取材する競技の中には、共同通信運動部で記者をしていなかったら、知ることも関わる機会もなかっただろうなと思うものもある。
私の場合は3年前に担当になった馬術がその例だ。遠くて縁のない世界だったが、知れば知るほどその面白さの虜になった。
馬術はお金持ちがする高貴なスポーツだと思っていた。選手は燕尾服や乗馬服にシルクハットなどの帽子をかぶり、優雅さが漂う。
きっと私が馬術担当になる前に持っていたイメージに共感する人は多いはずだ。
確かに優雅で、高貴に見えてお金がかかる。競技団体の予算規模を見ても桁が違う。
それでも、ブルジョワのスポーツという概念を取っ払って一競技として見てみると、人馬がもたらす迫力にひときわワクワクさせられた。
私が「共同通信の記者でなければ」と言うのには理由がある。東京五輪の公式通信社として、取材への力の注ぎ方はいまだかつてないほどではないか。
その恩恵で、だいぶ前の話になるが、2018年9月に世界選手権の取材のため、米ノースカロライナ州トライオンに1週間滞在した。
馬とは全く縁のない人生を送ってきたので知識はほぼ皆無。五輪に出場するトップ選手の大半が欧州で暮らしているため、取材する機会はこれまでほとんどなかった。
その1週間は全てが新鮮で勉強になった。特に強烈な印象が残ったのは総合馬術のクロスカントリーで、選手とコースの下見から同行させてもらった。
3種目の合計点を争う総合馬術で、2種目目のクロスカントリーは約6キロのコースに設置されたさまざまな障害を飛び越えていき、決められた時間でクリアできるかを争う。
馬は本番の一発勝負だが、選手は事前にコースを下見でき、何度も歩いて本番でどう障害を飛び越えていくか、コースの取り方や歩数を入念に見ていく。
時には長靴を履いて水濠に入り、障害へのアプローチのイメージを膨らませる。
障害の中には選択できるものもあり、時間がかかるが比較的簡単なものと、時間を短縮できるが難しいものがある。
馬の拒止、逃避などは減点となる。障害の手前にある小さな滝を見て、ある選手は「自分の馬は水を怖がるかもしれない。もう一つのルートの方がいいかもしれない」など、それぞれの馬の特徴、性格を考慮しながらプランを練っていく。
坂を下りながらの障害、水濠に飛び込んで方向転換してからの障害など素人目でも分かるくらい難易度は高かった。
中には落馬して水濠に落ちる選手や、馬が障害に引っかかってひっくり返ることもあった。命がけの競技だと知った。
人間だけでは出せない圧倒的な迫力がある。“目玉”の障害の周りには観客が多く集まり、時には馬が障害を跳ばずによけて、観客に迫ってくることもあった。
今夏の東京五輪では距離こそ短縮されるが、世界最高峰の選手が難度の高いコースを駆け抜けていく。
欧州など海外からの馬の輸送など大変な面も多く、日本でこのレベルの高さを体感できることはもうないかもしれない。
しっかり報道するとともに、目に焼き付けたいと思っている。
星田 裕美子(ほしだ・ゆみこ)プロフィル
2010年共同通信入社。同年12月に大阪支社運動部に異動し、陸上、サッカー、プロ野球のオリックスなどを担当。16年12月から本社運動部。東京都出身。