気候世代(コメンタリー)

3月15日金曜日 —イデスの日(※ローマ皇帝ユリウス・カエサルが暗殺された日)— に、世界中の何万もの学生が、学校を休んでストライキを行う予定で、これまでで最大の規模になる予定だ(※当翻訳記事は後日掲載されています)。この活動は、スウェーデンのストックホルムに住むグレタ・トゥーンベリさんが昨年から始めたもので、世界中の大人たち—私たち—に対して、日に日に悪化する気候危機(これは私たちが彼らへ残す遺産になるだろう)に対し、何かしらの行動を起こすよう求めるものだ。彼らは、現在成人年齢にある、「気候世代」だ。

この20年程のうちに生まれ、今日、成長過程にある若者たちの世代には、まだ名前がつけられていない。彼らには、Z世代(ジェネレーションZ)またはiGenと称されている(おそらく、私たちは生産年齢より後に生まれた全ての年齢層を総称しようとしている)が、彼らは私たちに、「気候世代」というより適切な名称を教えてくれている。

意外にも、世代を構成する年齢がどこからどこまでを指すかについて、厳密に決められたルールはないが、一般的に、ポストミレニアル世代の始まりは、およそ1995年〜2000年生まれの人のことを言う。また、この世代がどこまでを指すかについては議論の余地があるが、おそらく2010年頃か、あるいは、まだこの世代は終わりを迎えていない可能性もある。しかし、最終的に歴史家がこの世代の終わりをどの年代に設定しようとも、ポストミレニアル世代は、気候変動による破滅的な状況が、すでに揺るぎない事実となった世界で全生涯を過ごす、最初の世代となることは間違いない。

「私たちの未来のための金曜日」の名称で知られる、気候変動対策を訴える学校ストライキ。1月、ヘルシンキ議会庁舎前で。写真:Kaihsu Tai.

気候世代の最初の年齢層が生まれる頃までに、旧聞の、Hansen氏の(上院で行った気候変動についての)議会証言だけでなく、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)も既に2本のレポートを公表している。1つは1990年、2つ目は1995年に発表されたものである。2つ目のレポートでは、気候科学の基礎について詳述し、「人間の活動が地球の気候を変化させてしまう滞在性の大きさは、人類の歴史において前例がない」と概要を述べている。

気候世代は、成人後の生涯を、本来あるべき気温から既に摂氏1度(カ氏1.8度)上昇した世界で過ごすことになる。また、これは、過去のどの世代が経験したよりも二酸化炭素濃度が高い世界でもある。気候世代が幼児から18歳までの年齢にある2013年には、人類が地球を歩いてから初めて、二酸化炭素濃度が400ppmを記録した。アダムとイブも、このような気候は見たことがない。

気候世代は、私たちが何も対策をしてこなかったことによる影響を受ける最初の世代となる。これはかつて誰も経験したことがない。彼らが2100年まで生きてその世界を見たと仮定すると、彼らは地球上からサンゴ礁が消滅し、北極には氷が存在せず、海面が島々や世界の沿岸地域を飲み込んだ世界を目にするだろう。また、彼らは、農業の営みの失敗や砂漠化による世界的な飢餓を目にするかもしれないし、不安定な気候のために生じた大量の移民や紛争、社会的崩壊などの、社会的・政治的な大変動を目にするかもしれない。

これらは、全くもって気候世代が犯した失敗ではない。彼らは、私たちが意図的に作り上げた世界を継承するのだ。

今私たちは、気候危機に立ち向かう30年以上の時間と、3世代(沈黙の世代、ベビーブーム世代、この中で最も新しい世代であるX世代)に渡るリーダーたちという贈り物を手にしている。もし、最終的な目標が、全球的な炭素排出量の減少である場合、私たちはこれまでにほとんど何も成し遂げていないと言うことができる。私たちはここ数年間、何とか全球的な炭素排出量を抑えようとしたが、昨年、炭素排出量は過去最高を記録した。

事実、この3世代のリーダーたちは、繰り返し気候に関する懸念を耳にしながら、彼らが取るべき行動と真逆のことをしてきた、と言うことができる。例えば、原油掘削のための土地を拡大し、石炭を使用する工場をさらに多く建設し、化石燃料のための補助金により多くの税金を投入してきた。リーダーたちは、更なる管理が必要とされるときに、繰り返し規制を緩和する道を選び、また、最も資本主義システムに対して、手綱を引く必要があるときに、自由放任の資本主義を採用してきた。(必要だったのは手綱ではなく)口輪だったかもしれない。

おそらく、気候変動に対して私たちがとった最も重要な対策は、パリ合意だった。しかし、この合意は決してそれ自体が目的となるものではなく、始まり —全体の中でも簡単な部分— にすぎない。困難な部分 —国ごとに、大きな変革を起こす— は、今後行われる必要がある。しかし、この重労働に対して真剣に取り組もうとする国はまだほとんどない。

今後何十年の時間的猶予があろうとも —私たちが最終的に気候変動の解決に真剣に取り組もうが、私たちの責務を無視続けようが —気候世代は、30年間にわたる私たちの責務放棄の結果に直面する。そして、彼らのリーダーは、もはや問題から目を背ける余裕はない。

学生たちがプラカードを手にし、バックパックを背負って家を出るとき、また、彼らが路上に集まり勇気のために唱えるとき、彼らは、彼らの世代や彼らの未来のために立ち上がっていることを思い出してほしい。彼らは、私たちに問題から目を背けることを辞めるよう告げている。彼らは「気候世代」であり、彼らの話を聞くのが賢明だ。

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