新型コロナショックで「リスクオフの円買い」概念崩壊か

2月20日に112円23銭を付けたドル円相場は、その後円高ドル安に転じ、3月9日には一時101円台まで急落しました。わずか20日弱で昨年1年間の値幅を超えたことになります。最近ではあまり経験のない激しい値動きに見舞われたことによって市場の流動性が失われ、以降も不安定な相場展開が続いています。短期的には引き続き荒い値動きを覚悟せざるをえないかもしれません。

ですが、こういう時こそ日々の動向に一喜一憂することなく、中期的なドル円相場の方向性を今一度冷静に検証してみることが重要ではないでしょうか。


米長期金利の急低下が円高ドル安を牽引か

当然ですが、最近の金融市場は新型コロナウイルスを抜きには語れません。当初は感染がアジア中心だったため、欧米の投資家にとってはどこか他人事という感覚があったのではないでしょうか。しかし、欧米での急ピッチな感染拡大によって彼らの恐怖心のステージが上がったと言えます。金融市場のパニックを沈めるため、3月3日には米連邦準備制度理事会(FRB)、11日にはイングランド銀行がそれぞれ0.50%の緊急利下げを決定しましたが、市場の動揺はなかなか収まっていません。

米国株式市場の暴落は一般のニュースでも取り上げられていますが、それ以上に衝撃だったのは米国債利回りの急激な低下です。10年国債利回りが一時およそ0.31%と目を疑うような水準まで買い進まれました。リーマンショックなど過去の危機と比べても市場のパニックぶりがうかがえます。

ドル円相場と日米金利差は常に相関が高いわけではありませんが、さすがに米長期金利が未曾有の水準まで低下すれば無視するわけにはいかないでしょう。1ドル=101円台まで円が買われた原動力は、米国債利回りの“異常”な低下だったという印象です(下図参照)。

なお、FRBは現地15日の夕刻、緊急の連邦公開市場委員会(FOMC)を開き、政策金利を1.0%引き下げてゼロ近辺にすることを決定。また、債券保有を少なくとも7,000億ドル増やす方針を表明しました。それでも前述の0.3%程度という10年国債利回りを正当化するのは難しいものがあります。つまり、この先10年間、米国においてゼロ金利政策が続くというシナリオはとても現実的とは思えません。

もちろん、相場は常に理性的に動くわけではなく、時にオーバーシュートがつきものです。現在は米国市場が比較的落ち着きを取り戻していますが、再度利回りの低下余地を探る動きが見られれば、円の高値を試す可能性も排除できません。

本当の危機では「リスクオフの円買い」は機能せず?

さて、その昔、「有事のドル買い」という言葉がありました。有事、すなわち戦争や紛争が起こった場合、ドルが買われやすいという経験則です。ドルは唯一の決済通貨であるため、何かあった場合にはドルを保有している、していないでは安心感が違います。たとえば、天然資源や穀物などの国際商品は基本的にドルがないと買えません。有事は、「リスクオフ」というフレーズに置き換えられるかもしれませんが、市場心理が悪化した場合、ドルが買われやすいという経験則は現在でも健在です。

一方、「リスクオフの円買い」という言葉も非常に一般的になっています。特に2008年のリーマンショック時に急激な円高を経験してから、市場は盲目的にリスクオフ時に円買いという反応を示してきました。

確かに、日本がデフレ基調だった頃はリスク回避目的で円を買うことは理にかなっていました。基本的にリスクオフ環境の中では資産を増やすことよりも減らさないことが優先されます。貨幣価値は物価上昇分だけ目減りしますが、デフレであれば貨幣価値が目減りしないばかりか増価します。その意味で円は上昇が期待できた通貨であり、リスク回避時にはうってつけの投資対象だったと言えそうです。

しかも、日本は長らく貿易黒字国だったことから、実需も円買い方向へ傾斜していました。そのため、ひとたび円高に勢いがつくとなかなか歯止めがかかりませんでした。結局、日本の通貨当局は最終的に円売り介入という手段に頼らざるを得なかったと言えます。

翻って、現状、日本はデフレを脱出しているほか、貿易赤字に転落しています。客観的に見て、円にかつての最強通貨だった輝きはもはやありません。正直、円が安全資産というのは神話に過ぎないと思われます。

足元、世界で起こっていることは本当の危機と言えるかもしれません。まさに有事と言っても過言ではないと思われます。こういった状況下では、条件反射的な「リスクオフの円買い」も無視できませんが、結局は「有事のドル買い」に軍配が上がりそうです。極度の先行き不透明感に際しては、偽りではなく本物の安心を求めるのが市場心理ではないでしょうか。

今回の新型コロナショックが「リスクオフの円買い」という概念を覆す大きな出来事になる可能性は否定できません。

<文:投資情報部 シニア為替ストラテジスト 石月幸雄>

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