計算カード240枚にも必要、入園・入学時の「名前付け」手書き?シール? 保護者苦闘も

入学時に必要な学用品。中央が数図ブロック、右手前が数え棒(京都市上京区・仁和小)

 入園・入学のシーズンが近づいてきました。保護者はそろそろ準備を始める時期ですね。中でも持ち物に名前を付ける作業は大変です。どれくらいの作業量があって、どんな工夫の仕方があるのでしょうか? 名前付けの意義も考えました。

■作業膨大「子の成長感じるが…」
 高校生から保育園児まで3人の子どもを育てるフリーの映像記者、坂本景依子さん(43)=京都市西京区=は、保育園入園や小学校入学のたびに持ち物の名前付けをしてきた。子どもの成長を実感する反面、手間がかかる作業に悪戦苦闘したという。
 鉛筆や筆箱をはじめとする学習用品、道具類は、パソコンで名前やイラストをデザインし、シールに印刷して貼った。「お母さんの字と子どもに分かってもらえる手書きにあこがれるけれど、字が汚くて…」。とはいえ、小学校の算数で使う幅わずか数ミリの「数え棒」やおはじきは、シールを貼る場所がなく、仕方なく手書きした。
 靴袋などは、長男(16)と長女(15)にはミシンで手作りし、名前を書いたテープをアイロンで貼り付けた。次男(5)の保育園入園時はフリーの仕事に就いて忙しく、作家2人に袋と名前のはんこをそれぞれ注文した。完成した袋にはんこを押し、はんこはその後も活用した。
 準備をしている最中は「もう赤ちゃんじゃないんだな」「こんなものを使うようになったんだな」と喜びを感じたという。でも「面倒くさいとも思う」と苦笑い。ただ3人目ともなると、「入園までに準備できなくても大丈夫なものがあると分かり、手を抜くすべを覚えた」。来年春は次男の小学校入学が控える。

■ネットや店頭で印刷 はんこオーダーも
 名前付けの方法はさまざま。シールやはんこ、テープなどがある。ネットで注文したり、店頭で作ったりできる。
 東急ハンズ京都店(下京区)はシールを作成する機械を設置している。名前を入力し、似顔絵を作ったりイラストを選んだりすると、オリジナルシールがその場でできる。シート1枚に大小計82枚のシールが印刷されて800円。食洗機や電子レンジに対応し、弁当箱などにも貼れる。
 同店はこの時期、はんこのオーダー会も開催。はんこメーカー「オスコ」(大阪府)が出店し、名前の字体やチョウ、ヨットなどのモチーフを選べるはんこを紹介した。
 インクは水性と油性があり、はんこ一つあれば衣類などの布製品から、コップなどのプラスチック製品まで幅広く使える。オスコによると、きれいに押すこつは、▽インクを持ち、はんこに満遍なくトントンと付ける▽はんこを真上から強めに押し、「1.2・3」と数えて離す。押すたびに水でぬらしたキッチンペーパーなどではんこのインクを拭き取ると、毎回上手に押せるという。油性インクの場合は専用クリーナーで拭き取る。
 オーダー会に立ち寄った北浦真紀さん(37)=京都府木津川市=は、今春に小学校と幼稚園へそれぞれ入る、先輩の子ども2人のお祝いとして注文した。「子どもも楽しんで押せると思う」
 オスコの大下昌子さん(45)は「インクの色もたくさんあり、インクを活用すればさらに楽しくなる」と話す。オーダー会は2月29日、3月1日にも開催。

■数え棒100本、計算カード240枚…「すべてに必要」
 小学校入学前に名前を付けるものは、実際にどれくらいあるのだろう。仁和小(上京区)に聞いた。
 同小は2月中旬に開く新1年生向けの入学説明会で名前付けについて説明し、学習用品の販売も行う。
 新1年生に購入を求めているものは、算数に使う「数図ブロック」「数え棒」「計算カード」のほか、のり、はさみ、16色入りクレヨン、15色入り色鉛筆など。数え棒は100本、計算カードは240枚ある。一つ一つに名前を付けるようお願いするという。
 理由の一つは、子どもが落としたり、なくしたりすることが多いので、すぐ返却できるようにすること。また、子どもが自分のものを大切にする意識付けのためもある。
 保護者向けの理由もある。子どもがどんな学習用品を使うか知ってほしいからだ。「どうやって使うのかな」と子どもと話しながら名前付けをすることで、子どもの入学意欲を高めることにもなるという。
 鳥屋原学校長(57)は「(目で見て理解する)視覚優位の子どもが増えている」といい、授業で見本に使うものと同じものを用意することを勧めている。このため、大多数の子どもが同じ学習用品を持ち、混同しがちになる。
 とはいえ、近年は保護者の負担も考え、使用頻度が低い算数の道具を購入リストから外し、名前を付ける数は減る傾向だという。「大変なのは重々分かるが、スムーズに学校生活を送るために名前付けをお願いしている」

■「シェアの時代なのに」疑問の声も
 「名前付けからの解放」を訴える人もいる。
 東京学芸大准教授の小西公大さん(44)は3年前、娘の小学校入学前に2日間ほど妻と徹夜で名前付けをした。ガラス製のおはじきはシールがはがれやすく、上から保護シールを貼った。カラーペンは本体だけでなくキャップにも書いた。準備はしていたが、最後は追い込まれた。教育のデジタル化が叫ばれ、アプリでも足し算や引き算が学べるいま、こうした作業は「時代錯誤に感じた」。
 日本では明治以降、近代的な個人主義が導入されたが、小西さんは「集団の規律性や均質性が大事にされている」。集団の中で個人がどう動くかが重視され、「名前付けも、集団において自分のものを確定し、他者とのあつれきを生まないようにしている」。
 ヨーロッパは逆に、個を育てることで集団が育つという考え方があるという。「ものは他者とのコミュニケーションのツールになりうるが、名前付けはその芽を摘むことになる。ペンのキャップすら交じらないというのは、自分のものを大切にするということを超えて、過剰ではないか」
 小西さんは、過度な名前付けを疑問視する記事をネットに投稿した。「これからはシェアオフィスやコワーキングといった働く場や働き方が増え、いろいろなものをシェアしながら社会をつくることがベースになっていく。時代にあった教育が必要」と語る。

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