家族との距離の取り方に翻弄されて、39歳女性の抜けられない苦しみ

家族は大事だと多くの人が思っているでしょう。でも、家族が自分の人生の邪魔をすることもあるし、家族こそ迷惑の元凶となることもあります。家族との距離のとり方は人それぞれですが、「抜けられない苦しみ」もあるのです。


経済的に精一杯がんばってきた

「私の存在って何だったんでしょう」

開口一番、そう言ったのはアリスさん(39歳)です。彼女が高校生のころ父親が突然死しました。生命保険は数百万しか入っておらず、住んでいたのは社宅。父が亡くなったからには社宅を出なくてはならず、母と彼女と弟は路頭に迷います。

「それでも当時、父が勤めていたのは同族会社だったので温情があり、もし私が高卒でその会社に勤めるなら社宅にいてもいいと言ってくれたんです。私は大学進学をするつもりだったし、父もがんばれと言ってくれていたのですが、進学をあきらめました」

そのとき母親が言ったのは、「あんたは女の子なんだから。弟だけは大学に行かせてあげて」という言葉でした。これにはアリスさん、少なからずショックを受けたといいます。

「私のほうが弟より成績がよかったですから……。父とは医者になると約束していたんです。それでも私が犠牲になるしかない、弟に肩身の狭い思いをさせたくないと思いました」

高校を出て、父が勤めていた会社に就職。1年後には大学の二部を受験して合格、4年後には大卒の資格を得て、給与も少し上がりました。

「もっと収入が上がるように、経理の専門学校に通ったり資格をとったり、できる限りの努力をしました。その間、弟は1年浪人して大学に入学しましたが、遊びほうけてばかりいて。母はもともと体が弱くて働けないんです。だから私がひとりで必死に働いて、会社から借金もして弟の学費までめんどうみました」

母に頼られて…

弟が大学を出たとき、彼女は30歳を目前にしていました。姉の心配をよそに、弟は就職もせず、アルバイトをしながらミュージシャンを目指すと言います。さすがに母親も「ちゃんと就職してよ」と懇願しましたが、弟には甘く、最終的には「アリスちゃん、頼むわね」と言い出しました。

「当時、私、つきあっている人がいたんですよね。結婚の話も出ていた。でも弟の話をしたら、彼が『弟がプー太郎か、きついなあ』って。私自身、弟のことは困ったヤツだと思っていたけど、他人にそう言われるとちょっとムカッとして。結局、彼とはうまくいかなくなってしまいました」

娘が結婚しないと知った母親は、にこにこしていたそうです。母親にとって、娘はすでに「夫代わり」になっていたのかもしれません。母の態度にアリスさんは「これはまずい」と思ったそうです。

家族のせいで、今もひとりで

母親は、アリスさんが残業だと言っても夕飯はいらないと言っても、食事の支度をして待っています。そして帰ってくるまで寝ずに待っているのです。

「なんだかそうやって待たれているのがプレッシャーというか。もっとはっきり言うと気持ちが悪かったし怖かった。私はこうやって家族に取り込まれていくんだと思って」

弟は外泊が続いたり、突然帰ってきたり。レコーディングができるかもしれない、新しい機材さえあれば成功するのにと言っては、彼女に頻繁にお金の無心をしてきます。

「もう疲れた、何もかも投げ出してラクになりたい。何度そう思ったかわかりません。弟にお金を渡すために、会社にナイショでスナックでバイトをしていた時期もあります」

そして3年前、弟は突然、「音楽の武者修行をしてくる」と書き置きを残して行方がわからなくなりました。弟の友人によれば、関西方面に行ったらしいというのですが、電話もつながらず連絡がとれません。

「私は実はホッとしたところもあります。弟はどこかで元気にやっていると思うし。ただ、母がね……」

母は溺愛していた弟がいなくなったのがショックだったのか、まだ65歳なのにすっかり老け込んでしまっているそう。

「それでもいまだに毎日、私の食事を用意して待っています。残る頼りは私だけだと思っているんでしょうね。『あんたはいなくならないでね』と泣くこともある。家族のためにずっと自分を犠牲にしてきて、いつまでこれが続くのかとうんざりします」

それでも仕事に行かなければ食べていくことができません。弟にお金がかからなくなった分、一生懸命ためていますが、ときおり母親がわけのわからないものを買ってしまうのが腹立たしいと彼女は言います。

「運が開ける赤富士の絵とか(笑)。笑っちゃうけど笑い事じゃないんですよね。そういうのに騙されてどうするんだ、しっかりしてよと言うんですが」

考えてみれば、母親も自分の人生を振り返って「私の人生、何だったんだろう」と思っているのかもしれません。

自分の人生を生きてこれなかった

つい最近、母の様子に疑念を抱いたので病院に連れていったところ、軽い認知症の症状が見られるとわかったそうです。アリスさんは今後のことを考え、母の後見人になれるかどうか弁護士に相談しています。

「私も私の人生、何だったんだろうと思わずにすむよう、今から母亡き後を視野に入れています。冷たいかもしれないけど、母がいなくなってからようやく私の人生が始まるような気がするんです」

行きたいところにも行かず、流行のファッションも追わず、ひたすら家族のために働いてきた彼女、それでも最後に明るくこう言いました。

「生涯で1度は結婚したいと思うし」

自分の人生を自分のために生きてこられなかったのに、彼女の目はまっすぐで、まだまだこれからも母のためにがんばってしまうのだろうなと思わざるを得ませんでした。

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