ブラック育児社会を変えたい!働き方と子育てを繋ぐ「企業版ネウボラ」とは?

前2回(世田谷区と浦安市の取り組み)の記事で、虐待防止は子育て支援とセットで行われるべきであること、安心して子育てのできる環境を築くためには、深刻な事態に陥ってしまう前の段階で虐待のリスクを未然に防ぐことが大切であるという視点から、フィンランドの子育て支援策「ネウボラ」を参考に取り入れている日本国内の自治体を紹介しました。

今回は、より私たちの暮らしに密接した企業へアプローチする「企業版ネウボラ」という取り組みをご紹介します。


子育て家庭に接して気付いた、父親・母親それぞれの課題

広島県の特定非営利活動法人ひろしまNPOセンターは、平成26年から広島市の助成金を受け、同市内で子育て広場を3箇所運営しています。そうした活動を通して、子育て家庭の声に耳を傾けていて、ふたつ着目した点があり「企業版ネウボラ」を始めるきっかけに繋がったといいます。

(1)父親側の視点から
ひとつめは、まず父親の子育てへの「参加」よりも、その前段階であり、また前提となる「理解」に齟齬があるため、十分な子育て参加に至っていない。あるいは、参加しているのだけれど、それが家族の幸せに繋がるかたちの参加になっていないということでした。

産後や子育て中の母親が大変であるということはわかっていても、男性には、実際に妻の心身のどこがどうつらいのか、夫としてなにをすることが必要なのか。また子どもの成長・発達についても、普段接していないだけに、母親ほどはわからず、どう関わればよいのかがわからない。

参加したいのだけれど、理解の段階に躓きがあることが、子育てへの参加を難しくしており、また参加しても妻から不満を持たれるという不本意な関わりかたになってしまっている事例が多く見られたそうです。

(2)母親側の視点から
ふたつめは、母親が産休・育休中をどのように過ごせたかが、職場復帰や、その後の仕事と子育てとの両立を左右する、ということです。

育休明けの期限が迫りながらも、子育てに不安を抱えていて、正直なところ仕事どころではない。職場復帰と子育ての不安の狭間で追いつめられていく……そんな経験をした女性も少なくないでしょう。

育休中を安心して過ごし、充実して子育てを楽しむことができれば、それがスムーズな職場復帰や、ひいては女性のキャリア形成も含めた、その後の長い人生を見据えたライフプランニングに繋がるのではないでしょうか。

そのふたつに対して解決策を考えたところ、企業へアプローチすることが効果的だと「企業版ネウボラ」をはじめたそうです。

なお、広島県は大阪に本社のある企業が支店を置いていることが多く、ちょうど子育て期間中に広島支店に転勤・勤務し、その後本社に戻るといったキャリアパスを辿るビジネスパーソンが多いという土地柄でもあります。

小学校には転出入者が多く、転勤により、不慣れな土地で子育てをする家庭の姿がうかがえます。

「ブラック育児社会を変えたい!」企業版ネウボラとは

では企業版ネウボラとは、具体的にどのような取り組みなのでしょうか。

主に(1)研修(2)情報提供(3)相談と、3つのメニューが用意されています。企業からの問い合わせを受けて、メニューを選び導入してもらう仕組みです。

(1)研修
企業版ネウボラの運営委員である医師(産婦人科、小児科)や助産師、子育て検定協会や一般社団法人パパフレンド協会の子育てに関する資格取得者などが講師を務めます。

研修には、当事者(妊娠中・子育て中の女性や、その夫をはじめとした家族)向けのものと、企業の管理職・中間管理職や人事や総務担当者向けのものがあります。

前者では、具体的に困っていることをヒアリングしてアドバイスをします。後者は、自社の妊娠中や産休・育休中の社員へ伝えるための情報を知りたいというニーズが多いそうです。

(2)情報提供
妊娠中・出産後、子育て中の自社の社員に、どのような産前産後のサービスがあるかなどの情報を提供します。

一例を挙げると「ファミリーサポート」(通称ファミサポ)。言葉を聞いたことはあっても具体的な仕組みなどを知らなければ、たとえば「登録のために出掛ける必要がある」という課題も見えることはないでしょう。課題が見えれば、それに対して具体的な解決策を講じる、つまり支援に繋げやすくなります。

(3)相談
相談内容に応じた支援をします。中小企業では、妊娠・出産をする社員が、年にひとりいるかいないかというところも少なくありません。そうした場合、地域だけではなく、職場でも孤立することになりかねません。

筆者に寄せられる相談事例でも、職場で産休・育休を取得するはじめての事例となった女性が見られます。産休・育休の制度はあれど、形骸化しており、実際は結婚や妊娠を契機に退職をせざるを得ない企業風土で「まず誰かが産休・育休を利用して前例を作らなければ、後輩たちもあとに続くことができない」と、職場復帰後の厳しい風当たりのなかを耐えている女性もいます。

そうした日本の企業風土を変えるためにも、企業へ直接アプローチをする企業版ネウボラの取り組みが広まることを願います。

実家のお母さん・お姉さんのような身近な存在としてサポート

企業版ネウボラの特色は、産前産後のサービスを紹介するだけに留まらず、サービスを提供する“場”と“仕組み”があることで利用に繋げやすいことです。

冒頭で述べたように、ひろしまNPOセンターでは、子育て広場を運営しており、また訪問型の子育て支援も行っています。訪問型の子育て支援は、子育て広場の利用に至っていない妊産婦の声を聞き、取り入れたものです。

・自宅から子育て広場に行くための交通の便が悪い
・車がないため出掛けづらい
・まだほかの子どもと遊ぶような月齢ではない子どもを連れて行ってもいいのだろうか

そんな声を受けて、自宅に訪問し、ときには一緒に出掛けることもあるそうです。

訪問型支援には、30〜70代の女性がボランティアであたっています。子育て経験者、保育士や看護師、ソーシャルワーカーやヘルパーの資格を持っている女性などが、実家のお母さんやお姉さんのような身近な感覚で支援してくれます。

実家が遠方であったり、実両親が多忙であったり、実家からの手伝いをのぞめない妊産婦もいるでしょう。筆者のもとへも、実母や実姉妹がいわゆる「毒親」「毒姉妹」といわれるタイプで、子育てに関わってもらえる存在ではないという女性から悲痛な声が寄せられることがしばしばあります。そうした実家を頼れない妊産婦にとっては、特に心強い存在といえるでしょう。

「子育て」と「働く」を楽しめる社会へ

平成24年度の「若者のはたらく意識に関する調査」では、職場に希望することとして「介護や子育てについて福利厚生の整ったところ」という回答が多かったそうです(出典:平成24年度内閣府男女共同参画局地域における男女共同参画連携支援事業で広島市男女共同参画推進センター調査「若者のはたらく意識に関する調査」)。

子育てや介護など、社員の家庭生活への理解と配慮のある職場にすることが、企業にとってもよい人材を集めることに繋がるといえるでしょう。

会社に子育てを理解してほしい——子育て中の働く男女にとって切なる願いではないでしょうか。

自分の勤める会社が企業版ネウボラに興味を持ったり導入したりと、子育てを理解しよう、会社としても社員の子育てを応援しようという姿勢が見られれば、安心して子育てと仕事との両立に励むことができるでしょうし、働く意欲も高まるでしょう。

子育てをめぐるわが国のさまざまな社会課題の解決に向け、企業版ネウボラの今後に期待したいところです。

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