不起訴後も新証拠あれば捜査 森友公文書改ざん、大阪地検「再起」せよ

By 竹田昌弘

 検察官には、容疑者を不起訴処分とした後、新たな証拠を発見するなどした場合、再び捜査に着手する「再起」という手続きがある。あるいは、新たな証拠に基づく内容の異なる告発があれば、捜査しないわけにはいかない。森友学園への国有地売却を巡る公文書改ざんでは、財務省の佐川宣寿元理財局長らが不起訴処分となっているが、改ざんに加担させられ、自ら命を絶った財務省近畿財務局上席国有財産管理官の赤木俊夫さん(当時54歳)が書き残した手記の内容が公表された。大阪地検特捜部は手記や赤木さんの遺品、遺族の供述などを手掛かりにして、文字通りの再起を期してほしい。(共同通信編集委員=竹田昌弘) 

自ら命を絶った赤木俊夫さん(遺族提供)

■8億円値引き「関与あれば辞任」と首相 

 一連の経緯をおさらいすると、近畿財務局は2016年6月、大阪空港への飛行ルートに当たり、国土交通省大阪航空局が騒音対策のため保有していた大阪府豊中市の国有地を森友学園に売却したが、豊中市の木村真市議からの情報公開請求に対し、売却価格などを開示しなかったことが問題発覚のきっかけ。森友学園は経営する幼稚園で、戦前の「教育勅語」を園児に暗唱させるなどの教育で知られ、国有地には、安倍晋三首相の昭恵夫人が名誉校長を務める小学校の新設が計画されていた。 

国有地売却額などの開示を求めて提訴後、記者会見する大阪府豊中市の木村真市議(左)=2017年2月8日、大阪市

 木村市議は17年2月8日、売却価格などの開示を求めて提訴。それが報道されると、財務省は国会に対し、不動産鑑定士による更地の評価額は9億5600万円だったが、地中からごみが見つかり、その撤去費用などとして8億2200万円を差し引いた1億3400万円で売却したことを公表した。 

 安倍首相は同17日の衆院予算委員会で、森友学園への国有地売却に関し「私や妻、事務所が関わっていれば、首相も国会議員も辞める」と答弁し、同24日には、昭恵夫人が名誉校長を辞任したことや森友学園が「安倍晋三記念小学校」の名称で寄付金を募っていたことに抗議したことを同委で明らかにした。 

衆院予算委で挙手する安倍首相。この日「関与あれば辞任」の答弁が飛び出した=2017年2月17日

 国有財産を担当する財務省理財局長だった佐川氏は国会で「(森友学園側と交渉した際の応接録は)財務省の行政文書管理規則で保存期間1年未満とされ、廃棄時期は事案終了という取り扱いをしているので、残っていない」「政治家からの不当な働き掛けはなかった」「適正な価格で売った」「(地中のごみは)相手方で適切に撤去したと聞いているが、売却後なので、具体的な撤去状況は把握していない」などの答弁を繰り返した。 

衆院財務金融委で答弁する財務省の佐川宣寿理財局長=2017年2月24日

■改ざんの目的は「昭恵夫人隠し」では

  18年3月2日、朝日新聞の報道で国有地売却を巡る公文書の改ざんが発覚。国税庁長官に昇進していた佐川氏は同9日、引責辞任した。財務省は同12日に改ざんを認め、約3カ月後には「森友学園案件に係る決裁文書の改ざん等に関する調査報告書」を公表した。それによると、安倍首相の「関与あれば辞任」答弁があった17年2月17日以降、理財局の中村稔総務課長(当時)は同局の田村嘉啓国有財産審理室長(同)らに昭恵夫人の名前が入った書類の存否を確認し、田村氏に政治家関係者からの照会状況に絞り込んだリストの作成を指示した。 

 中村氏がそのリストについて報告した際、佐川氏は応接録について、行政文書管理規則に従って取り扱われるものだとの考えだったことから、中村氏は政治家関係者との応接録を廃棄するよう指示されたと受け止めた。その旨は田村氏や理財局の中尾睦次長(同)、冨安泰一郎国有財産企画課長(同)と共有され、近畿財務局にも伝えられた。応接録の廃棄が進められたが、残されたものもあった。 

書き換え前(左)と書き換え後の公文書。下線部が消えている=2018年3月12日

 一部政党の国会議員団が同21日に森友学園に売却された国有地を現地視察することが決まると、理財局の職員は森友学園の顧問弁護士に対し、議員団から尋ねられたときは「撤去費用は相当かかった気がする。トラック何千台も走った気がする」と回答するよう提案した。顧問弁護士は議員団の視察には同席しなかった

 近畿財務局職員とともに議員団と面会した田村氏は、政治家関係者の関与の有無などについて厳しい質問を受けた。このため、国有地売却の経緯が詳細に記述され、政治家関係者からの照会状況なども記載されている近畿財務局作成、決裁済みの「文書4(特例申請)」と、それに平仄(ひょうそく)を合わせた理財局作成、決裁済みの「文書5(特例承認)」がいずれ問題になり得ると認識した。問題提起を受けた中村氏と田村氏が佐川氏に報告したところ、佐川氏はそうした記載のある文書を外に出すべきではなく、最低限の記載にすべきだと反応した。 

森友学園が大阪府豊中市の国有地で計画していた小学校の校舎=2019年8月9日

 田村氏と部下は日曜日の同26日、文書5から政治家関係者の照会状況などが記載された部分を削除するなどした。理財局は同日、文書4について、近畿財務局の職員に出勤して文書5と同様の書き換えを行うよう具体的に指示し、近畿財務局は指示通りの作業を行った。 

 その後、佐川氏は別の文書についても、このままでは外に出せないと反応した上、中村氏や冨安氏に対し、担当者に任せるのではなく、しっかりと見るようにと指示した。理財局は翌3月6~8日、近畿財務局作成、決裁済みの文書一式を同財務局から取り寄せ、中尾氏らも加わって検討。佐川氏は自らの国会答弁を踏まえた内容にするよう念を押し、結局、理財局と近畿財務局が改ざんした決裁済みの公文書は14件に上った。 

 公文書改ざんに先立ち、理財局と国交省航空局は2月22日、菅義偉官房長官に対し、森友学園への国有地売却の経緯を説明し、取引価格の算定は適性に行われていることや、昭恵夫人付職員と政治家関係者からの照会に回答したことはあるものの、特段問題になるものではないことなどを報告していた。 

森友学園を巡る公文書改ざんの調査報告書発表に関しての記者会見に臨む麻生財務相=2018年6月4日、財務省

 財務省の調査報告書では、安倍首相の「関与あれば辞任」答弁を応接録廃棄と公文書改ざんの起点と位置付けつつ、応接録廃棄と公文書改ざんの主たる目的は「国会審議において森友学園案件が大きく取り上げられる中で、さらなる質問につながり得る材料を極力少なくすること」と認定した。 

 しかし、改ざんの目的はそのレベルにとどまるのだろうか。昭恵夫人に関し、公文書には「夫人からは『いい土地ですから、前に進めてください』とのお言葉をいただいた」と森友学園側から説明を受けたことや、森友学園の教育方針に感涙したというインターネットの記事が掲載されたこと、森友学園を視察したことなど計5カ所の記述があった。それが「関与あれば辞任」の答弁後、全て削除されたことを見れば、改ざんには首相答弁を受けた「昭恵夫人隠し」という大きな目的があったのではないか。なお調査報告書には、近畿財務局の職員が改ざんに抵抗したことが何度も書かれていた。 

■「佐川氏、学園厚遇と取られる箇所すべて修正指示」

 一方、抵抗した近畿財務局職員の一人だった赤木さんはパソコンに残した手記で、公文書改ざんは「すべて、佐川理財局長の指示です。局長の指示の内容は、野党に資料を示した際、学園に厚遇したと取られる疑いの箇所はすべて修正するよう指示があったと聞きました」と書いている。応接録廃棄も「細かい内容が記されていますので、財務省が学園に特別の厚遇を図ったと思われる、あるいはそのように誤解を与えることを避けるために、当時の佐川局長が判断したものと思われます」という見方をしている。

 また手記には、17年2月26日の日曜日、上司が理財局から指示された作業が多いので、手伝ってほしいとして、役所に出勤するよう求めたことなど、財務省の調査報告書に書かれた経緯と符合する内容が記されていた。赤木さんは「パワハラで有名な佐川局長の指示には誰も背けないのです」「うそにうそを塗り重ねるという、通常ではあり得ない対応を本省(佐川)は引き起こしたのです」と指摘。刑事罰、懲戒処分を受けるべき者として、佐川、中尾、中村、冨安、田村各氏らの名前を挙げていた。

 その上で「抵抗したとはいえ関わった者としての責任をどう取るか、ずっと考えてきました。事実を、公的な場所でしっかりと説明することができません。今の健康状態と体力ではこの方法をとるしかありませんでした。(55才の春を迎えることができないはかなさと怖さ)」「家族(もっとも大切な家内)を泣かせ、彼女の人生を破壊させたのは、本省理財局です。私の大好きな義母さん、謝っても、気が狂うほどの怖さと、辛(つら)さこんな人生って何?」と結んでいる。 

3月18日に公表された赤木俊夫さんの手書きの遺書

 手書きのメモにも「修正は3回程度行われ、学園に厚遇したととられかねない部分を エスカレートするように本省が修正案を示し、現場として相当抵抗し…」「佐川理財局長(パワハラ官僚)の強硬な国会対応がこれほど社会問題を招き、それにNOを誰もいわない」「最後は下部が しっぽを切られる。なんて世の中だ、手がふるえる、恐い」「命 大切な命 終止符」「事実を知るものとして責任を取ります」などと書かれ、自死に至るまでの悩みと苦しみの深さをうかがわせる。

 赤木さんの手記公表後、安倍首相は国会で「財務省で徹底的に調査した。検察当局も捜査した」として再調査を拒否。「手記には、私の発言(関与あれば辞任)がきっかけだったという記述はない」と言い募った。赤木さんの妻はたまらず「(首相と麻生太郎財務相の)2人は調査される側で、再調査しないと発言する立場ではない」と反論した。

 昭恵夫人については、週刊ポスト4月10日号が「職員(赤木さん)の遺書が公になり、改めて疑惑の渦中にある昭恵夫人が、よりにもよって芸能人らと〝桜を見る会〟を楽しんでいた―」として、桜を背に大勢と記念撮影している写真を掲載した。

 ■改ざんは公文書変造・同行使ではないのか

  赤木さんが刑事罰を受けるべきだと名指しした佐川氏らは、学者や弁護士たちから相次いで告発された。佐川氏らの告発容疑は公文書を改ざんし、国会に提出したことを巡る有印公文書偽造または変造、同行使や虚偽公文書作成、応接録を廃棄したことを巡る公用文書毀棄(きき)などだった。国有地売却に関わった近畿財務局の職員らは国に損害を与えたとして、背任の疑いで告発された。 

大阪地検が入る大阪中之島合同庁舎=2019年11月20日、大阪市

 しかし、大阪地検特捜部は国や大阪府、大阪市から補助金をだまし取ったとして、詐欺などの疑いで森友学園前理事長の籠池泰典(本名康博)被告と妻の諄子(本名真美)被告を逮捕、起訴する一方、18年5月、佐川氏をはじめ財務省関係者ら計38人は不起訴処分とした。大阪第1検察審査会が19年3月、佐川氏ら10人について「不起訴不当」と議決したが、大阪地検特捜部は同年8月、10人を再び不起訴処分とした。

  検察関係者によると、公文書改ざんについては「国と森友学園との契約金額や日付、国有地の面積、条件など文書の根幹部分には変更を加えていない」「文書の証明力に変わりはない」などとして、有印公文書偽造または変造、同行使や虚偽公文書作成の立件は難しいと判断した。公用文書毀棄も、応接録は財務省の行政文書管理規則で保存期間1年未満とされていたことがネックとなったという。

  ただ改ざん前の文書によれば、森友学園が小学校建設をもくろんだ国有地の取引が動きだすのは、昭恵夫人が国有地を見学し「いい土地ですから進めてください」と述べたと、森友学園側が近畿財務局に伝えてからだった。削除された昭恵夫人に関する記述や「特例的な内容」「本件の特殊性」という近畿財務局の見方を示す言葉は、昭恵夫人への忖度(そんたく)をうかがわせ、今回の取引がどのようなものだったのかを示す根幹部分ではないだろうか。

大阪府豊中市の小学校建設予定地で撮影したとされる、森友学園の籠池泰典元理事長夫妻と安倍昭恵首相夫人(中)の写真=著述家・菅野完氏提供

  仮に改ざんが根幹部分ではなく、作成権限のない人が勝手に作成権限のある人の名義を使って文書を作成する偽造や、作成権限のある人が真実と一致しない内容の文書を作成する虚偽公文書作成には当たらないとしても、正しい文書に作成権限がないのに変更を加える公文書変造・同行使ではないのか。検察関係者は「判例がほとんどなく、立件に消極的な幹部に押し切られた」と話している。

  不起訴処分では、検察官の起訴する権限(公訴権)は消滅しない。憲法39条は「既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない」「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない」として、いわゆる「一事不再理」や「二重の危険禁止」を定めているが、最高裁は1957年5月の判決で「検察官がいったん不起訴にした犯罪を後日になって起訴しても憲法39条に違反するものでない」との判断を示している。

  赤木さんの手記公表を契機として、大阪地検特捜部に再起を促したり、佐川氏らに対する新たな内容の告発をしたりすれば、佐川氏らは刑事罰を受けるべき者と指摘した赤木さんの遺志にかなう捜査が始まるかもしれない。(了)

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