチャー企業や大企業を中心に導入が広がっている「1on1ミーティング(以下1on1)」。前半「精神科医に聞く、上司と部下の理想の対話とは?1on1の危険性」では、1on1とはどんなものかを振り返りながら、精神科医の斎藤環さんに1対1の面談で起こりうる問題について伺いました。後半では行う際の注意点、具体的な方法について聞いていきます


1on1を行う際の注意点は?

──1on1を会社で取り入れる場合、どんなことに気をつけるべきでしょうか。

斎藤:まず、1on1を行う上司は研修を受けるべきです(※)。本来、精神科医や臨床心理士・公認心理師がカウンセリングをできるようになるまでには、専門家によって自分自身を分析してもらって、自分の限界に気づくという過程が必要です。しかし通常の企業の人が同じ訓練を受けるには時間も手間もかかりすぎますので、ひとまずは最低限でもよいと思います。

守秘義務についても考える必要があるでしょう。医師は診断で知り得た個人情報を漏らすと罰則がありますが、個人的な情報を知り得る1on1でそれがないのは問題です。

次に、録音などの記録を取り、第三者がどういう話をしたかをある程度把握できる体制にすること。ハラスメントがあった場合のために証拠をきちんと残しておくべきです。

そしてフィードバックですね。匿名でいいので、1on1をやってよかったかどうか、上司がどうだったかを評価するシステムが必要です。今は大学の授業だって学生が教員の態度を忌憚なく評価しているわけですし、フィードバックを封じてやるんだったら意味がないと思います。

時間については、30分というのは資格を持たない人が面談するには長すぎるので、10〜15分で十分だと私は思います。加えて、話すことがなければ黙っていていいという保証があるとさらにいいでしょう。

(※)1on1ブームの火付け役となったヤフーでは1on1の研修制度とフィードバックシステムを設けている。

──カウンセリング的な行為は誰もが簡単にできるようなことではないのですね。スキルだけでなく、聞き手としての能力や人間性にも左右されそうですし、聞き手の負荷も大きそうですね。

斎藤:ちゃんと人の話を聞くという事は、チャチャを入れたりしないで最後の言葉まで言わせることが大事なのですが、結構これが忍耐力がいるので、誰もができることとは思えない。また、言ったことをきちんと受け止めてくれればいいのですが、それに対してすごいきつい返しをする上司だったりすると、1on1でかえって傷ついたりということもあり得ますよね。だからこそ研修はすべきですね。

聞き手の負荷という面では、医者は2週に1回しか患者と会いませんが、上司は目の前に部下がずっと居るわけですから大変ですよね。部下の人数が多くなれば記録もごちゃごちゃになるし、一人一人が雑になる。聞くだけ聞いても対策ができない、責任が取れないという可能性もあると思います。

内面に踏み込みすぎない心がけ

──受けるほうが心がけておきたいことはありますか。

斎藤:内面に踏み込みやすいという事に配慮して、たとえば1回の話題を1つに絞るなど、話しすぎないように心がけておくといいと思います。

──発達障害傾向や、ボーダーラインパーソナリティ障害(※)傾向がある部下と1on1をやる場合はどんな点に気をつければよいでしょうか。

斎藤:発達障害傾向のある人は、優秀な面もありますが、対話は表面的には苦手な人が多いので、やろうとしても全然乗ってこないとか全く噛み合わないといったことが起こるかもしれません。それが続くと上司もネガティブな感情を持ってしまうということはありえますが、それを誤解として理解できるかということが問題ですよね。

一番問題になりやすいのはボーダーラインパーソナリティ障害傾向のある人だと思っています。ボーダー的な人は1on1によって依存関係が深まりやすく、病理が増幅されやすい傾向を持っています。ボーダー的な人にはある種の魅力があって、非常に巧妙に特別感を引き出すテクニックを持っていて、プロでも扱いが難しい。そういう人に見込まれたらちょっと素人では太刀打ちできないですね。たとえば「延長して話を聞いてくれないと死んでやる」と言われたときに適切に断れるかといわれたら、多分素人には無理なんですよ。

(※)ボーダーラインパーソナリティ障害・境界性パーソナリティ障害は,対人関係の不安定性および過敏性,自己像の不安定性,極度の気分変動,ならびに衝動性の広汎なパターンを特徴とする。診断は臨床基準による。治療は精神療法および薬剤による。(「MSD マニュアルプロフェッショナル版」より)

──具体的にどのように接すればいいでしょうか

斎藤:まず、特別扱いしないこと。1on1では時間をきちんと守らせること。これは絶対です。ルール違反をした場合はきちんとペナルティを受けてもらう。逸脱やルール違反を繰り返した場合には、専門家に誘導するというルートが作ってあったほうがいいです。

複数対話によるミーティングのススメ

斎藤:1on1の危険性を防ぐためには複数体制でやるのがいいと思います。2対1、もしくは2対2。2対5でも、もっと多くてもいいと思います。

そもそも、1対1でないと話せないようなことを、上司・部下の関係で聞く・話す必要はあるのでしょうか。そこから考える必要があるかもしれません。

若者の就労支援をしている知人は、1対1に持ち込まなくても、しょっちゅう様子を聞くことが大事だと言っていました。「何かできることない?」と、とにかくマメに聞き、上司はニーズの御用聞きみたいな感じで振舞う。それで相談したいと言われたらしたらいいのであって、一律に1on1を義務化して、ニーズがないところを無理に掘ってもしょうがないのではないでしょうか。

──複数で対話することは、1対1の場合とどう変わってくるのでしょうか。

斎藤:一番のメリットは、人の目があることで転移とハラスメントが起こりにくくなることです。また、複数で話すと視点が複数あるので話題が膨らみやすい。色々な話を引き出すという意味では複数のほうが圧倒的に有利です。私も経験がありますが、1on1だとだんだん話の内容がワンパターンになってくるんですよ。

そもそもチームワークをよくすることが目的ならば、1対1のミーティングよりも、複数で違いを深堀りするような対話をしたほうが、チームはむしろまとまりやすくなると私は思います。

ファシリテーター(進行役)がいて、喋りたい人にテーマを出してもらう。それについてみんなで聞いて、理想的には「リフレクティング」(※)という方法で感想を言い合う。リフレクティングは、話を聞いた人たちが発言者の目の前で、あたかも発言者がいない体で感想を言い合うんです。ちょうど透明な壁があるようなイメージで「誰々さんの意見は面白いよね」「でも意見を拾ってもらえなくて不満が溜まってるかもしれないね」などというような「噂話」をする。ひとしきり話し終えたら、それを聞いていた発言者の感想を尋ねてみる。そうするほうがさまざまな意見が出てきて面白い。会議ではないから合意を目指す必要はなくて、皆の意見はバラバラでいいし、バラバラの状態で終わっていい。
(※)斎藤環『オープンダイアローグがひらく精神医療』(日本評論社)P258・264

どんなコミュニケーションだといいのか

──それは飲み会ではいけないんですか?

斎藤:お酒はだめです。お酒が入ると同調しすぎてしまうので、むしろコミュニケーションは深まりにくい。アルコールが入って喋ったことが本音とか言われますけど、それは間違いです。危険な事ですから、アルコールは使わない方がいいですね。飲み会はコミュニケーションを深める場というよりも、同調させるための装置になってますよね。「その場のノリ」って、抑圧なんですよ。そういう気持ち悪さを、若者は感じやすいのかもしれない。

──ではSkypeで複数で話し合うのはどうでしょうか?

斎藤:集まれない場合は仕方ないですが、曖昧な問題を扱うときや微妙なやりとりが必要な対話には不向きだと思います。話を聞いて頷いてくれる人の反応が、発言する人を勇気づけることがよくあるじゃないですか。Skypeだと、そういったその場にいる人同士の身体性の反応は非常に拾いづらいし、そこで不安になってしまうので、発言のハードルも高いです。対話をするうえで、対面でその場に一緒にいるということは非常に大切なことなのです。

──まだ、ネットのコミュニケーションだけでは足りないということですね。

斎藤:ネットが普及して、LINEやSlack、Skypeなどがあればコミュニケーションが全部まかなえると思っていたら、そうではなかった。テキスト主体でのコミュニケーションは、身体性が発揮する膨大な情報量を伝達できないので、どうしても貧しくなるんです。その意味では現在のITはまだまだ「ローテク」です。もちろん絵文字とか色々使って多少は身体性加味できるようになりましたが。Facebookもボタンの種類が分けられるようになりましたけども、前は「いいね!」ボタンしかありませんでしたから、アンチも賛同も全部承認の記号になってしまった。質が量に変化してしまうのです。

1on1ブームは、チャットやメールだけという方向に行きすぎちゃったので、結局、顔を合わせることが大事みたいな話に戻ってきているわけですよね。その辺は先祖返り的で面白いなと思います。

やっぱり、ここで戻しておかなきゃまずいなっていう、ある種本能的なものを感じますね。コミュニケーションが減ったから増やそうとするのはいいと思います。でも、1on1はちょっと極端。せめて2on1かね、2on2にして欲しいですね。


流行りの1on1ミーティングは、上司・部下のコミュニケーションを深める一方で、リスクもあります。斎藤さんが指摘したようなリスクを踏まえて研修制度やフィードバックシステムを導入している企業もありますが、そういった体制が整っていない企業は、一度見直してみることが必要かもしれません。

斎藤 環(さいとう たまき)

・1961年岩手県生まれ。筑波大学医学研究科博士課程卒業。医学博士。爽風会佐々木病院精神科医長等を経て、現在、筑波大学社会精神保健学研究室教授。専門は思春期精神医学、病跡学。「社会的ひきこもり」の啓発活動を続ける一方、サブカルチャー方面への発言も多い。著書に『文脈病』(青土社)、『「ひきこもり」救出マニュアル』(PHP研究所)など多数。近著に『オープンダイアローグとは何か』(医学書院)、『オープンダイアローグがひらく精神医療』(日本評論社)、『中高年ひきこもり』 (幻冬舎新書)がある。

参考)
本間浩輔(2017)『ヤフーの1on1 部下を成長させるコミュニケーションの技法』ダイヤモンド社
世古詞一(2017)『シリコンバレー式 最強の育て方 ―人材マネジメントの新しい常識 1on1ミーティング―』かんき出版
中原淳(2018)『経営学習論 人材育成を科学する』東京大学出版会
斎藤環(2019)『オープンダイアローグがひらく精神医療』日本評論社
斎藤環(著・訳。2015)『オープンダイアローグとは何か』医学書院

Google re:WORK 「「効果的なチームとは何か」を知る」
立教大学経営学部中原淳研究室

著者:斎藤環

オープンダイアローグがひらく精神医療

「開かれた対話」を通じて精神疾患にアプローチする。“一対一の面接”のもつ副作用と制約から精神医療を解放する新たな治療実践。

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