「したたかで美しい」知床が教えてくれたこと

迷い抱え移住、ガイドも経験したイラストレーター

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知床の世界自然遺産登録10周年記念のイラストを手に持つ後藤真希子さん=19年9月、東京都千代田区

 雄大な森や海、躍動するヒグマやクジラ―。イラストレーターの後藤真希子さん(35)は、一時期ガイドの仕事をしていた世界自然遺産・知床の自然や生き物の作品を数多く描く。大学卒業後に映像製作の世界に飛び込んだけれど、忙しい日々の中で進路を見失ってしまう。迷いながらも移住した知床の大自然に抱かれるなかで、描くことの意味を再発見していった。「厳しい自然に暮らす彼らは、単なる絵の対象ではなく同じ世界に暮らす仲間。ありのままの姿を描きたい」。愛きょうがあるのに何かを語りかけるような作品は、見る者を引きつけてやまない。(共同通信=高口朝子)

 ▽曲折で知床に

 クマとキツネが仲良く空を見上げ、ウサギとタヌキが昼寝する―。後藤さんの絵には、必ず自然や動物が描かれる。アニメのようにかわいらしくデフォルメされているが、大きなキツネにおびえるネズミや、必死で川をさかのぼるサケなど、自然本来の厳しさも写し取る。

 小さな頃からアニメが好きで、教科書はパラパラ漫画だらけ。自分の描いた絵が動くのが面白くてたまらなかった。

 進路で悩んでいた時、チェコのアニメに出会い衝撃を受けた。切り紙を使ったイラストは、絵本のページが動いたよう。色も白黒が多い。「子ども向けではない、こんな表現がしたい」。美大に進みアニメやグラフィックデザインを学んだ。

 卒業後は映像制作会社に入り、コンピューターグラフィック(CG)を担当した。CGなんてと思ったが、学ぶと面白かった。「自分が使いこなせる筆が一本増えると思えばいい、と考えました」

 質の良いものを作りたいというプロ意識が高い同僚も多く、刺激を受けた。だが、終電まで働く日々が続き体を壊した。CG技術の進化も早く、疲弊した。

 そんな時、北海道羅臼町に移住し自然ガイド事業を立ち上げた姉から、参加しないかと誘われた。接客業は未経験、しかも好きなイラストから離れるなんてと悩んだが「あなたが描きたいような素材はそろっている。何よりここには人とのつながりがあるよ」と言われ、2014年に移り住んだ。

 ▽衝撃と再起

 だが、行ったとたんに絵が描けなくなった。海と山に囲まれた羅臼は、自然災害や動物による被害など危険が身近に迫る。今までかわいい存在と見ていた動物の弱肉強食の実態を目の当たりにし、衝撃を受けた。

 「ここにはすでに完成した世界がある。いまさら、私が描く必要なんかない」。自信を失い、姉を手伝いガイドの仕事に没頭した。

北海道・知床半島の河口で遡上するカラフトマスを捕らえ、辺りを警戒するヒグマの親子=14年9月

 そんな中、知床が世界自然遺産登録10周年を迎えるにあたり、姉から「知床の素晴らしさを伝えるイラストを描き、地元の観光協会に提案しよう」と持ち掛けられた。知床の特徴は、海から陸へと続く世界的にも特殊な生態系や、自然と人が共生していること。その素晴らしさを広めたいと奮闘する姉の思いも感じ、悩んだ末、山や海、そこで生きる動物たちすべてを1枚の絵に盛り込むことにした。

 「空から降った雨が山から川、海へと流れていく。川に上ってきたサケをクマが食べて山に帰る。あらゆるものはつながり、彼らのすみかにおじゃましている私たちも恩恵を受けている」

 クリアファイルなどのグッズになったイラストは評判を呼ぶ。欲しいと隣町から訪ねてきた人もいた。徐々に、地元の土産品用の包装企画といった仕事も舞い込むように。「自分の絵で喜ぶ人の顔を直接見て、やりとりができる」。これが仕事の面白さと味わった。

後藤真希子さんが描いた知床の世界自然遺産登録10周年記念のイラスト(「知床らうすリンクル」提供)

 羅臼の自然や動物の環の中で人間も生きている。同じ世界に暮らす仲間として描きたい、もっと知床を知ってほしいとの思いが募り、16年に東京に戻ってフリーのイラストレーターとして活動を始めた。

 ▽畏怖や尊敬込めて

 使う道具はアクリル絵の具やオイルパステルが多い。立体的な表現ができる切り絵もよく使う。絵の具で塗った色紙を作り、動物などの下絵をかぶせてカッターで切り抜き、紙に貼り付けて仕上げる。

 描く前には、題材について綿密に取材する。サケなら自らさばいて体の構造を確認し、漁師に漁の手法の違いを細かく聞く。羅臼の地形も詳しくノートに書き留める。「羅臼の人は厳しくて、すぐに『シャチはこんな形じゃない』と叱られるのです」と笑う。

切り絵を作るため、ホシガラスの下絵をカッターで切り取る

 描くときは情報量を減らし、シンプルな絵に落とし込む。わかりやすく伝えるためだ。

 羅臼時代にはシカ猟も体験した。「動物たちが自分の血や肉となる。命をいただいている」と痛感。その土地で生活することで五感が研ぎ澄まされ、自然や動物が畏怖や尊敬の対象になった。

 「格好良く、美しく、荘厳で、したたかで、淡々と生きている。心して向き合おうと思いました。羅臼に行かなかったら、独立してイラストレーターになろうとは思わなかったかも」と話す。

 東京に戻った後、羅臼を走る移動図書館バスの車体に絵を描く仕事を手掛けた。シカやアザラシなど、あえておなじみの動物たちを描いた。羅臼は好きじゃないと子どもたちが言っているのを聞き、地元の魅力を再認識してほしいと願ったからだ。

切り絵やオイルパステルを使い、自宅でイラストを制作中の後藤真希子さん

 「バスを見た子どもたちが自分も絵を描きたい、自然を守る仕事をしたいと言っていたのを聞き、とてもうれしかった」

 他の地域や動物以外を描くことにも挑戦しながら、知床で感じた思いをイラストで伝えたい、と決めている。

 ※後藤真希子さんのホームページ(http://www.makikogoto.com/