新型コロナでテレワーク導入? 注意すべき三つのこと 会社の生産性向上も 中小企業にもできる働き方見直し

 新型コロナウイルスの感染拡大防止策としてテレワークが注目されている。政府が産業界に要請し、花王やJT、KDDI、アサヒグループホールディングス、資生堂といった企業が大規模実施を発表した。学校の臨時休校が始まったことで、その必要性は全国的に高まった。ただノウハウ不足の中小企業にはとまどう声が少なくない。テレワークに先駆的に取り組むIT企業アステリアの広報室長で、中小・ベンチャーの約30社とともにつくった推進組織「TDMテレワーク実行委員会」の委員長を務める長沼史宏氏は、テレワークが従来型の働き方を見直し、社員や会社の生産性を向上させるきっかけになると期待する。長沼氏に寄稿してもらった。

アステリアが実施している新型コロナウイルス対策で在宅勤務する社員(アステリア提供)

 ▽急増するテレワーク導入の相談

 昨年までは働き方改革関連法の施行、さらには東京五輪・パラリンピックに向けて緩やかにテレワークを導入していこうという企業が大多数だった。しかし、新型コロナウイルスの感染防止策として、年明け以降は半ば強引に実施する企業が目立っている。

 筆者が関わる「TDMテレワーク実行委員会」は、「TDM(Transportation Demand Management=交通需要調整)」という名前の通り、都心の交通混雑緩和を目指した取り組みだ。だが最近は新型コロナ対策のために新たにテレワークを導入しようとする企業からの相談が急増している。そうした企業の担当者を集めたテレワーク体験会や外部セミナーでの講演を行い、初めて導入する企業へのサポート活動を強化している。

 テレワークは本来であれば、企業内検証や特定部門での実証実験を繰り返しながら徐々に導入していくことが望ましい。しかし現在のこの状況下では、ウイルス感染リスクを軽減する上で、そのようなプロセスがなくても仕方がないことと理解している。ただ突貫であっても、ちょっとしたコツを踏まえて進めていくと、現場の混乱を抑止できるので、相談者には次のようなアドバイスをしている。

TDMテレワーク実行委員会が開いた緊急ミーティング(2月19日、TDM実行委提供)

 ▽ビジネスチャットの導入を

 テレワークが出社と一番違う点は、同僚が近くにいないということだ。社内では近くに上司や同僚がいて一定の頻度で手短な会話をしている。細かな指示を上司やリーダーに仰ぐやりとりも頻繁に行われ、小さな疑問を解決しながら仕事を進めるのがオフィスでの一般的なワークスタイルといえる。

 テレワークの場合、一人で片付けられる業務はパソコンに向かってモクモクと進めればよいが、時として上司や同僚と細かなやりとりができないことがボトルネックになってしまう。

 この問題の解決に向けて最初に導入してほしいツールが、短いフレーズで手軽に意思疎通をできる「ビジネスチャット」だ。

 毎回「お疲れさまです」などの“起こし言葉”から書き始めるメールは頻繁なやりとりには向かない。また、電話も回数が増えてくると、双方にとっての拘束時間が増えて非効率になる。

 一方、ビジネスチャットの場合、「明日の会議に部長は参加できますか?」といった単刀直入な短文でのやりとりができる。チーム内で簡単にメッセージの共有ができ、カジュアルなやりとりによって、社員間の距離感を解消した業務遂行が可能になる。これからテレワークを導入しようとしている会社は、まずはビジネスチャットの選定を進めてほしい。

 そして「ビデオ会議システム」も利用価値が高い。かつては高額なシステムが主流だったが、現在はスカイプなどに代表される手軽なツールからセキュリティー機能が高いものまでさまざまな種類がある。大変身近なものになっており中小企業でも十分に導入可能だ。

 無料のツールでも十分な機能は備わっている。会社の日常業務では相応の頻度で会議が行われるので、社内でツールを統一し、いつでも、どこからでもビデオ会議が実施できる環境をつくっておけば、テレワークへの対応度を高めることができるだろう。

TDMテレワーク実行委員会が開いた合同テレワーク体験会(TDM実行委提供)

 ▽ツールより大事、上司のマインドチェンジ

 2点目としてツールの導入よりももっと重要なことを挙げたい。それは、マネジャー(上司)によるメンバーの管理・評価方法を見直す必要があるということだ。

 出社が前提の場合、上司は目の前にいる部下の働く様子を直接見ることができる。部下の仕事を評価する際に、朝早く出社している、夜遅くまで仕事をしている、といった勤務態度や労働時間を過度に重視していないだろうか?

 当然、テレワークでは勤務態度を直接見ることはできない。そこで、ちょっとしたマインドチェンジが必要となる。それは“アウトプット”から仕事の量や質を推し量るということだ。

 具体的にはメンバーから出てきた成果物や、業務進捗、各種報告などから評価を行うことだ。その際、上司が所属メンバーそれぞれのパフォーマンスを正しく把握できているかどうかがポイントになる。

 「テレワークをしている社員はサボっているのではないか?」という疑念を持つ人もいるが、これは上司の側の問題だ。部下のパフォーマンスを正しく把握できていないことから、目の前にいる部下の管理しかできないということになる。こうしたマネジメント手法だから疑念が生まれてくるのだ。評価手法を変えることこそテレワークを成功させる鍵となる。

 ▽事業継続の観点から、まずは第一歩

 「中小企業にはテレワークに向いている仕事がない」という声もよく聞くが、そうとも言い切れない。先行企業の経験からいえば、管理部門などを含めてテレワークが可能な業務はたくさんある。導入していない企業でも社員の声を聞くと「テレワークがしたい」という人が多い。上司や経営者の一存によって導入を拒んでいるところが多いのが実態ではなかろうか。

 社員が出社しない中での業務遂行には不安を感じるかもしれない。先行して実施している会社では、まずは特定部門で実験的に導入するなどトライアルを重ねて、その会社に合った運用形態を見いだせている。まず第一歩を踏み出すことが大切だ。

 新型ウイルスの流行、さらには大地震などの災害によって出社が困難になることは数年に一度起こっている。BCP(事業継続計画)の観点からも、あらゆる企業がテレワークの可能性を探る責務があるのではないだろうか。

 ▽大きな投資は不要

 3点目にコストの問題を挙げたい。この点を不安視する経営者も多いが、実態としてはそれほど大きな投資は必要ない。ビジネスチャットやテレビ会議システム、ファイル共有サービスなどは現在、サブスク(月額課金)で導入できるものがほとんどだ。多額のイニシャルコストもかからないものが多い。かつては専用システムの構築が必要なケースが多かったが、各社にマッチしたクラウドサービスを取り入れることで、中小企業なら月額数万円程度で今日からすぐに始めることができる。

 また、厚生労働省をはじめとした政府からもテレワーク導入を支援する数多くの補助金が設定されているので、これを利用すればさらにコストを下げることができるだろう。

 本格的な導入に向けてはVPNなどのセキュリティー対策、社内文書のペーパーレス化などにも取り組んでほしいが、緊急的に始める際には、まずはビジネスチャットの導入とマネジメント手法の見直しの2点から進めるとよい。

アステリアの「猛暑テレワーク」で在宅勤務する社員(アステリア提供)

 ▽ウイルス感染リスク冒して出社、必要?

 最後に筆者が所属するアステリアの取り組みを紹介したい。

 アステリアは2011年から全社員対象にテレワークを導入し、「猛暑テレワーク」や「豪雪テレワーク」といった独自の制度がメディアにも取り上げられた。過酷な気象条件の日には出社を強いず、自宅などで仕事をすることで生産性を上げる狙いがある。

 新型コロナウイルス対策でもテレワークを推奨し、毎日7割近い社員が実践している。私自身も週3~4日はテレワークだ。今回は毎朝、社員に検温をしてもらうことにし、37・5度以上の熱がある場合は、体調回復を第一としてテレワークを含む就業を禁止した。さらに、年度末で有給休暇の残りが少ない社員でも安心して休めるように、発熱時は出勤扱いで休業できる特別措置も実施している。日頃からテレワークが当たり前にできるようになっているため、今回はもう一段、進化した取り組みになっていると思う。

 日本は今でも「いざ鎌倉」という就労スタイルをとっている企業が大多数ではないだろうか? その証拠に、大雪や台風で電車が止まっていても、あの運転再開を待つ大行列に長時間並んで出社することで会社に忠誠心を示すことが美徳になっている。何時間もかけて出社するくらいなら、自宅や近所のカフェでテレワークをした方が生産性ははるかに高い。

 「いざ鎌倉」の会社では、残念ながらこうした合理的な発想が通用しない。今の状況下では、ウイルス感染のリスクを冒してまで出社を強いているということにもなる。

 少し俯瞰して考えると、テレワークは多様な生き方、考え方を受け入れる社会基盤としても期待できる。育児や介護、その他さまざまな事情で家にいなければならない、実家に帰らなければならない、というケースは少なくない。テレワークを導入している企業であれば、働く場所を問われることなく、優秀な人材には働き続けてもらうことができる。このことは人材の確保につながるだけではなく、その企業に多様性を根付かせることにもつながるはずだ。

 多様な人たちに活躍してもらう受け皿として、多様な働き方を認めることは不可欠だ。今まで画一性ばかりが追求されてきた日本社会だが、これを機にテレワークを通じて多様性を根付かせるきっかけをつくり出せればと考えている。(アステリア広報・IR室長、TDMテレワーク実行委員会委員長=長沼史宏)

子どもとカフェで仕事をする「子連れテレワーク」実験の様子=2019年7月、東京都世田谷区

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