「緊急事態宣言」

 火事や災害などの騒ぎに乗じて現場で盗みをはたらく不届きな行為を指す「火事場泥棒」という言葉がある。辞書には〈どさくさまぎれに不正な利益を占めるもの〉の語義も▲いくら何でも言い過ぎだろうか、と迷い迷い書くのだが、やっぱり構図がそっくりに思える。「見えない敵」への不安が募り、混乱が広がるさなか、首相の宣言ひとつで国民の私権を制限する権限を政府が手に入れた新型コロナウイルス特別措置法▲ひとたび「緊急事態宣言」が出れば、都道府県知事は外出の自粛や学校の休校、イベントの開催制限などを要請・指示できる。行動の自由も集会の自由も、憲法が保障する国民の大切な権利▲法律の規定は2013年に施行された新型インフルエンザ特措法のルールが流用されたにすぎない。「緊急事態」の判断が首相の胸ひとつにかかることに対する懸念は、いわば“周回遅れ”で「出し遅れの証文」なのだが、心配なものは心配だ▲「現時点では直ちに緊急事態宣言を出す状況にない」と12日の政府。抑制的な姿勢にはひとまず安堵(あんど)しつつも、では状況がどう進めば「緊急」なのかは、いよいよ分かりにくい▲権力の側が「緊急時」「非常時」を言い募り、権利の制約をためらわなくなる事態。その危険に対する警戒心は忘れずにいたい。(智)

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