新型コロナ対策、日韓の違いと共通するもの 為政者は政治的思惑を紛れ込ませてはいけない

2月26日、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、ソウル市内の市場で進められた防疫作業(共同)

 新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るっている。筆者が暮らす韓国も感染を食い止めることはできず、17日時点で感染者数は8300人を超え、死者も80人以上を数える(韓国中央防疫本部調べ)。依然として深刻な状況にある韓国の現状を伝えたい。(韓国在住ジャーナリスト 田中美蘭=共同通信特約)

  ▽突如、拡大

  韓国国内で初めて感染が確認されたのは1月20日だった。その後も感染者は報告されていたが、あくまでも「徐々に広がっている」という感じで危機感はなかった。2月18日にその状況が一変した。

 きっかけは、南東部の大邱(テグ)市で60代女性の感染が確認されたことだった。この女性の周辺で次々と感染者が現れたことで、31人だった感染者は翌19日には51人となった。政府が検査態勢を強化した結果、感染者が次々と判明。1週間後の26日に約20倍となる1261人となり、わずか2日後の28日には2337人と爆発的に増えた。

  感染拡大を招くことになった60代女性の行動も調べられた。すると、体調不良の状態でソウルを初めとする韓国各地を訪れていたことや、医師から新型コロナウイルスの検査を勧められながら2度も拒否していたことなどが明らかになった。

  当然のように女性は批判の的となった。

3月2日、韓国北部の京畿道加平郡の教団施設周辺で記者会見し、謝罪する新天地イエス教会のイ・マンヒ教主(聯合=共同)

  ▽「感染源」

  しかし、騒動はここで終わらなかった。

  この女性がキリスト教系の新興宗教団体「新天地イエス教会」の信者で、韓国各地を訪れたのは教会の集いや信者の結婚式などに参加していたことも分かったのだ。

  この教団は韓国内の伝統的キリスト教系教団からは「異端」として他の教会が以前から警戒する存在だった。信者が正体を隠して別の教会に潜入して信者の引き抜きや教会の乗っ取り工作を行ってきたためだ。

  集団感染判明後には、信者と目される人物が「指令通り近所の教会に行き(ウイルスを)広めようと思っている」とインターネットに書き込んでいたことが発覚した。教団側は否定したものの、激しい批判にさらされている。

  さらには、保健当局の自宅待機命令に従わず高速バスに乗ったり、信仰を隠して刑務所の看守の勤務を続けていたりした信者らが感染したことも判明。中国・武漢市に設けた教団の教会と韓国の間を信者たちがたびたび行き来していたことも感染拡大を招いたとして、国民の怒りを招いている。

  教団幹部らを殺人罪などで告発したソウル市の朴元淳市長は会見の場で言葉厳しく、次のように非難した。

  「彼らが積極的な措置を取っていれば、国民の死を防げた」

  批判に対し、教団は当初こそ「自分たちも新型コロナウイルスの被害者」と反発していた。しかし、検査を受けない信者に対する罰則の強化やソウル市長の告発などを受けて、態度を一転。それまで姿を見せなかった教祖のイ・マニ氏が急きょ謝罪会見を開き、新型コロナウイルス対策のために寄付金を送ることを表明した。送り先に指定された社会福祉共同募金会は拒否した。

2月25日、韓国・大邱で開かれた新型コロナウイルスの対策会議に出席する文在寅大統領(中央)(聯合=共同)

  ▽迅速に対応する文政権

  さて、感染が確認された人はどうなるのだろうか。病院に入るのは症状が重い人が中心。症状が軽い人は新設した「生活治療センター」が対応し、無症状の人は自宅などで待機してもらうことになる。

  当初は症状の軽重を問わず、感染者を入院させていた。しかし、感染拡大に伴い、治療ができる指定医療機関が満床になり、入院できない人も出てきた。ところが、自宅療養中の感染者が死亡したことで見直しされた。

  また、新型コロナウイルスに感染しているかどうかを調べるPCR検査は希望者全員が受けられている。

  韓国政府が迅速に動く背景には、5年前に流行した中東呼吸器症候群(MERS)の対応に失敗した反省がある。不手際続きで国民の混乱を招いた当時の朴槿恵政権は支持率を急激に落とし、求心力も失ってしまったのだ。

  これが感染拡大を食い止めることに大いに役立っている。一方で保健所を始めとする検査機関は重い負担を強いられており、職員の疲弊は放置できないレベルに達している。韓国国民からは「希望すれば検査を受けられる現在の態勢を考え直すべきでは」という声も上がっている。

  このことは、PCR検査が公的医療保険の適用対象となり、民間検査機関でも検査ができるようになった日本でも起こりうることだ。今から対策を取るべきだろう。

  ▽情報は徹底的に公開

  日本と大きく違うのは、感染が確認された全員に番号が振られることだ。そして、「動線」と呼ばれる数日間の行動記録が詳細に公開される。具体的に記すと、こうなる。「7××4番確定者 3月×日午後1時~同5時 市役所⇒地下鉄■■線利用後帰宅」という具合だ。行動記録は関係機関のサイトだけでなく、会員制交流サイト(SNS)や携帯メールを通じて発信される。

「動線」は、メールなどで自治体から送られてくる

  この時間帯に公開された場所にいて、発熱などの症状がある人は最寄りの保健所や指定医療機関へ連絡。必要に応じて検査を受けるという流れになる。

  「動線」は正確でなければならない。そのため、感染者の同意を得た上で行動を聞き取り、曖昧な部分についてはクレジットカードや交通カードなどの記録に照合して裏付けを取る。

  このように情報公開を徹底することで人々は安心することができる。同時に感染拡大防止への意識を高めることにも貢献している。

  もちろん、問題はある。感染者の中には「動線」が公開されたことで他人には知られたくない事実が明らかにされるほか、当局は発表しない感染者の名前などが特定されてしまう恐れがあるからだ。

  実際、不倫が発覚したことで苦しんでいる人もいるという。このように、情報公開は非常にデリケートで難しい問題をはらんでいる。

  ▽マスク購入は管理を強化

 トイレットペーパーや消毒液を始めとする生活用品や食糧品の品薄や買い占めといったことは起きていない。買い占めや売り惜しみに、2年以下の懲役または5千万ウォン(約450万円)の罰金を科す法律が、2月初めに施行されたためだ(4月30日までの期限付き)。

 それでも、マスクは慢性的に不足している。解決を目指して、3月9日より導入されたのが「マスク5部制」だ。「5部制」の「5」は月曜日から金曜日までの5日間を指しており、販売は原則この5日間に限定される。販売場所も郵便局と農協、指定の薬局のみで、1回の販売枚数も2枚に制限する。

 さらに、生まれ年の1の位の数字によって購入できる曜日を指定して、客が殺到するなどの混乱を防ぐようにしている。例えば、「1」と「6」は月曜日。「2」と「7」は「火曜日」…という具合だ。購入の際には住民登録証やパスポートを持参が必要。韓国在住の外国人も外国人登録証や健康保険証などの身分証明を提示することで購入できる。

 6日からは国内外への流出や転売防止を目的にマスクを宅配で送ることも禁止された。感染収束の見通しがまだ見えない中での「マスク5部制」が円滑に進むかは未知数であるものの、効果が期待されている。

新型コロナウイルス感染者の滞在履歴がある建物に接近していることを警告する、スマートフォンのアプリ画面=2月26日、ソウル市内(共同)

 ▽正解がないことの危うさ

 感染を防ぐために、自宅で過ごす時間が長くなった。結果、友人・知人たちとLINE(ライン)などでやりとりをする機会が多くなっている。日本の友人たちからは、感染者に関する情報公開が自治体によってまちまちなことや曖昧なことへの不満や新型コロナウイルスが疑われる症状があっても簡単には検査を受けられない現状への疑問が聞かれる。

 そんな中、安倍政権は新型インフルエンザ等対策特別措置法を改正。私権制限を伴う緊急事態宣言が可能となった。友人の言葉を踏まえると、最優先するべきは感染拡大防止への態勢整備だ。14日の会見で安倍晋三首相は否定したものの自民党の憲法改正案4項目では緊急事態条項を掲げている。この法律改正は本当に必要なのだろうか。

  対応の素早さが評価されている韓国の文在寅大統領も「決断の裏には政治的思惑があるのでは」と指摘されている。その思惑とは、4月に予定されている総選挙での勝利だ。

  新型コロナウイルスについては、まだまだ分からないことが多い。それだけに手探りで対応するしかない。正解はないのだ。しかし、それに乗じて権力者が自信の政治的思惑を紛れ込まそうとすることが許されるわけではない。

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