人は変われるし、暴力の連鎖も断ち切れる 映画「プリズン・サークル」、刑務所で更生プログラム撮影

By 竹田昌弘

 両側に独居房(単独室)が並ぶ刑務所のホール。男性受刑者たちが車座となって、虐待やドメスティックバイオレンス(DV)、いじめなど、彼らを形作ってきた被害体験やトラウマを語り合う。仲間と一緒に感情を取り戻す中で、次第に罪を犯した原因と向き合い、被害者の気持ちや自分の未来を考えるようになっていく。公開中のドキュメンタリー映画「プリズン・サークル」は、そんな更生プログラム「TC(セラピューティック・コミュニティ、回復共同体)」の過程を2年にわたって撮り続けた作品だ。日本の刑務所内でこれほど長期の撮影、取材は初めてとみられる。人は変われるし、暴力の被害者が加害者になる「連鎖」も断ち切れることを伝えている。(共同通信編集委員=竹田昌弘)

車座に置かれたTC用のいす=島根あさひ社会復帰促進センターのホール(坂上香さん提供)

 ■PFI事業の島根あさひ、国内で唯一導入

 「プリズン・サークル」の舞台は、島根あさひ社会復帰促進センター(島根県浜田市)。中国山地を貫く浜田自動車道の旭インターチェンジバス停から十数分歩いたところにある。ホームページなどによると、甲子園球場8個分を超える約32万5千平方メートルという広大な敷地には、初犯で犯罪傾向の進んでいない男性受刑者を最大2千人収容する施設などが立ち並んでいる。民間の資金やノウハウを活用したPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアチブ)事業の刑務所で、施設の設計、建設に加え、運営の一部も民間の企業グループ(大林組、綜合警備保障など)に委託している。職員は国約200人、民間約350人。

  島根あさひが日本の刑務所で唯一導入しているTCには、面接などで参加を許可された40人前後の「訓練生」が半年〜2年程度、刑務作業や食事を共にしながら参加している。臨床心理士や社会福祉士、精神保健福祉士などの資格を持つ民間の専門家が「支援員」として、週12時間のプログラムを運営する。 

グループに分かれて話し合う訓練生たち=島根あさひ社会復帰促進センターのホール(坂上香さん提供)

■「これだけのことをされてきたから、これくらいしていいだろう」 

 カメラが追うのは、特殊詐欺の受け子(現金受け取り役)や強盗致傷罪のオヤジ狩り、傷害致死事件などで、懲役2年4カ月〜8年の刑が確定した22〜29歳の訓練生4人。レモンイエローとグレーのウエアを着た彼らはTCに参加し、親の育児放棄からずっと施設で育ったり、養父から日常的に暴力を振るわれたり、いじめられて性的な虐待も受けたりしたことを明かした。 

 「親の記憶がなく、ただ一つ覚えているのは、母親とほんの短期間暮らしたときに使っていたシャンプーのにおい」「何度も殴られて血だらけになっても、壁にぶつけられ、穴が開いても、誰も助けてくれなかった」「何回も手首を切って自殺を図った」「虐待した側はストレス発散で、たいしたことじゃないと思っている」「先輩に殴られたので、母親を殴った」 

グループに分かれて話し合ううち、目頭を押さえる訓練生=島根あさひ社会復帰促進センター(坂上香さん提供)

 事件の話。罪を犯しても「これだけのことをされてきたから、これくらいしていいだろう。平等じゃない」と考えた。恨みやねたみばかりだったという。「傷つけた被害者は亡くなったが、おまえが悪いんだろう」と思っていた。「小学生の頃から盗み癖があり、パチンコ屋などで財布を見つけると盗む。でも盗まれた方が悪い。罪悪感がなかった」 

 訓練生はグループに分かれ、支援員から与えられたテーマについて、それぞれがショートストーリーを作り、その内容を話し合ったり、事件の被害者役、加害者役となって、その人の気持ちを考えるロール(役割)プレイングをしたり、最近心が動いたことを思い出し、そのときの感情を体で表現したりする。ある訓練生は「昔々あるところに、うそしかつかない少年がいました」から始まるショートストーリーを作った。「涙が止まらないときがあって『助けてほしい』と書いた」と話す訓練生も。支援員は彼らの意見を否定することはせず、笑顔やユーモアなどで、意見を言いやすい雰囲気作りをしている。 

顔にぼかしを入れた訓練生の過去は、サンドアート(砂絵)で描かれている。アニメーション監督は若月ありささん(坂上香さん提供)

■「感盲」とサンクチュアリ不在、共同体で改善 

 この映画の監督兼製作者の坂上香さん(1965年生まれ)によると、TCの基礎は「エモーショナル・リテラシー」という考え方だ。感情に振り回されるのではなく、感情を使いこなせるようになるため、さまざまな感情を受け止め、理解し、表現する(人に分かるように伝える)能力を指す。その能力を高めることも含まれている。島根あさひでは「感識」という訳語を当てて、①感じる②言葉にする③きちんと伝える―と教えている。感識と対比する言葉として、今どんな気持ちなのか感じられなくなる「感盲」は、嫌な感情が湧いてくるときほど、起こってしまうと説明している。 

 またTCでは、他者の語りを通して、一人ではないことを実感することによって、初めて自他ともにつらい体験に向き合うことができるようになる。TCが「サンクチュアリ(安心して本音を語り合える場)」として機能するという。感盲で、サンクチュアリの不在という問題を持つ訓練生たちがTCで改善されていく。傷害致死の加害者なのに、被害者にも非があると考えていた訓練生は「1人の人間として尊重された」などとして、罪を償いたい気持ちに変わった。 

TCで使われた「感情」に関する図(坂上香さん提供)

 映画には、TCに参加し、島根あさひを出所した人たちがバーベキューをしたり、車座になって近況を話し合ったりしている場面も出てくる。「結婚して子どもが生まれた」と報告する元訓練生がいる一方、福島へ除染に行き、お金でもめて今は仕事がないと明かす人も。すかさず「まず3カ月頑張ろう。みんな証人や」と励ます声が掛かる。「回復共同体」が続いているようだ。 

「プリズン・サークル」の監督兼製作者の坂上香さん=1月30日、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラム(撮影・竹田昌弘)

■米国の刑務所でTCと出会い、初めて映画製作 

 TCは英国の精神病院で始まり、1960年代以降、欧州や米国の各地に広まった。坂上さんはテレビドキュメンタリーの制作者だった95年、番組の事前調査で訪れた米国の犯罪者・薬物依存症者更生施設「アミティ」でTCと出会い、翌96年、アミティが運営するTCをカリフォルニア州サンディエゴ郊外のR・J・ドノバン刑務所で取材した。 

 参加していたのは、殺人や強盗といった深刻な犯罪で終身刑や無期刑に処された男性受刑者たち。虐待や家庭崩壊、DV、人種差別などの被害体験があり、やはり暴力の連鎖をうかがわせた。そんな彼らがTCで、自分をさらけ出し、徹底的に罪と向き合って変わっていく。 

 テレビの世界から離れた坂上さんは、友人の助けを得て映画製作を企画。生後3カ月の息子も同行して渡米し、ドノバン刑務所のTCなどを撮影した。2004年、初めての監督作品となったドキュメンタリー映画「Lifers ライファーズ 終身刑を超えて」を公開し、ニューヨーク国際インディペンデント映画祭で海外ドキュメンタリー部門最優秀賞を受賞した。「ライファーズ」は終身刑もしくは無期刑の受刑者を意味する。 

■「ライファーズ」を見た島根あさひ関係者、TC導入提案 

 島根あさひの08年開所に向け、準備を進めていた企業グループの関係者が「ライファーズ」を見て、TCの導入を提案し、採用された。島根あさひの関係者らは渡米してアミティで研修会に参加したり、アミティの創設者を日本に招いて話を聞いたりした。こうした縁で、坂上さんは09年、島根あさひのTCを見学する機会を得る。 

訓練生に語り掛ける支援員=島根あさひ社会復帰促進センター(坂上香さん提供)

 「規律と管理を徹底する日本の刑務所では、話すことを強制するなどしてTCは成り立たないと思い、期待していなかったが、実際に見学すると、TCがちゃんと機能していた。民間スタッフの力が発揮されたのだろう」と坂上さん。これは記録したいと申し出たが「前例がない」と撮影許可が下りず、交渉が続いた。その間も島根あさひを訪れ、TCの勉強会などの講師を務めた。ようやく14年に入って許可が出て、同年8月から16年7月まで、島根あさひでTCなどを撮影した。その後、編集と訓練生たちの顔にぼかしを入れる作業などに時間がかかり、一般公開にこぎ着けたのは今年1月だった。

 坂上さんは大阪府茨木市で生まれ、11歳のときに東京へ。中学時代に集団リンチを受け、自分より立場が弱い弟にとっては暴力の加害者となった。高校卒業後、米国の大学へ進み、海外で約7年生活した。テレビ番組制作会社のドキュメンタリージャパンに勤めたほか、京都文教大助教授や津田塾大准教授も務めた。「若い頃からなぜ人は残虐になれるのか、その残虐性は学び落とすことができるのかという問いを抱いてきた。どうしたら暴力の連鎖を止められるかは私のライフワーク。罪を犯した人がTCを通して、暴力の連鎖に気付き、断ち切ることはとても重要なことで、外の社会で暮らす私たちにも関係がある」と話している。

「プリズン・サークル」のポスターの前で、取材を受ける監督兼製作者の坂上香さん=1月30日、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラム(撮影・竹田昌弘)

  「プリズン・サークル」の上映劇場は、公式ホームページ( https://prison-circle.com/ )参照。自主上映会の問い合わせ、申し込みは配給会社「東風」(電話03・5919・1542、メールは info@tongpoo-films.jp )まで。(了)

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