ポール・マッカートニーが全米トップ10に送り込んだ最後のヒット曲とは? 1986年 2月8日 ポール・マッカートニーのシングル「スパイズ・ライク・アス」がビルボードHOT100で最高位(7位)を記録した日

ポール・マッカートニー全米トップ10最後のヒット曲

「世界一のヒットメイカーは誰か?」と問われれば、僕は迷わず「ポール・マッカートニー」と答えるだろう。とはいえ、シングルヒットに恵まれなくなって大分久しいのも事実だ。

リアーナ、カニエ・ウエストとのコラボで話題になった「フォー・ファイヴ・セカンズ」は、2015年2月28日付の全米チャートで第4位を記録しているが、一聴すればわかる通り、ポール主導で制作された曲ではない(いい歌だけど)。

上記を除けば、ポールが全米トップ10圏内に送り込んだ最後のヒット曲は、1986年2月8日に第7位を記録した「スパイズ・ライク・アス」ということになる。なんて昔のことだろう…。16歳の少年が50歳になるほどの長い歳月、ポールはシングルヒットを出していないのだ。

とはいえ、この遊び心に溢れた佳曲を聴けば、「それがどうした」と声を大にして言いたくなる。

ジョン・ランディス監督の映画「スパイ・ライク・アス」主題歌

「スパイズ・ライク・アス」は、同名映画の主題歌として制作された。監督はジョン・ランディス、脚本はダン・エイクロイドの『ブルース・ブラザーズ』コンビ。主演はアメリカのコメディバラエティ番組『サタデー・ナイト・ライブ』で一緒だったチェビー・チェイスとダンのWキャストによるずっこけスパイコメディだ。

そうとくれば、ポールも真面目にやるわけがない。持ち前のユーモア感覚に火がつき、やる気満々で脱線ロードを突っ走ることとなった。

曲の骨格にあるのは、ポールの言葉遊びだ。メロディーを紡ぐことよりも、リズミカルに言葉を選び、最初から最後まで、すべてのフレーズで韻を踏んでいく。それでいて歌詞の内容はナンセンスながら、ちゃんと映画の雰囲気に合っているのだから、これはもう長いキャリアと飛び抜けたセンスの賜物としか言いようがない。

プロデュースはポールとヒュー・パジャムとフィル・ラモーン

曲の要所で鳴り響くイエスの「ロンリー・ハート」のようなシンセ音は、おそらくプロデューサーであるヒュー・パジャムのアイディアだろう。これがまた大袈裟で、コメディー映画の主題歌らしい滑稽な雰囲気を上手く作り出している。

この曲が録音されたのは1985年9月のことで、翌1986年8月にリリースされるアルバム『プレス・トゥ・プレイ』の制作途中だった。ヒューはこのアルバムをポールと共同プロデュースしている。ちなみに、「スパイズ・ライク・アス」には、彼らと並んでフィル・ラモーンも共同プロデューサーとして名前を連ねているが、音作りのどのあたりに関与したのかは、僕の耳だと正直判断がつかない。

音楽で遊ぶポール、PV にはダン・エイクロイドとチェビー・チェイスも!

ほとんどの楽器はポールがひとりで演奏。得意の多重録音である。こういう自由がきく環境になると、どうもポールは楽しくなってしまうようで、いささかハメをはずしがちな傾向にあるが、この曲もその例外ではない。中盤のわざとらしいブルースギターも可笑しいが、真骨頂はやはりスピードアップしていく後半部分だろう。

ハードエッジなギターがリズムを刻み、ポールが激しいシャウトを繰り返す。ところが、ラウドになればなるほど、前半のチープなサウンドとの間にズレが生じ、曲は音を立ててカオス化していく。ポールのシャウトもギターのフレーズもふざけ気味だから、もちろんわざとだ。そして、曲が終わり静寂が訪れた時、聴き手は「滅茶苦茶な曲だなぁ」と、なんだか狐につままれたような、おかしな気分に包まれるのだ。こんな風に真剣に音楽で遊べるポールは、なんて素敵なのだろう。

そして、ファンなら忘れられないのが、秀逸なプロモーションビデオだ。ポール、ダン・エイクロイド、チェビー・チェイスの豪華競演。場所はアビイ・ロード・スタジオ。ギターはビートルズ時代から愛用しているエピフォン・カジノ。最後には有名な横断歩道を渡ってみせるのだが、突然ライトが照らされ、「見つかった!」と3人が驚いた顔をしたところでストップモーション。これって『バンド・オン・ザ・ラン』っぽくもあるよなぁ… と、マニアックに喜んでいたのも懐かしい。

遊び心が満載! ポールの軽妙洒脱な置き土産?

こんな遊び心満載な曲を残して、ポールはヒットチャートに別れを告げた(今のところ)。まるでシングル「レット・イット・ビー」のB面に「ユー・ノウ・マイ・ネーム」を収録した時のように。もしくはアルバム『アビイ・ロード』のラストに「ハー・マジェスティ」を放り込むかのように。涼しい顔をして、余裕綽々に手を振って…。

言ってみれば「スパイズ・ライク・アス」は、ポールからの軽妙洒脱な置き土産みたいなものだった。今もレコードをターンテーブルにのせて目を閉じれば、「長居したね。マタキマス!(See you next time!)」というポールの声が聞こえてくるようだ。かっこいい…。待ってます。

カタリベ: 宮井章裕

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