御三家"武蔵"の社会は「大問1題」、私立中学が受験生に求めるもの

中学受験に関する数字を森上教育研究所の高橋真実さん(タカさん)と森上展安さん(モリさん)に解説いただく本連載。

2020年の中学入試も終了しました。受験者数の結果をみると、今年も受験生は厳しい戦いを強いられたことがうかがえます。

中学入試は、それぞれの私立中学が「どのようなことを学ぶ生徒に来て欲しいか」を試す最初の試験ともいえます。新6年生はこれからの1年間、どのような事に興味を持ち、試験に備えたらよいでしょうか。

今回の中学受験に関する数字…大問1題


入試は第一回の授業と言われる理由

<タカの目>(高橋真実)

1月10日、6,200人の志願者を集めた栄東中学を含む埼玉に始まった首都圏中学入試戦線は、2月初旬の東京・神奈川の中学入試をもって終了しました。

今年、首都圏の中学受験率は14.3%まで上昇しました。受験率のピークは2008年の14.8%。今年はこのリーマンショック前のレベルに迫る勢いとなりました。

学校の所在地別でみると、ほぼ横ばいとなった東京多摩地区を除いて、首都圏のすべての地域で受験者は上昇。特に、埼玉、千葉、東京23区北東部での増加が顕著でした。大学付属校人気は落ち着きましたが、半付属校(系列大学への進学率は70%未満)は前年比110.7%と今年もその人気は顕著でした。

昨年算数一科入試を始めて注目された巣鴨、世田谷学園ではさらに受験者が増えました。今年からスタートした田園調布学園の算数一科入試も一気に300人以上の受験生を集めました。早く決着させたい(=進路を決めたい)という受験生・保護者のニーズは変わらず、ここに午後の算数一科入試がうまくはまり、午後入試のパターンとして定着したと言えるかもしれません。

入試戦線が収束して間もなく、男子御三家のひとつ武蔵高等学校中学校で塾・出版社対象の入試説明・意見交換会が行われました。そこで参加者には2つの丸い磁石を糸でつなげたものが渡されました。

これは理科の“おみやげ問題”に使われた、先生方お手製のもの。武蔵では、例年理科で、何かしらの実物が渡され、これを観察・考察した結果を記述する問題が出題されます。渡されたものを持ち帰ることができるので通称「おみやげ問題」と呼ばれています。

社会は大問1題。今年は昨年日本各地に甚大な被害をもたらした台風に関連して、治水をテーマに歴史・地理・公民とあらゆる分野の切り口から問題が出されています。しかも、解答は字数制限なしの記述式。

「入試は第一回の授業」とも言われ、それぞれの学校で、小学校で学んできたことを問うと同時に、中学・高校でどのようなことを学び、考えてほしいかということがうかがえるのが私立中学の入試問題です。ここにも変化の波が押し寄せていると言われていますが、それはどのようなものなのでしょうか。

入試の「変化の波」にどう対処すべきか

<モリの目>(森上展安)

「大問一題」が今回のタカの目さんのテーマでこのタイプの入試を今後私立中学に押し寄せる「変化の波」と捉えるべきかという文脈です。

社会科の出題に詳しい早川明夫先生(文教大学)にうかがってみました。早川先生は文教大学に籍をおかれる一方、長く私立中学入試問題作成の現場におられたので適任者です。

早川先生によると、武蔵の社会の「大問一題」は少なくとも10年来の傾向だそうです。字数制限のない自由記述。ひいては『四谷大塚中学入試案内』の<入試平均点>のページをみると、昨年の社会の合格者平均と受験者平均の差は4.8点、一昨年は2.4点。

いずれも4科の中では最も差がない。理・社は60点満点なので、100点満点の算・国に比べれば小さくなりますが、それにしても合格者と不合格者に大きな差が出る問題とは言えないようです(今年の資料はまだ手元にはありません)。

ただ、そうはいっても地理、歴史、公民の様々な切り口をもった問題を作る、というのは早川先生曰く、「なかなか難しい」そうです。そこに練達の先生がおられないと各分野の問題を程よく散りばめることは難しく、高度な作問力と作問指導力が必要とのこと。その意味で武蔵以外でもなかなかお目にかからない問題だそうです。

ただ、こうした時事問題あるいは総合問題は社会科という社会そのものを対象とする教科にあってはふさわしい出題のあり方ですし、総合した記述式問題という出題形式は公立一貫校の適性検査と同じで手強そうです。

いわば本質的理解を求めている、という点でタカの目さんの言う「入試は第一回の授業」を地で行く武蔵らしい問題ですね。

その意味ではこれからこうした問題が増えていく可能性は本来なら高いと言いたいところです。ですが、残念ながら作問技術面のハードルが高い、という現実もあって、急速に拡大するとか、一般的になる、とかということは難しそうです。

それは武蔵の理科の「おみやげ問題」も同じで五感を働かせて答えさせる(手で操作して考えさせる)という、本質的理解を聞いているのです。この問題のネタを毎年実物で探してくることそれ自体が好きでなくてはやれないことです。逆にいえば教科が好きになれば自ずとそうした発想がわいてくるので、そのような問題を面白がって解くような学習法略がとれるとハードルが低くなります。

開成の野球部にみる「失敗しても気にしない」ことの大切さ

実はここに問題が潜んでいます。

よく部活に例えられますが、以前の運動部では(今もそうかもしれませんが)新入生は基本技術(球拾い)ばかりさせられてなかなか、あるいはバッターボックスに入らせてくれない、ゲームに出させてくれない、などというのはありましたね。

ところが確か開成でこんな話を聞いたことがあります。かなり前のことですが、東大野球日出身のOBの監督が就任して、初めからバンバン打たせてくれて、うまくバッティングすればいかによく飛ぶかを指導してくれるものですから、クラブ活動が面白くて堪らない。おかげでフェンスをこえて西日暮里の駅までよく球が飛び込んで困る、と駅から苦情がくるようになったという愉快な話。

10年ほど前に亡くなられた事務長さんからうかがいました(このあたりのことについては『弱くても勝てます』高橋秀実著 新潮社刊に詳しく書かれていると思います)。

何しろ抜群にお話の上手な名物事務長さんで、メモなどとっていませんから細部は不確かですが、やはりビギナーにはこれは面白そうだ、という感激が大切だと思うのです。

そのためにはちょとしたスキルを習得するととてもうまくいった、などという体験が何といっても効果的ですね。

それは活字だけではダメで身体をつかい、五感で感じとる必要があります。失敗をしても気にせず工夫して成功するの経験をもつことが次のステップに踏み出す気力を与えてくれます。

理科と社会は実際の体験と向き合う必要がある

そんなことは皆様もよく知るところですが、なぜか教科の勉強となると活字と向き合う受信ばかり(つまり球拾いばかり)でまだ経験が乏しい10代の子どもにとって頭に入りにくい。やはり球を拾うばかりでなく、打たせて発信して、右に飛んだり左に飛んだり、ゴロになったりしながらヒットの感覚を会得していくように、特に理科・社会は実際の現象と向き合う体験が欠かせません。

しかもこれからの10年で地球温暖化が取り返しがつかないところまで行くかもしれない、という警告が国連の機関で宣言されている時代です。まさに10代の子どもたちにとってきちんと考えてみるべき問題ですから今回の武蔵の取り上げた気候変動は適切な問題といえます。

このように議論を広げていくとをタカの目さんのいう「変化の波」を象徴する問題であり、「大問一題」形式に注目!といえると思います。もっともこれを武蔵などのように記述させる試験もあればプレゼンテーションをさせる宝仙理数インターのようなところがあってよいと思います。

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