競技に興奮すると部屋に閉じ込められる? 東京五輪、競技場の不自然な英語「混乱招く」と懸念の声

国立競技場

 「Calm down, cool down」「HELLO, OUR STADIUM」ーー東京五輪・パラリンピックのメインスタジアムとなる国立競技場を巡り、場内にあった英語表記の案内板などが「奇妙で意味不明だ」との声が上がっている。海外メディアの記者や英語が母国語の識者がSNSに相次いで投稿。「日本が笑いものにされるだけでなく、混乱を招く恐れがある」と懸念する意見も出ている。(共同通信=松本鉄兵)

 ▽目立った不自然な英語

 日本勤務が長い米紙ウォールストリート・ジャーナル編集委員で、英国出身のアラスター・ゲイルさんは昨年12月15日、報道関係者向けのお披露目イベントに参加した。完成したばかりの競技場を6時間かけて見て回ったという。競技場は「ピッチが見やすく、デザインもすごく良かった」(ゲイルさん)。それだけに不自然な英語表記が、際立っていたという。

 ゲイルさんが写真とともに投稿したのは、 

ゲイル氏のツイッターより

「Calm down, cool down」

 「Joho no Niwa」 

ゲイル氏のツイッターより

などだ。

  どちらも何を意味するのか分からなかったという。「五輪は世界的な一大イベントですよ。大勢の人が訪れるのだから細かいところまで考えるべきだった。意味が分からない看板があると残念な気持ちになります」

  国立競技場を管理運営する「日本スポーツ振興センター」によると、「Joho no Niwa」はイベント用のエリアを指すという。

  「Calm down,cool down」は障害がある人の利用を想定しているといい、大勢の中から視線を遮り気持ちを落ち着かせるスペースだという。壁の色を暖色系にするなど配慮した。ただ公共空間での導入例が少なく、バリアフリーに取り組む「交通エコロジー・モビリティ財団」が東京五輪に向けて策定したピクトグラム(図記号)を参考にしたという。

 同財団の担当者は、新しい概念であるため理解しづらかったのかもしれないと話す。またきちんとした定義づけもされていないためピクトグラム化の作業は難しかったという。策定メンバーに言語を扱う専門家は入っていなかった。

 ▽誤訳が生まれる理由

 「Calm down, cool down」は誤解を招きかねないと問題視するのは、異文化コミュニケーションが専門の鳥飼玖美子・立教大名誉教授だ。「命令形で『落ち着け』と言っている。失礼な印象を受ける」と話す。日本では、競技を見に来て興奮すると部屋に閉じ込められるのかと、意図しない形で解釈される恐れもあると言う。「文法的に間違っていないだけにより深刻だ」。 

オープニングイベントで、多くの観客で埋まった国立競技場のスタンド=2019年12月21日

 米国出身で、異文化コミュニケーションが専門のロッシェル・カップ北九州市立大教授は、お披露目イベントの際に使われたキャッチフレーズ「HELLO, OUR STADIUM」との表現に違和感を抱いたという。「日本人にとっては分かりやすいかもしれませんが、英語にはない表現で、最初に見たときはとても奇妙だった」と戸惑う。

  カップさんは、国立競技場内にあった不自然な英語表記をツイッターで紹介する一方、ニューズウェーク日本版の電子版やジャパンタイムズのオピニオン欄にも寄稿。日本の顔となるはずの国立競技場に1千億円以上も投じながら、なぜ英語表記に十分思いを巡らせることができなかったのかと論じた。外国語表記を考える際、プロ翻訳者のチェックを経ていなかったり機械翻訳に頼り切ったりしているのが原因ではないかと推測する。

  不正確な英訳が話題になったケースは過去にもあった。

  大阪市の地下鉄を運行する大阪メトロでは昨年、公式サイトの外国語ページに、路線名の「堺筋」を「Sakai muscle」(堺 筋肉)とする誤った英訳を掲載していたことが判明。また「3両目」を「3 Eyes」、駅名の「天下茶屋」を「World Teahouse」と表記していた。自動翻訳ソフトが原因だった。 

国立競技場

 ▽1964年東京五輪でも

 かつては企業で働く若い女性を和製英語で「BG」(ビジネスガール)と呼んだ時代もあった。しかし英語圏では「接客業」と受け止められるとして、NHKが1964年の東京五輪を前に放送禁止用語にした。間もなく「OL」(オフィスレディー)という新たな和製英語が生まれた。

  鳥飼氏は、日本人の言語に対する意識は前回の五輪からほとんど変わっていないと苦笑いする。「単に英語で表記すればいいということではなく、その言葉を見た人がどう受け止めるか、どう表現したら正確に情報が伝わるかという視点が大事だ。それこそがおもてなしの心ではないのか」と話す。

  その上で、外国語に翻訳する際は、正しい表現であるかどうかをプロの通訳者や翻訳者に必ず確認する必要があると説く。

  日本スポーツ振興センターの広報担当者は取材に「Calm down, cool down」などの英語表記について「現時点で変更する予定はない」。

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