【高校野球】いまだに根強い日本野球の「長時間練習」への信仰 12時間練習は本当に必要なのか?

日本野球の「練習時間の長さ」について考える

高校の強豪校は平日7時間、休日では12時間以上の練習も珍しくない

 NPB球団にやってきた外国人選手が戸惑うのは、春季キャンプの「練習時間の長さ」だ。MLBのキャンプでは全体練習は午前中で終わることが多い。しかしNPBでは午後3時ころまで練習が続く。それでも以前よりは短くなったが「練習時間の長さ」は日本野球の大きな特徴だといえよう。

 高校野球の強豪校の多くは、平日は放課後、休日はまる一日練習をする。夜間照明があるグラウンドを持っている学校では、日没後も練習をする。私学には寮を併設している学校も多い。そういう学校では、選手は朝、授業の前に朝練をし、放課後は夜10時ころまで練習をすることも多い。平日でも7時間以上、休日は12時間以上練習することも珍しくない。

 こうした練習は日本野球の伝統だと言える。

 野球がアメリカから伝来した明治期には、第一高等学校(今の東京大学)の投手が、夜、月明かりで一人投げ込みをしたことが美談として伝わっている。当時から選手は長時間練習するものだとされていた。武道では一つの技を身に着けるために、長時間の反復練習を行うことが多い。それによって技術とともに強い精神力が身につくとされる。当時の野球指導者の中は「日本野球は武道だ」という人もいた。野球の長時間練習は、武道の影響を強く受けていると考えられる。

 しかし近年、長時間練習は、いろいろな意味で問題があるとされるようになった。

 まず「効率」の問題。長時間練習は「時間がたっぷりある」ので、効率を考えずに行うことになりがちだ。サッカーの指導者の中には「野球の守備練習では、選手をずらっと並ばせて、指導者が一人一人にノックをしていく。選手はほとんど待っているだけだ。無駄が多すぎる」と指摘する人もいる。

 守備練習だけでなく、打撃練習でも順番待ちの時間が多い。この間、選手は緊張感を切らさないために、声を上げている。この声が終始響くので、ずっと練習をしているような印象があるが、実際に体を動かしている時間は決して長くはない。強豪校の場合、100人を超す選手が練習をすることもある。中には控え選手は長時間、声を出すだけと言う学校もある。1軍、2軍などに分けて練習をする学校もあるが、数十人もの選手が一度に練習をすれば、効率は悪くなる。

 第2に「怪我、故障のリスクが高まる」こと。長時間練習をすると疲労が蓄積し、集中力もなくなっていく。そのために、怪我や故障をすることが多くなる。高校の中には昼食をはさんで朝から晩まで練習をすることも多い。休憩は少ない。このために痛めている部位を悪化させることもある。

 長時間練習で怪我のアクシデントが起こるのは、夕方が多いとされる。長時間の練習で疲労がたまり、集中力がなくなって怪我をするのだ。投手の長時間の投げ込みが、肩肘に深刻な影響を与えるのは言うまでもないことだ。

より合理的で中身の濃い練習が必要な時代へ

 第3に「技術が低下する可能性がある」こと。少数の野手が長時間ノックを受ける「特守」では、野手は疲労がたまると楽な姿勢で打球を受けたり、ノッカーの動きを読んでボールの飛ぶ位置に先に移動しようとしたりする。正しい守備の姿勢をとることができなくなる。

 また打撃練習でも、素振りを長時間するうちに、打撃フォームを崩してしまうこともある。人間は、同じ体の動きを長時間連続で続けることはできない。適度なインターバルを取って練習しないと、技術は逆に低下してしまう可能性がある。

 第4に「その他の時間を奪ってしまう」こと。東海大仰星高校のラグビー部を3度の全国大会優勝に導いた湯浅大智監督は「ラグビー選手はどんなに勝っても、野球選手のようにそれだけで飯を食うことはできない。だからラグビーの練習だけでなく、勉強も、読書も、映画を見たり音楽を聴いたりする時間も大事だ」と言った。

 野球の長時間練習は、選手を野球漬けにする。勉強や趣味やプライベートの時間は、ほとんどなくなってしまう。野球選手もいつかは社会人になるが、そのときの準備が全くできなくなるのだ。また、練習を長時間強制することは、選手が独自のテーマをもって自主的に練習する時間を奪う可能性もある。

 長時間練習をする指導者は「肉体の限界まで追い込むような苦しい経験をすることで、精神力を鍛える」と言う。確かに満足感、達成感はあるが、具体的な成果、収穫はそれほど多くない。U-12侍ジャパンの仁志敏久監督は、2016年、アリゾナ・ダイヤモンドバックスのマイナーチームの練習に参加した。

 練習スケジュールは起床、朝食からアップ、ミーティングからポジション別の個別メニューまで細かく決められていたが、選手は9時半ころに練習を始め、11時45分には練習を終えてランチになっていた。仁志氏はメニューを見て大した練習ではないと思ったが、実際にこの練習をしてみると、短時間に次々と練習をこなしていくので、運動量も多く、大変ハードだったと感想を述べている。

「長時間練習」の否定は、ハードな練習の否定ではない。練習メニューを見直して、より合理的で中身の濃い練習に変えていくということなのだ。「長時間練習」への信仰は、そろそろ見直す時期に来ているといえよう。(広尾晃 / Koh Hiroo)

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