友川カズキ - もとよりあてなどあるじゃなし、70歳が一体どうした!? もんどり打って「一人盆踊り」続行中!

加湿器シンちゃんとともに地団駄踏み踏み、古希の春

——エッセイ集『一人盆踊り』(ちくま文庫)の刊行、ドキュメンタリー映画の公開と、このところ話題に事欠きませんが、Facebook等の情報によれば「本業」の競輪のほうも絶好調のようで。

友川:いやいや、ネットには良いことしか載せてないから。だって、「今日はこれだけ負けました」って載せても、書くほうも読むほうもゲンナリするだけですし。確かに(昨年)年末の競輪グランプリでは久々に大勝ちして、数十万転がり込んだんだけど、それも1週間ともたなかったね。親族からペットまで、ハイエナどもが、たかるわたかるわ。ここぞとばかりに、ガスレンジやらカーペットやら、犬の散歩服まで買わされて。結果、私の手元に残ったのは加湿器たったひとつ。ちなみに、この加湿器は(競輪グランプリ2019で優勝した佐藤慎太郎選手にあやかって)「シンちゃん」と名付けました。毎朝、「お、シンちゃん水なくなったな」とか話しかけたりして。

——素敵な光景ですね(笑)。ではまず、映画『どこへ出しても恥かしい人』について聞かせてください。2010年夏の撮影から約10年という、決して短くはない時間を経て劇場公開に至ったわけですが。

友川:こうして陽の目を見る日が来るとは私も思ってなかったから。それだけに佐々木(育野)監督がよく粘ったな、と。彼の粘り勝ちですよ。

——この間、製作サイドとの間にさまざまな葛藤があったようですね。

友川:端的に言って編集の問題ですよ。見解の相違。お互い、なかなか着地点が見えなくてね。タイトルだけ見ると、捨て鉢な開き直りにも思われるかもしれないけど、「ちょっとこのままでは他人の目には晒せないぞ」って、私が折り合えなかったんだな。監督がまた頑固でさ。一時は音信不通になったりもしたし、「もう無かったことにしよう」と思ったことも正直ありましたよ。確かに「映画は監督のもの」ではあるんだけど、どうあれ観て面白くなきゃ公開する意味ないですし。で、最終的に監督も直すところは直してくれたし、私のスタッフも「じゃあこの辺で手を打ちましょうか」ということで。

——しかし、新宿K's cinemaでの公開初日は満員御礼。お客さんの反応も軒並み肯定的で、「とんでもないものを観た」「今年のベスト」といった声さえありました。

友川:内容はまぁ、タイトル通りですよ。競輪、酒乱、ときどき絵描き、たまに歌手、みたいな。試写会で観たときも、自分でも「ひどい生活だなぁ」としみじみ思って。

——歌詞やエッセイなどに滲み出る友川さんの暮らしぶり、リアルな生活感が、断片的な映像をテンポよく繋いだことで、すんなり伝わる構成になっていると思います。

友川:当初、監督はいろいろと演出上の仕掛けを考えてたみたいですが、イヤなものはイヤですし。この歳になって変に小賢しいことしたくないから。ただひとつ、監督のリクエストで、私が川崎の街の中をママチャリで疾走したシーンがあるんだけど…。

——バックにちあきなおみさんの『祭りの花を買いに行く』(作詞作曲・友川)が流れる、非常に印象的なシークエンスですよね。

友川:ちあきさんの歌が妙にハマってて、歌手の前野健太さんもなぜか「泣いた」って言ってくれましたけど。それで、車で自転車と並走しながら撮影する都合上、「もっと速くペダルをこいでくれ」って指示されてね。クソ暑い中を何回も走らされてさ。競輪選手の練習じゃないんだから。最後に近所のブックオフに着いて、自転車を降りるんだけど、試写会後の呑みの席で(映画監督で作家の)森達也さんに「あそこに停めるのはおかしい」っていきなり指摘されて。疲れてたから、駐輪スペースじゃない変な場所に停めちゃったのよ。カメラの前で無理して頑張ったのはそれくらいかな。あとはもう、普段通り。結局、私の出鱈目さだけが、あからさまに映ってる。

——とはいえ、「この映画に救われた」という感想も耳にしましたし、鑑賞した知人からも「ここ数日悩んでいたことがスッキリした」とLINEが入りましたよ。

友川:そう言われると妙にこそばゆくてね。ま、いわゆる反面教師ってヤツでしょう。昔、高倉健のヤクザ映画を観た後、映画館から出てきた人が「よぉーし」って言って、肩をいからせて歩いてたでしょ? この映画を観た人も、「よぉーし」ってなると思う。「こうはなるまい」とか「こんなんでいいんだ」っていう意味で。教訓めいたものは一切ないし、私が学校の先生なら生徒に「観ちゃダメだ」と言いますよ。舞台挨拶でも「今観た内容はすぐ忘れてください」って喋ったくらいで。

——キャッチコピーに「途方に暮れながら、生きる」とありますが、友川さんの人生観というか、格律みたいなものの実演映像とも言えますね。

友川:映画の中でも言ってるけど、人間、下には下がある。「前向きに」とか、上昇志向ばっかり教えられるけど、そもそも人間にはダメになる自由こそがあるんです。…弁解がましいか(笑)。

——ポスターに採用された、お札で口元を押さえながら電話してるメインビジュアルがまた強烈で。

友川:あれはたまたまバチバチッと穴車券が当たって、息子に電話で報告してる映像。私、小心者なもんだから、金持つと周りがみんな大悪人に思えてきてね。声が漏れ聞こえないように口元を隠したんだけど、金を見せびらかしてるみたいになっちゃって。あのね、たまに小金を持つとかえって不安になるんですよ。ずーっと不安定なまま生きてるから、急に金が入ると逆に梯子を外されたような気分になるの。それだけは今も昔も変わらない。

——映像を見る限りでは、10年というタイムラグはあまり感じませんでしたが。

友川:今も寸分違わず生きてますから。何はさておき、競輪に費やす時間が圧倒的に多い。独居老人だし、誰にも気を遣わないで生きてるんだけど、一人で居て自分に疲れるのよ(笑)。ただやっぱり、10年という月日は長い。髪ももうちょっと黒かったし、今は腰痛が酷くて畳にジカに座れなくなっちゃったし。公園で短パン一丁で鉄アレイしたり、子どもに混じって噴水で水浴びしてるシーンもありましたけど、最近はもうしてない。外で熱中症で倒れたら文字通り犬死にだし、「変なおじさんがいます!」って通報されても困るし…ねぇ?

——しかし、自他共に認める酒豪・宴会師ぶり、これは全く変わってないですよね。

友川:ステージでは酒呑まなくなったけどね。この映画を撮ってた頃は、まだ焼酎の水割りを歌の合間にガブ呑みしてた。と言っても、ライブの前後は相変わらず呑んでますけども。こないだも舞台挨拶や上映イベントの打ち上げで3回連続、始発まで呑んで。ファンとか、イベントのゲストに出てくれた前野健太さんを朝まで連れ回して。反省してます。

——東京では反響の大きさから公開期間が急遽延長されました

友川:続映決定って聞いて、「ほう」と思って。なんか嬉しかったですね。だから、かえすがえすも監督がよく粘ったと思う。苦労して撮影してるのも見てたし。酷暑の中、2週間スタッフ3人でずっと車に寝泊まりしながら撮ったんだから。当時は私の部屋にエアコンもなかったし、競輪場で周りの危ない人たちに気を遣い遣い撮影しても、私の車券は全然当たらないし。生き地獄だったと思います。だからというわけじゃないけど、発表できないというのは、やっぱりキツイ。私も表現者の端くれとして、それはわかる。なんせ陽の目を見ない歌がいかに多いことか。

生涯作曲数は1,000曲超!「次々と狙っていくのみ」

——未発表曲も含め、これまでゆうに1,000曲以上は歌をつくられたとか。友川さんはいつも「枯木の山」と自嘲なさいますけど…。

友川:ホント、他人に言われると腹立つ(笑)。だけど、その通りなんですよ。だってもう50年ですよ。ヒット曲ゼロのまま、低空飛行を続けて半世紀。未だにこうやって叫んでるわけですから。昔、作家の立松和平さんも呑みながら言ってましたよ。「トモカワ、俺にも陽の目を見てない原稿が山ほどあるんだよ」って。未発表原稿がダンボール何箱分もあると。だからまぁ、そんなもんなんだろうな、とも思う。お笑い芸人だってそうだろうし。

——作品が他者の目に触れる機会なり場があること自体、既にして幸運なのかもしれませんね。

友川:そう。ひとつ形になって、初めて次に行ける。今回の映画にしたって、公開されることでちょっとした「賑わい」があるわけだから。ライブにせよ、メディア露出にせよ、多少は増えるわけですしね。監督もこれで気兼ねなく次の作品に向かえるだろうし。私の職業って、「賑わい」がなくなったらオシマイ。棚からぼたもちならまだしも、天井から金ダライが落ちてきたら終わりなんだから。

——つねづね、「ユメなんかほとんど叶わない。だけど、次々と狙っていくのみ」とも仰ってますが。

友川:そうなのよ。しつこーく頑張ってれば、ごくごく稀にでも、いいことあるような気がするの。狙ってない人にはそれすらない。地団駄は踏むためにあるんだから。それは何も表現活動だけじゃなく、人生全般についても言えると思うんですよね。狙い続けてると、たまーに的を射抜くのよ。

——友川さんの場合、「狙う」という意味では、やはり競輪の占めるウェートが突出していますよね。

友川:私には競輪から教わったことが山ほどある。本や映画からも教わったけど、競輪が一番。競輪ってやっぱりドラマなのよ。レースにもよるけど、「そう来たか!」「そこまでは考えが追いつかないよ…」という展開が往々にしてある。日常生活でもそういう「読みきれない」ってことがままあるでしょう。人生ってかなりの部分ドラマチックであるはずなの。だから、競輪を真剣にやってると、生きていく上でのヒントっぽいことが拾えたりもするんです。

——映画の中でも、「(競輪を)チェックはしてる」と言った長男に対して、「(車券を)買わないと、やってないのと同じだから」と小言を言うシーンがありました。

友川:たった100円でもいいからリスクを背負わないと、何も得るものがないということです。リスクは背負うためにある。ライブだって、タダで観るのと入場料払って観るのとじゃ、全然違うと思うの。私はいつも「聴く側、観る側も表現者だ。対等なんだ」って言ってるけど、それも時間とかお金とか、何らかのリスクを背負って初めて成立する話であって。

——今の世の中、どこを向いてもリスクヘッジに偏重しているようにも感じます。

友川:「高嶺の花」っていうけど、まず花が咲いてる断崖絶壁まで自力で行こうとするかどうかが問題。他人の人生はよくわからないけど、ちょっとした楽しみに辿り着くにも相当キツイ想いをしないといけない場合ってあるじゃん。でも諦めさえしなければ、いつか辿り着いてるもんなの。人生キツけりゃキツイほど、小さいことに凄い喜び感じるのよ。「今日は漬物が上手に漬かったな」とかさ。「貧乏人の寂しさは味わい尽くしたから、そろそろ金持ちの寂しさを知りたい」ってよくギャグで言ってますけど、金持ちが常に楽しいのかって言えば、多分そうじゃない。それじゃ想像力がなさ過ぎるもの。

——ですから、さっきの息子さんへの小言にしても、単なる「親子の会話」じゃないんですよね。他愛ない一言に実は物凄いヒントが隠れていたりして。

友川:あんまり真に受けられても困るけどね。ただ、あの会話は本音ですよ。「あ、金賭けてないんだ、損しなくて良かったね」なんて、口が裂けても言えない。「金ないなら泥棒せぇ!」とも言えないけど、リスク背負わなきゃ。

——友川さんのひたすら「穴狙い」、ローリスク・ハイリターンの車券術の一端も競輪場での映像や周囲の証言から垣間見れます。

友川:「本命買いは死ぬ」という格言があるんですよ。競輪の場合は、1日レースを見ていても、本命筋で決まるのはほんの一部。だから私のような貧乏人にも一瞬ボワッと爆発するチャンスがいっぱいあるの。それも単なる当てずっぽうじゃなくて、大穴狙うにも根拠が必要なんだけど、穴っていうのは「日常をちょっとズラしたところ」にあるんです。

「目にモノ見せなきゃライブじゃない」

——あるいはその辺りの認識は表現活動にも通底するところなのでは?

友川:日常があるから、非日常があるわけですよね。八木重吉の言葉にこんなのがあって。草っ原に座りながら、「見えるものは他人のもの、見えないものこそが俺たちのものなんだよ」って子どもに語りかけるの。私の歌の歌詞にも、「見えるものからしか見えないものは語れない」(「エリセの目」)とか、「目をつむらないと見えないものがある」(「馬喰が来た朝」)っていうのがあるけど、自分の中にはそういう感覚がずっとある。

——友川さんの魅力の根っこには、生活者としての「俗」っぽさと、表現者としての「異形」感、それらの振れ幅のデカさがあると思うのですが。

友川:私は俗人そのもの。一人でメシ作ったり漬物を漬けたりするだけで楽しいんです。まぼろしの基盤は現実。虚構で強烈な突風を吹かせるには、強烈な現実が必要だったりするの。頭にくることが一個あるとステージがうまくいく、というのもそういうことで。だからと言って、別に歌のために競輪で負けたりはしませんけどね。テンションを作るには「怒り」が一番手っ取り早い。政治だって酷いわけじゃん、ずーっと。モリカケ疑惑しかり、閣僚のカネの問題しかり。桜を見る会のアレにしたって、噴飯の極みでしょう。どれもこれも、すぐさま政権が吹っ飛んでもおかしくない話ですよ。なのに支持率は大して落ちてない。一体何なの? 何でみんなもっと本気で怒らないの? 私には皆目わからない。

——そういう生々しい怒りが常にあるからこそ、熱量に満ちたパフォーマンスが可能なんでしょうね。古希を迎えた今も。

友川:だって、もうとっくに潰しは効かないんだし。年齢で括れるようなマトモな人生送ってないから。いろいろと病気したりもしたけど、幸い基礎体力だけはあるんですよ。そうそう、最近こんな歌詞の歌つくったの。「70歳がどうした!?」「出てこい! という会社もない」っていうね。タイトルはズバリ、「2019立川グランプリ」(笑)。

——創作意欲も衰え知らずで。

友川:今回の映画も何気に反響あるし、もうひとつふたつ、ふざけてみようかと思って。新曲つくると古い曲も生き返る感じがあるんですよ。新鮮な気持ちでまっすぐ唄えるようになるの。変にこねくり回さずに。歌謡曲の歌手とか、往年のヒット曲をやたら崩して唄ったりするじゃないですか。あれって歌に飽きてる証拠だから。私のような職業は、常に新しいこと考えてないとね。水も人間も、動いてないと淀むし濁るから。

——もうひとつの魅力の源泉である「声」も健在です。

友川:ヴィンセント・ムーンの映画(『花々の過失』)でも喋ってるけど、ずーっと唾を吐いてる感覚。今さらツルンとした歌を唄っても、お客さんも私もツマラナイでしょうし。人前で唄う以上、目にモノ見せないと。

——4月の大阪公演ではLoft PlusOne West初登場となりますが、意気込みは?

友川:ロフトは毎年年末に阿佐ヶ谷(LOFT A)に呼んでもらってまして。主催の大場亮さん(オルタナプロジェクト)が毎回満員にしてくれて。大阪もいっぱい入ってくれたら有難いですね。お客さんがいっぱい入ってくれると、唄うテンションが自然とできるんです。わざわざ無理して大酒呑んだり、頭にくることを想像しなくとも。他力本願かもしれないけど、場の空気感って、「多くの他者」が作るものなんですよ。

——以前は「関西はキライだ」とも仰ってましたが、最近はそうでもないようで。

友川:いや、今はむしろ好き。食い物が美味いから。何と言っても、かすうどんですね。あと、牛すじうどんとか。ダシがね、うまくて。あのスタンドで湯気が立ってる風景を見ただけでワクワクしちゃって。安いし。200円くらいで至福を味わえるんだから。「安くてうまい」ものこそ文化。関西はそういう食材がいっぱいあるでしょう? 今回は初めてのライブハウスだからまだわからないけど、周りに良い呑み屋や食い物屋があれば何より嬉しいですね。ライブをバチッと決めて、うどんもキチンといただいて。行く前より元気になって帰ってこようと思ってます。

——熱々のうどん食べて、「どこへ出しても恥かしくない」滾るパフォーマンスをぜひ。

友川:もちろん気合い入れてますよ。やりたい新曲も何曲かあるし、大阪には熱狂的なファンもいるしね。と言っても、3〜4人だけど(笑)。わざわざ東京まで定期的にライブを観に来てくれたりしてさ。そういう「動いてる人」のエネルギーって、こちらにとっては物凄いモチベーション源になるんですね。ちょっと下手なコトはできないぞ、っていう。だから、打ち上げで彼らと美味い酒を酌み交わせるようにね。思いっきり、やらせてもらいますよ。

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