星空解説1万回、ファン魅了 天文一筋38年、博物館館長・澤村さん退職

プラネタリウムの解説を1万回近く続けてきた澤村館長=平塚市博物館

 平塚市博物館のプラネタリウムで1万回近く星空解説に立ち、研究活動も続けてきた同館の澤村泰彦館長(60)が今月末で退職する。天文一筋38年。入庁時はほとんど持ち得なかった星座の知識を独学で学び、穏やかな語り口による星空解説で多くの天文ファンを魅了してきた。新型コロナウイルスの感染拡大で休館が続く中、「お世話になったお礼を言えないことだけが心残り」。後進に道を譲り、静かに現場を去っていく。

 初めてプラネタリウムの案内役を任されたのは、入庁2カ月後の1982年6月。散々なデビュー戦だった。スライドの機械が途中で故障し、先輩から「機械が直るまでトークでつなげ」と言われた。頭が真っ白のまま難局を切り抜けた。

 大学の専攻は中国文学で、学芸員の資格も持っていなかった。当時、天文分野の学芸員が欠員となり、一般事務職の採用にもかかわらず見ず知らずの世界に放り込まれた。「実は北斗七星ぐらいしか知らなかった」。一から天文を学び、学芸員の国家資格を3度目の挑戦で手に入れた。

 「プロもアマチュアも、それぞれのアプローチで宇宙の不思議に向かって歩いているのが天文学のすごいところ」。“素人学芸員”を突き動かしたのは、素朴な好奇心だった。

 2004年に歴史愛好家の市民と「星まつりを調べる会」を立ち上げ、星にまつわる地域の風習や歴史にスポットライトを当てた。大雄山最乗寺(南足柄市)の参道に立つ道標に着目し、フィールドワークを重ねた。江戸時代末期から立てられた28カ所の石碑に刻まれている中国の星座「二十八宿」は、「夜を照らす星のように信者を照らし導いたのでは」と推察する。

 古来より星は信仰の象徴だった。密教の曼荼羅(まんだら)の中心に描かれている北斗七星の化身とされる妙見菩薩(みょうけんぼさつ)は、「星空の中で動かない北極星が星々を付き従えているように見えたのでしょう」。20年ほど前から京都の寺院を巡り、星座信仰の痕跡を探索。毎年3月ごろの「春だ! 京都へ行こう」と題したプラネタリウムの特別講演も人気を集めた。

 新型コロナウイルスの感染拡大による余波で中止になった最終講演。タイトルは決まっていた。「北斗七星は今夜も高く」─。自らの原点である北斗七星をテーマに、天文学と歴史学の視点から迫る内容。最後は「北斗七星しか知らなかった」という告白でオチを付ける筋書きだった。

 好奇心こそ人を動かす原動力と信じる。「博物館が地域の人たちと一緒に足を運んで一緒に調べる。そうして積み上げたものが、未来の市民にとって貴重な宝物になる」

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