コロナショック下でも上場企業の「株式売り出し」が減らない事情

新型コロナウイルスの影響で、株式市場は大変なことになっています。2月4週目の中頃から3月1週目辺りまで日経平均株価はまだ何とか2万円台を維持していましたが、2週目に入ると急降下を始めました。

これを受けて、3月中に新規上場を予定していた28社のうち、26日上場予定だったウイングアーク1st、24日上場予定だったペルセウスプロテオミクス、18日上場予定だったFast Fitness Japanの3社が、3月2週目に相次いで上場辞退を申し出ています。


上場辞退3社が抱える事情

ウイングアーク1stは、以前東証2部に上場していた1stホールディングスの再上場です。

米カーライル・グループ傘下のファンドが発行済み株式総数の47%を保有しており、もともと上場時はこのファンドが持つ株式の売り出しのみ。新株を発行する予定はありませんでしたので、このファンドが足元の相場急落を理由にイヤだといえばそれまでです。上場承認を取っていながら相場の急落を理由に上場を辞退するのは、昨年3月に続いて2度目です。

これに対し、富士フイルムが株式の44%を保有している創薬ベンチャーのペルセウスプロテオミクスは公募増資で約32億円、「エニタイムフィットネス」運営のFast Fitness Japanも約33億円の調達を計画していました。

目論見どおりに成長資金を市場から調達できなくなったわけですから、成長シナリオにも影響を与えるはずです。

株安でも「売る」という不可思議

すでに上場している会社や、その株主への影響はどうでしょうか。下表は、3月中の公募増資、自己株処分、売り出し、立会外分売の実施予定をまとめたものです。公募増資と自己株処分は会社がニューマネーを取り込めますが、売り出しや立会外分売は株主の懐が潤うだけで、会社は関係ありません。

このうち、キャンディルは売り出しを中止しました。筆頭株主の新生クレアシオンパートナーズ2号投資事業有限責任組合による売り出しですので、同社が今の市況に見合う価格では売りたくないと判断したのでしょう。

しかし今のところ、中止したのはこの1社だけです。会社と株主、どちらにとっても市況が悪い時は1株当たりの価格が押さえ込まれてしまいますから、基本的に「売る」アクションは市況回復を待ったほうが良いことになります。にもかかわらず、これだけ実施予定があるわけです。

しかも、ちゃんと応募してもらえるよう、ディスカウント率を設定し、基準となる日の市場価格よりも安い価格で実施価格を決めています。なぜそこまでするのか。その理由は、目的をつぶさに見ていくとわかります。

単価の安さに目をつぶる理由

目立つのは、東証1部昇格を目的にしているケースです。東証1部昇格を目的とする会社は全部で8社。このうち、カワニシホールディングスとハイパーは最近まで東証2部、ヤマエ久野は福岡、それ以外の5社はマザーズ上場でした。

シノプス以外の7社はすでに東証1部に昇格済み。シノプスも近日中に東証1部昇格が認められるはずですが、いずれにしても昇格基準をクリアするには流通株数を増やしておく必要があります。

現在東証は「1部」「2部」「ジャスダック」「マザーズ」の4市場に分かれています。これが、2022年4月から「プライム」「スタンダード」「グロース」の3市場に再編されます。

東証1部への昇格基準は、現在はジャスダックからだと時価総額は250億円以上ですが、2部やマザーズからは40億円以上です。これは、東証と大証が新規上場会社の獲得競争でデッドヒートを繰り広げていた頃の名残です。東証と大証が合併してしまった今となっては、非合理的でしかありません。当然、この歪みは市場再編までに是正されます。

一連の市場再編の議論では、東証1部企業の数が多すぎるから、時価総額で足切りをし、半分以上を強制降格させるという話が独り歩きをしました。しかし実際には、2022年4月1日時点で1部市場に上場している会社には、新たな1部上場基準に満たない場合でも残留を認めることになっています。このため、少々単価が安くても、基準が緩い今のうちに1部に昇格しておこうというインセンティブが働くのです。

この先も、1部昇格狙いで売り出しや立会外分売を実施する上場会社は出てくるでしょう。市況が悪化していく中で「買う」には勇気が要りますが、安く買えるチャンスであるとも言えるでしょう。

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