
今年も、映画界の行方を占う「アカデミー賞」の季節がやってきた。
いつも疑問に思うのだが、授賞式で受け取ったオスカー像っていったい誰が持って帰るのだろう。また、発表のとき、「受賞者(Winner)」ではなく「オスカーの行方は(Oscar goes to~)」と言うのはどうしてなんだろう。
そもそもアカデミー賞とは、米映画業界における功労賞みたいなものらしい。
1月から12月まで、ロサンゼルスの劇場で1週間以上上映された映画がノミネートの対象となる。選考にあたるのは米アカデミー会員が中心だが、日本人の映画関係者も含まれていているらしい。
もともとは米アカデミー会員の内輪だけで選んでいた。しかし、白人男性や高齢者に偏っていると批判を浴び、女性や有色人種など多種多様な人々を参加させ始めた。
その結果、投票者が世界中に拡がって現在は8000人くらいなんだとか。
そこら辺の事情は、アメリカ在住の映画評論家・町山智浩さんがお詳しい。
先日、町山さんご本人からお誘いを受け、『町山智浩のアメリカを知るTV』という番組を収録してきた。
二人で今年のアカデミー賞の候補作について徹底的に語り合ってきたので、そちらも是非ご覧になってほしい。(2月9日・日曜午前11時~BS朝日で放送)
町山さんは饒舌だと噂には聞いていた。いざ対面してみると、その饒舌さに圧倒された。
町山さんは、グッドバイブレーションを発生させる「波動ボタン」でも持っているかのようだった。
彼の良い波が押し寄せてくると、私はサーファーガールのようにその波に乗った。対話の妙と言うべきか、私たちはアメリカ西海岸のビーチにいるように、繰り返す波に乗って楽しく映画について語り合えた。
私は女優なので、役者の演技には人一倍見入ってしまうときがあるが、今回ノミネートされた中で個人的に気になったのが『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のあの人殺しの経験がある肉体と眼差し、つまり闇を抱えながらハリウッドに浮き草のように浮遊しているブラッド・ピットだ。
そして『ジョーカー』で“ホアキン劇場”を見事に演じ切った主演男優賞の有力候補ホアキン・フェニックス。そして、『ジョジョ・ラビット』と『マリッジ・ストーリー』でダブル母役のスカーレット・ヨハンソン。『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』のフローレンス・ピュー。助演女優賞は、ローラ・ダーンだろうか。
この辺は、町山さんから詳しい裏話を聞いて「本当にハリウッドって……」と唸ってしまったほど。
収録後、私は雑誌を取り出した。
25年前に町山さんが仲間と創刊し、まさに休刊されたばかりの『映画秘宝』(洋泉社)だ。
その休刊号に私はちゃっかり町山さんのサインをいただいいた。『ジョーカー』のホアキン・フェニックスと『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のマーゴット・ロビーにまたがるページだった。

今回、アカデミー賞にノミネートされた中に、今のアメリカや世界を読み解くことができる作品があったりする。
キーワードはダイバーシティ(多様性)。米動画配信大手「Netflix」も参入し、24部門という最多ノミネートにも驚かされる。
『パラサイト』の作品賞ノミネートは初の外国語映画での受賞となるのか。そして、多くの映画人を亡くした2019年を思うと、追悼コーナーは悲しみに暮れてしまうかもしれない。

そんな今回の米アカデミーノミネート作品を見渡して「なぜノミネートされていないの?」と疑問を抱いた人や作品もある。
『フェアウェル』でゴールデングローブ主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞したオークワフィナの飾らない演技に未来を感じたし、中でも、あのジェニファー・ロペスがノミネートに名前がなかった。
『ハスラーズ』では彼女は自らプロデュース。しかも、ノーギャラ。
あの超絶セクシーダイナマイトな肢体を惜しげもなくスクリーンにババーンと披露している。
先日の「スーパーボウル」のハーフタイムショーで大興奮した人たちには、是非この映画での彼女のポールダンスを見てほしい。
踊れるはずのない私が、思わず臀部をグラインドさせてしまうほど超カッコいい。なのに彼女も米アカデミーにはノミネートされていない。なぜだろう?
2008年のリーマンショックを背景に、ウォール街で働く高額所得の男たちとナイトクラブの踊り子たちの間で実際にあった話に基づく犯罪ドラマで、金持ちから金をふんだくる夜の女たちの描写といい、映画としても面白いのに。

そして、最後にもう1本。
この映画がノミネートされたことや受賞することが大いなる意味をもたらしてほしい!そんな私の小さな願いも込めてご紹介。
『スキャンダル』。米テレビ局FOXニュースで実際にあったのセクハラの裏側を暴く、最もアメリカらしい強者VS弱者「♯ME TOO」のお話。
かなりビターなセクハラの場面もあり、マーゴット・ロビーはいくら役柄とはいえ、よく演じてくださいましたと彼女の勇気にエールを送りたいと思ったほどだ。
極めつけは、主演のシャーリーズ・セロンの役作り。見た目もさることながら、声まで変えて、FOXニュースのキャスター、メーガン・ケリー本人にしか見えない。
かつてゲイリー・オールドマンをチャーチルに変身させた日本人メイクアップアーティスト、カズ・ヒロ氏による神業だ。今回、カズ・ヒロ氏もメイクアップ部門でノミネートされているので注目したい。
シャーリーズ・セロン、ニコール・キッドマン、マーゴット・ロビーの3大女優がニュースキャスターを演じ、CEOによるセクハラの餌食になっていく。
CEOロジャー・エイルズのハラスメント発言に嫌気が差すが、何より私の気持ちをげんなりさせたのは「忠誠心を見せろ」という一言だった。
巨大組織の中で生き残りたいのであれば「忠誠心を見せろ」と。そして彼女たちは「痛み」をしまいこんでポストを取る。
しかし、この「痛み」はやがて3人の女を団結させ、反撃に向かわせる。

見終わってなぜか他人事ではないような複雑な思いに駆られた。
「痛み」を抱えている女性たち(性的な抑圧、あるいは数々の「痛み」を抱えた人たち)を私もずっと見てきたような。
中国でもベストセラーになって話題を呼んでいる台湾の小説『房思琪的初恋楽園』(林奕含著)に感じた「痛み」をしまい込み、自尊心を踏みにじられてもなお、いびつな愛を内包するあの不思議な少女をふと思い出したりする。
強者から弱者への「痛み」の問題は今や世界中にある問題だ。
『スキャンダル』という映画は、そんな「痛み」をしまい込んでいる人々に、何をかを問いかけているようにも感じられた。
「あなたの痛みは想像できる。他人の苦しみを傍観するだけの人にならないで」と。
アカデミー、カンヌなどを受賞した作品の影響力は大きい。
映画から学ぶことも多い。
映画を見るという行為は、想像力を養う良い時間でもある。
一つの作品を見て、どんなことを読み取れるか、何を想像できるか。
そして、映画とは見たこともない世界を見せてくれるものだと思う。
見たくはなかった世界の裏側も、キラキラした多幸感に包まれた世界も。
映画はそんな光も闇も見せてくれて、たくましい想像力を養わせてくれる。
というわけで、私としては『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』に是非オスカー像を持って帰っていただきたいと願う。
なぜって、だってあんなにキラキラした69年の一瞬を眺めているだけでなんとも言えぬ至福。
映画の中で流れるあの「サークル・ゲーム」(作曲 ジョニ・ミッチェル、歌 バフィー・セントメリー)の曲に乗って、大画面にキラキラ漂う3人を見続けさせてくれるのだから。 (女優・洞口依子)