どう予想?南極の天気   ペーパー予報士が聞いてみた

 日本列島に周辺の天気図があるように、南極にも天気図がある。しかし、北半球と違って南半球は低気圧の回転も逆で、天気図も見慣れない。記者は実務経験のない「ペーパー予報士」だが、南極の天気をどうやって予想しているのか知りたくなった。そこで、南極観測船「しらせ」で帰国の途にある第60次南極観測隊に参加した気象庁職員のところに行き、聞いてみた。(気象予報士、共同通信=川村敦)

第60次南極観測隊員の藤田建さん=2月、南大洋にある南極観測船「しらせ」船上(共同)

 ▽「予報」ではなく「予想」

 昭和基地の天気予想は、国内と違い、広く市民に周知しているものではない。
気象庁は気象業務法上、「一般の利用に適合する予報及び警報をしなければなら
ない」ことになっている。南極ではあくまで隊員に向けた情報なので、警報など
を出す必要はない「予想」という位置づけになる。

 「業務名としては『天気解析』。サービスでやっているところもある」。こう話してくれたのは、第60次越冬隊員で気象庁職員の藤田建(ふじた・たつる)さん(49)。例年5人いる気象庁の隊員のうち年長の「チーフ」を務め、今回で3回目の越冬を終えたベテランだ。

 南極観測隊という名前の通り、主たる業務は観測にある。隊員のさまざまな活動は天気によって左右される。当然予想は重要な情報だが、本来の活動の合間を縫ってやっているというのが実態だ。

 観測が中心であるため、気象庁から隊員に派遣される職員も、国内で観測業務を中心に経験してきた人が隊員に選ばれる。「気象庁の職員なら天気のことを何でも知っている」と思われがちだが、必ずしもそうではないというのが、悩みの種になることもある。

 東京・大手町にある気象庁本庁の場合、「地震火山部」「地球環境・海洋部」などさまざまな部署に分かれ、それぞれ高い専門性を持つ。ともに天気を相手にし、密接に関連する「予報部」と「観測部」であっても、将来を予想する業務と今起こっている現象を把握しようとする業務には大きな違いがある。藤田さんも必ずしも予報業務の経験が長いわけではない。

気象庁(2018年)

 ▽気象レーダーもなく

 昭和基地での天気予想で伝えているのは「きょう、あす、あさっての天気と風」。毎日夕方、隊員が集まるミーティングで伝える。国内では週間予報や1カ月予報、降水確率など多種多様な情報を提供しているが、南極では「風 東20メートルのち10メートル 天気 晴れ地吹雪をともなう」「あさってにかけて、大陸からの乾いた空気が流れ込むため、晴れときどきくもりとなる見込み」といったシンプルな内容。注意報や警報を出すこともない。

 そもそも、国内の予報業務はどうやっているのか。観測隊には珍しい予報部出身の第60次越冬隊員、井上創介(いのうえ・そうすけ)さん(36)に聞いてみた。

 「まず、実況を解析する。次に、そこからこうなるだろうというシナリオを作る。それを新しい実況値で修正していくのが基本。やっていることは国内でも南極でも変わらない」と教えてくれた。

 実況とは、今起きている現象のことを意味している。地域気象観測システム(アメダス)で観測した気温や降水量のデータなどで把握する。

 アメダスの観測点は無数にあり、気象衛星ひまわりや気象レーダーの画像もある。特に、衛星やレーダーの画像は今どこに雲があるのか、どこで雨が降っているのかをリアルタイムに把握できる強力なツールとなっている。

 そして、実況のほかに必要になるのが「数値予報資料」。いわゆるスーパーコンピューターによる予想の結果だ。地上天気図や予想天気図を新聞やテレビで見たことがある人は多いと思う。このほかに、大気の構造を立体的に理解するために、上空の高さごとに気温や気圧などを示した天気図もある。12時間先、24時間先など、予報時間ごとに何枚も見ながら予想することになる。こうした多種多様な資料のほか、外国気象機関のデータも参考にする。

昭和基地の気象棟で写真に納まる第60次越冬隊員の井上創介さん=2019年11月(井上さん提供、共同)

 ▽少ない資料からイメージ膨らませ

 では、これらのデータをどのような割合で使うのか。井上さんに聞くと、「国内だと、予報は実況と数値予報ととんとんでつくるイメージ」。一方、南極では「数値予報資料は国内より少ないものの、思ったより数がある。ただ、実況がすかすか」と明かす。

 数値予報資料は気象庁以外に、オーストラリアの気象当局、「AMPS」というアメリカの大学がつくっている結果などを参考にしているという。

 昭和基地近くの地上気象観測装置は、基地と、基地から約20キロ離れた南極大陸上の「S17」という地点にしかない。基地には気象レーダーもない。衛星画像を見ることはできるが、送られてくる領域や頻度もまちまち。これでは、天気を見る「目」がないようなものだ。

 井上さんは「実況が少ないので、数値予報に頼るところが大きい。少ない資料からいかに自分の中でイメージを膨らませて予想をつくるかが腕の見せどころ。仕事としてはおもしろい」と語る。

 南極では大陸で冷やされた空気から、大陸を取り巻く南大洋上の相対的に暖かい空気に向かって風が吹き、低気圧が発達する。この仕組みは、冬のユーラシア大陸と日本海の関係と一緒。「場所が違うだけで日本の気象の知識が使えないわけではない」。低気圧の回転が逆になることにも、次第に慣れていくという。

 雪を伴った強風が吹き荒れる「ブリザード」が、南極ではしばしば起きる。ひどいときには100メートル先も見えない。隊員の外出中に起きれば命に関わる。

 井上さんは「国内よりシビアなのは『結局、作業できるのか』という質問が来ること。まるで昭和基地という村に専属している地域密着の気象台みたいな感じ。予想のユーザーが近くにいるというのは勉強になった」と振り返る。

 課題もある。藤田さんは「国内なら予報を向上させるための事例研究がどんどん蓄積される。が、南極では観測がメインで、それをやるひまがない。日本に戻っても別の部署に行くのでやるひまがない。もったいない」と指摘する。

© 一般社団法人共同通信社