厳冬期登山を経験して感じた、装備を選ぶ難しさ
すべてが凍てつくよう厳冬期登山の世界。この厳しい環境だからこそ味わえる景色やロマン溢れる登山に魅了されている方も多いのではないでしょうか。
そんな冬山では、ちょっとした装備の一つひとつが自分自身に影響してきます。
特に衣類のチョイスはシビアで、体や脚に限らず、手・足・首・顔など体の至るところの装備に気を使う必要があり、その選択が凍傷や低体温症などのリスクに直結してきます。
ちなみに筆者は冬山登山歴8年。まだまだ未熟者ではありますが、厳冬期のアルプスやバリエーションルートなど、それなりに冬山と向き合ってきたつもりです。
その経験の中でも「この装備はチョイスが難しいな…」と感じているのが『バラクラバ』です。
厳冬期登山の必携品『バラクラバ』とは?
バラクラバとは『目出し帽』のこと。頭部・顔面・頸部の防寒・保温を目的として着用します。
近年では、登山に限らずスキーなどのウィンタースポーツや冬の釣り・サイクリングなど、寒い季節の防寒着として目にする機会が増えてきました。
バラクラバのチョイスが難しいのはなぜ?
そんな便利なバラクラバですが、”顔を保護する装備”ゆえの問題点もあります。
筆者は冬山での以下の経験から、ずっとバラクラバに悩まされてきました。
・顔を覆うと呼吸がしにくい
・息でサングラスやゴーグルが曇る
・口の周りが結露、または凍る
・凍ったらゴムが伸びなくなり、生地がパリパリになる
・行動中など暑くなって蒸れやすい
何度かバラクラバを買い替えるもしっくりくるような相棒には出会えず、「この悩みを解消してくれるようなバラクラバは、存在しないのかもしれない…」と半ば妥協していた装備でもありました。
そんなモンモンとした気持ちを抱えて突入した今季の冬山シーズン。“とあるメーカー”のバラクラバが目に止まりました。
<finetrack>のレイヤリングできるバラクラバ
それがこちら。国産メーカー<finetrack>のバラクラバです。
気になった理由は、バラクラバを【ドライレイヤー+ベースレイヤー】の2層構造でラインナップしているところ。
筆者は今まで「バラクラバは1枚で着用するもの」と思い込んでいたので、この商品を知った時は目からウロコでした!
<finetrack>は画期的なレイヤリングシステム『5レイヤリング』を構築した登山レイヤリング界の第一人者。そこで培われたノウハウがバラクラバにも活かされていると思うと、それだけで期待が膨らみます!
ということで、バラクラバのフィールドテストを実施。
今回は画像左の「ドライレイヤー ウォーム バラクラバ(以下、ドライレイヤーウォーム)」と画像中央の「メリノスピン バラクラバ(以下メリノスピン)」を検証しました。
※)バラクラバビーニーはバラクラバとビーニーが一体になった、メリノスピンよりも保温性が高いモデル。今回は汎用性の高さから、ベースレイヤーに「メリノスピン バラクラバ」を使用しています。
まずはバラクラバの基本的な機能をチェック
【着用感】頭部全体にナチュラルにフィット
ドライレイヤーウォームの重量はたったの22g。重さを感じさせないしなやかさで、首口からスッと頭を入れるだけであっという間に装着できます。
着用感はピタッとしていますが、ほどよいストレッチと柔らかい肌触りでストレスのない着心地。
口周りの開閉部は大きく開くようになっており、プルダウン(画像右のように口周りの生地を首まで下げること)も容易です。
メリノスピンも重量40gととても軽量。生地はバラクラバとしては薄めの印象です。
装着感はピタッとフィットする感じで、下層レイヤーがズレることなくレイヤリングが可能。ドライレイヤーウォームと同様に口周りは大きく開閉し、プルダウンにストレスがかかりません。
メリノスピンは口周りの独特の形状が特徴。
鼻から口にかけての大きなダクトには鼻筋の形状を自由に調整できるフレームと呼吸経路の形状を保つプラスチックフレームが備わっており、自分の顔に合った形の立体的な空気循環空間(ブレスルーター)を作り出しています。
裏側を見ると、呼吸口がメッシュ生地に。鼻・口の呼吸がダクトへ流れていく構造になっているのがわかります。
【生地】<finetrack>独自の高機能素材を使用
生地は<finetrack>のインナーで使われている高機能素材を採用。
ドライレイヤーウォーム[左]「スキンメッシュ」に代表されるドライレイヤーのあたたかバージョンである『ドライレイヤーウォーム』を使用。スキンメッシュと変わらぬ超撥水力を持ちながら、汗や外気による冷えを防ぎます。
メリノスピン[右]ウールと化繊を組み合わせたハイブリッド素材『メリノスピンサーモ』が使われています。撥水性はないものの、ウールの高い保温力と化繊の速乾性という両者の長所を備えているのが特徴。
「デザインや構造など、かなり型破りなバラクラバ」という印象。この機能が、実際の冬山でどう活かされていくのでしょうか。
それではフィールドテストへ移りましょう。
いろんな雪山でバラクラバの実力を試してみた!
▼検証期間12月中旬〜1月中旬の1ヶ月間、複数の山で検証を実施。
▼検証場所・検証時の状況
【A】南八ヶ岳縦走 状況:気温-5℃/風速5m前後
【B】富士山 状況:測定不可/風速15〜25m
【C】北アルプス唐松岳 状況:気温-3℃/風速10〜15m
【D】南八ヶ岳バリエーションルート 状況:気温-3℃/微風
以上の検証条件に加え、以下の6点を評価項目とします。
①保温性…保温力があるか、寒さは感じるか②通気性…しっかり呼吸ができるか
③透湿性…蒸れは処理されるか
④防曇性…サングラス・ゴーグルを装着した際に呼吸で曇らないか
⑤耐凍性…息をした部分は凍るのか、凍った場合にどうなるか
⑥操作性…グローブを装着していてもスムーズな操作が可能か
※)気温はアナログの温度計、風速は筆者の体感です。また気温+風速で簡易的に体感温度を算出しています。あくまでもご参考程度にお考えください。
【①保温性】充分な保温力! 状況によってはレイヤリングの追加が必要
プルアップ+ゴーグルであれば、体感温度ー15〜20℃レベルであっても、頭全体はもちろん頬や鼻の凍傷になりやすい部位も寒さや冷たさはありませんでした。
試着時は「ちょっと薄いかな?」と思っていた生地厚も、保温性を持つ生地の重ね着により的確に保温されている印象です。
唯一、冷たさを感じたのは体感温度ー30℃近くの富士山。烈風が常に吹き付け[バラクラバ+ハードシェルのフード]をしていても、頭部を中心に氷が当たるような感覚がありました。
このレベルの本格的な冬山では、レイヤリングにビーニーを加えるなど、防寒を高める必要がありそうです。
【②通気性】ブレスルーターが快適な呼気空間を確保
ブレスルーターが”空気が安定して供給される空間”を作り出し、激しく動く登攀時や風が強い場所でも、この空間によって快適な呼吸ができる印象でした。
装着した瞬間はわずかに息苦しさ(薄いマスクをしているような感覚)を感じますが、ドライレイヤーウォームのみ着用時とドライレイヤーウォーム+メリノスピンの時を比較しても、呼吸の抵抗はほとんど変わりありません。
【③透湿性】汗や蒸れの不快感なし! 状況による使い分けを
【ドライレイヤー+ベースレイヤー】により汗が適切に処理され、蒸れや汗冷えによる不快感は全くと言っていいほど感じませんでした。
この透湿性の高さは、ネックウォーマーとしての活用も有効。樹林帯歩きや低山の冬山ではネックウォーマーとして使ったり、ドライレイヤーウォームだけの1レイヤーで使用したりなどの使い分けができそうです。
【④防曇性】呼気による曇りを徹底ガード!
メリノスピンの形状記憶フレームにより、鼻筋からの呼気の漏れをガード。さらに吐いた息はダクトを通って下へと流れていき、サングラスやゴーグルの曇りを徹底的に防ぎます。
ここまで曇りにくいバラクラバは筆者も初めて。<finetrack>のクオリティの高さを改めて実感する、考え抜かれた構造になっています。
それでもなるべく曇らないようにするための対策は必要。ゴーグルには曇り止めを塗ったり、寒くないときはプルダウンをするなどしましょう。
【⑤耐凍性】凍りにくい+湿っても保温力のある2つの高機能素材
今回の検証では、バラクラバの口周りが湿ったり凍ったりするようなことはありませんでした。これもブレスルーターによる呼気の排出が大きく影響していると思われます。
耐凍性を測るため、ドライレイヤーウォームとメリノスピンを霧吹きで湿らせ、ー8℃の冷凍庫に1時間入れてテストしました。
ドライレイヤーウォーム[左]パキパキに凍っているかと思いきや触ってビックリ! 通常時と変わらない柔らかさを保っていました。おそらく超撥水力により繊維内まで水分が浸透しないため生地が凍らないのだと思います。
メリノスピン[右]凍って固くなっていたものの、冷凍庫から取り出してからすぐに柔らかさが復活。手で触ってみると、湿っているものの、ウール素材特有の保温力が保持されていました。
濡れや凍結を防ぐドライレイヤーウォームと呼気を排出して保温するメリノスピン、それぞれの機能が組み合わさって1つのシステムになっているのがわかります。
【⑥操作性】オーバーグローブでの調整が難しい…
2層構造のバラクラバは、オーバーグローブでの操作・調整の難しさがデメリットかもしれません。
今回の検証の中では、『手の感覚だけで操作したところ、ドライレイヤーとベースレイヤーがゴチャゴチャになる』という事例が何度かありました。
もちろん薄手のグローブだと容易ですが、冬山の稜線では凍傷のリスクを減らすためにも厚手のグローブは外さないのが原則。稜線へ出る前にしっかり整えておいたり、事前にオーバーグローブでの扱いに慣れておきましょう。
メーカー推奨のバラクラバレイヤリングは?
今回は【ドライレイヤーウォーム+メリノスピン】で検証をおこないましたが、猛烈な風が吹いた富士山登山では頭部に寒さを感じるシーンもありました。
実際に<finetrack>ではどのようなレイヤリングがされているのか聞いてみました。
Q: <finetrack>スタッフのバラクラバのレイヤリングを教えてください!
A: None
ただ、寒さや体感によってまちまちですので、例えば弊社ではビーニーを挟むスタッフもいれば、ドラウトポリゴン3フーディのようなミッドレイヤーのフードを被るスタッフもいたり、バラクラバ→ヘルメット→シェルのフードでも問題ない、というスタッフもいます。
なるほど。一概に「これ!」というのはなさそうですが、やはり今回のレイヤリングに+1枚、頭部の防寒着を加えた方が良さそうです。
こんなに快適なバラクラバ、初めてかもしれない…!
「こんな快適なバラクラバがあったのか!!!」
これがフィールドテストを終えた後の率直な感想です。
悩まされた「ゴーグルやサングラスが曇りやすい」「吐いた息が湿ったり凍る」「呼吸がしにくい」などの問題点を解消するだけでなく、ひとつの保温着として“もっともっと積極的に冬山で使っていきたい”と思えるバラクラバでした。
ドライレイヤーウォームバラクラバ+メリノスピンバラクラバのまとめ
・中級〜上級〜エキスパート向けのバラクラバ[例]中級:赤岳(南八ヶ岳)、西穂高岳(独標まで)など 上級:アルプスなどの3,000m級冬山 エキスパート:冬山のバリエーションルートなど
・樹林帯歩きや低山でも、ネックウォーマーをメインにしたり単一で使用したりなどの応用が可能
・「呼吸のしやすさ」や「ゴーグル・サングラスの曇りにくさ」など、バラクラバとして最強クラスの性能
今回の検証を終えたいま、筆者は厳冬期登山の不安がひとつ解消されたような気持ちです。
たかがバラクラバ、されどバラクラバ。バラクラバの快適性は、登山全体のパフォーマンスに影響してきます。
今季の冬山シーズンもいよいよ後半戦! <finetrack>のバラクラバで、思いっきり冬山にチャンレンジしませんか?