「お金がない…」を理由に犯罪に走る老人の裁判は毎日のように行われている “明日、死ぬかもしれない”という人々に虚しく響く裁きの声

2019年6月、金融庁の「老後資金が2000万円不足する」という報告が話題になったことはまだ記憶に新しいと思います。その後、経産省が出した試算によると余裕のある老後を過ごすには2895万円の貯蓄が必要だそうです。

もしも、お金を持たないまま年を取るとどうなるのでしょうか? それは数十年後に来る未来の話ではなく、今も現在進行形で起きていることです。

「お金がない」

こんな動機で犯罪に走る老人の裁判は東京地裁では毎日のようにあります。

浜村親一(仮名、裁判当時70歳)もそのうちの1人でした。

彼は秋田県で出生、高校中退後は玩具問屋、農薬販売、タクシー運転手など様々な仕事に就いてきました。両親はすでに他界、婚姻歴は一度ありますが離婚し元妻とは音信不通になっています。

犯行時、彼の収入は厚生年金の月額115000円で独り暮しをしていました。家賃と生活費、それだけならギリギリなんとか生活はできましたが、持病の治療費や薬代が加わると厚生年金だけでは貯金を切り崩さなければ足りませんでした。

そして、その貯金が尽きた時、彼の生活は壊れました。

食費は1日2食に押さえて切り詰め他の出費も抑えようとしましたが、やはり病院代が家計を圧迫しました。どうやってもお金は足りません。

生活保護の申請にも行きましたが申請は却下されてしまいました。

とうとう、彼は食べ物を買うお金にさえ困るところにまで追い詰められました。

そんな時に彼が目にしたのが、電柱に貼られていた1枚のチラシでした。

「即日融資可能」

そんなチラシなど普通であれば気にも止めないものです。しかし追い詰められていた彼はその文言に救いを見いだしてしまいました。もちろんそれが闇金だとはわかっていました。

「闇金の人には『お金は貸すけどその代わりに通帳を作ってほしい』と言われました」

彼は闇金業者に言われるがままに近くの信用金庫で通帳を作り闇金業者に渡しました。

「通帳が悪いことに使われるのはわかっていました」

それでも彼には他の手段はありませんでした。お金を借りられるような親戚や友人はいません。生活保護も貰えませんでした。当たり前のことですが、何かを食べなければ人は死にます。彼は食べ物を買うお金すらありませんでした。死はもうそこまで迫っていました。背に腹は変えられないのです。

後の捜査でこのカードはやはり特殊詐欺に使用されていたことが判明しました。それも1件だけではなく複数件の犯行に使われています。

この特殊詐欺事件の関係者が検挙されたかどうかは裁判では明らかにされませんでしたが、彼が警察署で見せられた防犯カメラ映像には「出し子」役の「おばさん」が映っていたそうです。

特殊詐欺の出し子など捕まるリスクの高い役どころをやるのは大抵若い人間でしたが、もう最近ではそうでもなくなってきたのかもしれません。この「おばさん」がどのような経緯で詐欺グループに加担したのかは全くわからないのであくまで想像ですが、彼女もやはりやむにやまれぬ事情を抱えて加担してしまったのではないかと思ってしまいます。

闇金にカードを渡してしばらく経った時、彼は信用金庫から口座凍結の連絡を受けました。

「やっぱり悪いことに使われた、と思いました」

彼はすぐに警察署に行き事情を説明しました。自首の成立です。過ちを犯してしまったのは事実ですが、この自首という行為で彼は彼なりの良心や信念を示したのだと思います。

「お金がない」

それだけの理由で追い詰められ、良いように利用されてしまう人は現在も多くいます。

お金がないゆえに困窮し、かといって誰一人として助けの手を差しのべてくれる人も現れず、生きるために罪を犯すしかなくなった人たち。

彼らに科される罰は一体何に対しての罰なのでしょうか。

生き方が下手なこと、弱いことが罪になり罰を科される、そのようなことが起きているのが今のこの国の現状です。(取材・文◎鈴木孔明)

© TABLO