新型コロナウイルスが突きつけるMSF医療援助活動の課題

新型コロナウイルスの感染拡大は、世界各地で活動する国境なき医師団(MSF)のスタッフの移動にも大きな影響を与えている。MSF日本事務局の広報部長を務める名取薫も影響を受けた一人だ。出張先のリベリアに到着直後、日本から来たという理由で14日間の予防的経過観察措置が課せられた。想定外の検疫生活の中で、ある出会いがあったと語る——。 

MSF名取とリオ・ノニさん。リベリアの国旗を持って  ⓒ Toru Hanai/MSF

MSF名取とリオ・ノニさん。リベリアの国旗を持って  ⓒ Toru Hanai/MSF

厳しい措置の背景には

「内戦時の飢餓で両親を、エボラで姉を亡くしました」……目の前の青年はそう語った。洗いざらしの白いシャツに黒の蝶ネクタイをしたリオは、シエラレオネ出身。ホテルマンを目指して専門学校を卒業し、インターン中だった。

リオに話を聞いたのは西アフリカのリベリア。首都モンロビアにある改築中のホテルで、ここはリベリア政府が新型コロナウイルスの流行国からの渡航者に対して、入国直後から経過観察の隔離措置を実施するために借り上げた施設だ。かくいう私も症状は全く無かったが、同国で14日間の検疫下に置かれていた。MSFに入団してから初めてとなるフィールド出張。MSFの小児病院での取材目的から一転して、自分の身の上にふりかかった不運を受けとめ始めていた。

リベリア政府が過剰とも言える措置に踏み切ったのには理由がある。2014年から2016年にかけて大流行したエボラ出血熱だ。リベリア国民の1万人以上が感染し、隣国のシエラリオネとギニアと合わせると医療関係者を含めて1万1千人以上が犠牲になった。感染症の脅威を知るだけに、同じ轍を踏みたくないとの思いから水際対策に万全を期したわけだ。 

施設の2階から臨む表通りの様子。この日はパレードが行われていた ⓒ MSF

施設の2階から臨む表通りの様子。この日はパレードが行われていた ⓒ MSF

姉の死 残された子どもたち

2014年、リオのお姉さんはパーム油の輸出業でシエラレオネとギニアとの間を往復している中で政府の検疫対象となり、そのままエボラセンターで亡くなったという。「シングルマザーだった姉の死後は、残された4人の甥と姪を4年間にわたって世話しました。今は仕送りで彼らの進学を支えています」と、物静かに語るリオは今年8月に30歳を迎える。

20歳で内陸の村からシエラレオネの首都フリータウンに出稼ぎに出たリオ。直後に市場で出会った同郷のレストラン経営者に見込まれ、その期待に応えるべく毎朝6時から夜10時半までがむしゃらに働いたと語った。この間、独学で英語を身に着け、ぎりぎりの生活から月謝を捻出して週末毎にパソコンやソフトウエアの使い方を知り合いから教わったという。「教育は成功への鍵」と語るリオのこれまでの苦労を思うと、検疫下の収容施設で頻発していた停電や断水、飛び交う蠅や蚊、熱帯性気候特有の蒸し暑さは取るに足らないことはもちろん、日本と勝手が違う環境に不満を感じている自分が恥ずかしくなった。 

陽気な施設のスタッフたち  ⓒ MSF

陽気な施設のスタッフたち  ⓒ MSF

医療援助に影響が

 過去30年間で2回の内戦を経験し、推定50万人が犠牲となったリベリア。MSFはエボラで疲弊した同国の保健医療体制を補完するために2015年3月に小児病院を開設し、乳児から15歳までの子どもを年間5千人以上診ている。主な症状は栄養失調やマラリア、肺炎などで、2018年1月からは複雑な外科手術も施すようになった。また、同病院は医師、看護師、助産師、麻酔科医をめざすリベリアの若者たちの研修の場にもなっている。

リベリアのように社会インフラも医療体制も脆弱な国で新型コロナウイルスが感染拡大したらどうなるだろう。額に大粒の汗をかき、ホテル業界への就職を熱く語るリオの言葉に耳を傾けながら思った。

エボラ出血熱が大流行した時、MSFは感染抑止と治療のために日本からの海外派遣者を含めてスタッフを感染地に送り込んだ。シリアやイエメン、ナイジェリアや中南米の国々など、MSFは今現在も世界の至るところで活動を展開しているが、刻一刻と世界規模で感染が拡大する新型コロナウイルスがこうした活動地で流行した場合、おそらく大きな影響を受け、他の活動プロジェクトとの間で難しい選択を迫られるだろう。

なぜなら、各国が特定の国や地域からの渡航者に対して入国制限措置と入国後の行動制限措置を実施しているからだ。また、各地で経済活動が規模の縮小や休止を余儀なくされる中、医療物資の不足も心配される。紛争地や保健医療体制が脆弱な国で新型コロナウイルスが蔓延した場合、人命の犠牲ははかりしれない。

検疫生活14日目に手交されたリベリア保健省発行の終了証明書  ⓒ MSF

検疫生活14日目に手交されたリベリア保健省発行の終了証明書  ⓒ MSF

収容中、リオをはじめとするホテルのスタッフや、保健省から派遣され、朝・昼・夜と検温のために私の部屋を訪れた看護師たちにはいつも笑顔で接してもらい、自由を奪われた日々が少し癒された気がした。

思いがけない検疫生活から見えてきたものは、感染症の脅威と、日常的にその脅威にさらされているMSF援助国における実情、そして、新型コロナウイルスがMSFの活動に投げかける課題だった。リオには夢を実現してもらいたい——帰国した今、感染が急速に拡大した国々で未知の感染症から人びとの命を守るために活動を始めたMSFの医療援助を固唾をのんで見守っている。

参考記事
新型コロナウイルス感染症へのMSFの対応(2020年03月18日) 

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