朝日新聞が誘導する成年後見制度の地獄|長谷川学 使ったが最後、ある日突然、赤の他人の弁護士や司法書士、社会福祉士らがあなたと家族の財産・権限のすべてを奪う――いま現実に起きている悪夢の実態を報じず、ひたすら制度推進者の側に立ったトンデモ報道を続ける朝日新聞。「家に帰りたい」「人生を返してほしい」「こんな制度利用しなければよかった」と切実に訴える被害者の叫びをなぜメディアも行政も聞こうとしないのか。全国で深刻な被害が続出している成年後見制度の闇を暴く!

一度使ったが最後、死ぬまで報酬を払い続ける

私は2017年から2018年にかけて、本誌(月刊『Hanada』)で成年後見制度を告発する連載をし、2018年3月に『成年後見制度の闇』(飛鳥新社刊、宮内康二「後見の杜」代表との共著)を出版した。

本誌連載は大きな反響を呼び、成年後見制度を利用したばかりに深刻なトラブルに巻き込まれた被害者から、共感や相談の投書が編集部に多数寄せられた。

そのなかの一人、北海道在住の男性(65)は、手紙にこう書いていた。

「記事を読ませてもらい私が置かれている状況が特殊でないことがわかり、安心したと同時に、この制度に対して日頃感じていた疑問、怒りがますます強くなりました」

男性は独身で、脳梗塞で倒れた弟や高齢の両親を実家で10年以上介護。弟が倒れたあと、不要になった弟名義の不動産を売却するために成年後見制度を利用した。

弟には弁護士の後見人がついた。男性によると、後見人は一度も弟と話したことがなく、やることといえば弟の預貯金通帳を弁護士事務所で管理し、年1回、男性に弟の財産目録を見せて10分ほど話すだけ。

後見人にしてほしいことの希望を話しても一切耳を貸さず、それでいて弟の預貯金口座から毎年60万円もの報酬を取っていた。

「これから弟が死ぬまで、この弁護士に月5万円もの報酬を払い続けるのは苦痛です。後見人の実家への訪問は年に一度あるかどうかで、後見人は私たち兄弟になんの関心もありません。私が両親をずっと介護してきたことは知っているはずなのに、後見人から、両親のことを一度も聞かれたことがありません。後見人も自分のことは一切しゃべりません。時々、“あなたは報酬を誰からもらっているのか”と怒鳴りたくなります」

男性は、こうも書いていた。

「致命的な問題は、いったん制度を利用すると、止めることがなかなかできないことです。必要性がなくなった場合は、簡単に止められるようにすべきです。私たち兄弟の場合は、後見制度など、もう必要ありません」

私は本誌連載などを通して、これまでこの制度を利用して被害に遭っている50人ほどの人々を取材してきた。

その人たちは、一人の例外もなく、異口同音に訴えた。

「身内を支えるために成年後見制度を利用しましたが、利用して良かったことは何一つありません。こんな制度と知っていれば絶対に利用しなかった。毎日ストレスの連続で頭が変になりそうです。自殺を考えたこともあります」

「家庭裁判所や厚生労働省、市区町村、弁護士事務所など、どこに相談しても取り合ってもらえません。相談の窓口がどこにもないのです」

弁護士や司法書士らが社会的弱者を食い物に

この制度の被害者は、認知症の人や知的精神障害者といった社会的弱者と、その家族である。その人たちは、自分たちの苦衷を周囲に話しても理解してもらえず、大きなストレスを抱えながら、社会の片隅でじっと堪えている。ストレスのせいで体調を崩し、亡くなった人もいる。

東大の特任助教として後見の教育および調査研究を担当し、退職後、後見トラブル相談などの目的で一般社団法人「後見の杜(もり)」を立ち上げた宮内康二氏は、こう話す。

「成年後見制度は2000年にスタートしました。20年を経て明らかになったのは、この制度で最も得しているのは、後見人の7割以上を占める弁護士、司法書士、社会福祉士といった、いわゆる士業と、士業に責任を丸投げしている最高裁と家庭裁判所だけ。本来、守られるべき認知症高齢者や障害者、その家族にとって百害あって一利なしに近い運用になってしまった。この制度は抜本的に作り変える必要があります」

成年後見制度は日本が超高齢社会に向かうなか、急増する認知症高齢者を救済するために始まった。認知症などで判断能力が十分でない人に代わって、家庭裁判所が選任した後見人が医療・介護の契約を結んだり、財産管理を行い、認知症の人などの生活を向上させ、人間としての尊厳を守るのが制度の目的だった。

ところが現実は、本来、守られるはずの認知症の人や障害者とその家族が苦しむ一方、社会的強者の弁護士や司法書士らが潤うという本末転倒の事態を招いてしまっている。

紙面に載らない被害者の悲痛な叫び

こうした矛盾だらけの制度だけに、制度の利用者はいまだに22万人に留まっている。成年後見制度と同じ年に、高齢社会に対応するためにスタートした介護保険制度のサービス利用者数(565万人=17年1月時点)が順調に増え続けているのと対照的だ。

もともと成年後見制度と介護保険制度は車の両輪の役割を期待されて同時にスタートした。介護保険制度では、利用者が数ある介護保険サービスのなかから自分にふさわしいものを選択し、契約する。ところが、認知症高齢者にはそれができない。そこで家裁が後見人を選任し、後見人が認知症の人の代わりに介護保険を選択して契約を結ぶ成年後見制度が作られたのだ。

だが、数字は正直だ。

この制度が利用されないのは、メリットが小さい割にデメリットがあまりに大きいからだ。

ところが、この破綻した制度の普及のために、いまだに旗振り役を務めているのが、朝日新聞をはじめとする大新聞である。

たとえば朝日は、2019年2月6日から同21日にかけて『教えて!成年後見制度』という特集記事を10回にわたり連載。その後も折に触れ、成年後見制度に関する最高裁の対応を報じている。 先の宮内康二氏は、朝日の連載について、こう話す。

「少し期待しましたが、内容は10年前からのそれと全く変わらず、この期に及んで分析も展望もない。後見と関係ない話題も多く取り上げられ、読者のためというより、後見業界の特定の一派の広報シリーズといった印象すら受けました。 後見の杜には市民からの後見トラブル相談が多数寄せられています。実際にこの制度を利用した人に取材すれば、制度利用者とその家族がいかにひどい人権侵害を受けているかがわかるのに、そうした被害者の生の声が紙面にほとんど載っていません」

サービス提供者側の都合に合わせた情報ばかり報道

この問題についての朝日の報道姿勢の特徴は“上から目線”にある。とくに10回の連載では、それが際立った。連載で掲載されたコメントやデータの出所は最高裁や行政機関、弁護士、司法書士、施設といった後見サービスの提供者、すなわち“上流側”がほとんど。

念のために数えたところ、最高裁や弁護士など上流側のコメント(データ提供も含む)は約20。一方、実際に後見サービスを利用してひどい目に遭った下流側のコメントは2つだけだった。

社会的弱者を救済するための制度の紹介記事なのだから、そうした人たちが本当に救済されているのかどうかを本人や家族に取材して検証すべきなのに、連載では、制度利用者の不満の声は片隅に追いやられ、サービス提供者側の都合に合わせた情報が多数を占めた。

通帳管理以外は何もせず本人が死ぬまで一度も会わない士業後見人

成年後見制度はあまりにも多くの問題を抱えているが、最大の問題は認知症の人や障害者の意思が完全に無視されていることにある。

この制度の設計にかかわった司法関係者はこう語る。

「一言で認知症と言っても、その程度は様々。植物状態で寝たきりの人を除き、認知症の人はみな、好き嫌いなどの意思表示ができるし、一定の判断能力も持っています。ところが、後見人の多数を占める士業は、本人意思の尊重どころか、本人と会うことすら嫌がり、通帳管理をしているだけというのが実態です」

成年後見人の在り方について、民法858条は「成年被後見人(注・認知症の人や障害者のこと)の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない」と定めている。 ところが実際の後見の現場を取材すると、「認知症の人や障害者には意思がない」 「話を聞いても無駄」と言って、本人と会いたがらない士業後見人の何と多いことか。彼らは、本人、家族だけでなく、本人を診療している医師や看護師、さらに介護士、ケアマネージャーといった人たちとの連携を怠り、通帳管理以外は事実上何もしない。本人が亡くなるまで、一度も本人と会わなかった士業後見人もいた。

例外的な事例ばかりを強調し、現状を報じない朝日新聞

ところが朝日の連載で、本人意思が尊重されず、本人のために何もしない士業後見人のことに触れたのは、10回のうち第5回(なぜ専門職の選任が多いの?)のたった一度きり。それも、深く掘り下げることなく、次のようにあっさりスルーして終わりだ。

「後見人は一度選任されると交代は難しく、金銭管理だけで生活面はほとんど見てくれないといった専門職への不満も多い」

私は、成年後見制度はすでに破綻していて使い物にならないどころか、「使うと地獄を見る」ぐらいに思っているが、どうやら朝日は、このどうしようもない制度を、いまだに国民に使わせたがっているようだ。

それは、連載の第1回目を見れば一目瞭然だ。第1回目のタイトルは「認知症・経済的虐待で出番」。つまり、認知症の親のお金を取ったり虐待する子供がいるので、そうした親を守るためには後見人が必要だ、というわけだ。

朝日はこう書いている。 「無職の息子や娘が判断能力が衰えた高齢の親の年金を使ってしまい、本人が困窮する経済的虐待も成年後見制度の出番になる」

たしかに、引きこもりなどで職を持たない子供が認知症の親の年金を勝手に使うケースは相当あるだろう。また、生活保護受給者のお一人様が認知症になった場合も、成年後見制度を含めた対策が必要だろう。

こうしたケースでは、自治体などが本人を説得して家裁に後見利用を申し立てさせるか、もしくは自治体の首長が本人に代わって申し立てるかのどちらかになることが多い。後見の利用申し立てができるのは、本人、四親等内の親族、もしくは自治体首長に限られるからだ。

「でも、生活保護受給者のような貧しい人が認知症になった場合、報酬がもらえない可能性があるので、弁護士、司法書士は後見人になりたがらず、拒否することが多い。報酬が払えない人の後見人は、ボランティアの市民後見人(大学や社会福祉協議会の講座で後見人教育を受けた市民のこと)か、被後見人(後見を受ける認知症などの人のこと)を選べない社会福祉士に回されるのが一般的です」(ある市民後見人の話)

報酬を払えない生活困窮者、虐待を受けている親を守るために後見人をつけるというのは、成年後見制度の数少ない“光の部分”であり、セールスポイントと言えるかもしれない。

だが現状では、自治体申し立ては後見全体の一握り。また認知症の生活困窮者の場合、後見人がつけられずに放置されるケースのほうが圧倒的に多い。

つまり、後見事案全体のうちの例外的な事例なのだ。朝日が、連載の第1回にあえてこうした事例を取り上げたのは、現状では、それ以外にこの制度にセールスポイントがないからだろう。

悪夢のような制度「家に帰りたい」「私の人生を返してほしい」

私が取材した制度の利用者たちは、「この制度を利用すると、文字どおり地獄に落ちる。悪夢のような制度だ」と話していた。

成年後見制度に詳しい堀田力弁護士(法務省元官房長)も、現行の成年後見制度を「司法の暗黒領域」と呼んでおり、私には、この制度は闇に覆われているように見える。

朝日は、その闇のなかから、わずかに光る部分を連載の第1回で取り上げたわけだ。

ところが、虐待防止を理由にした自治体申し立ての後見にも大きな問題がある。私が取材したなかに、軽い認知症の母親を在宅介護していた娘が、ありもしない虐待疑惑を自治体にかけられ、勝手に後見人をつけられた事例がある。

母親本人と娘によると、本人と家族全員が「虐待はなかった」と否定したにもかわらず、自治体(桑名市)は市の包括支援センター職員らの一方的な報告を鵜呑みにして、本人を施設に隔離。本人と夫、二人の娘が反対したにもかかわらず、本人に後見人をつけた。後見人に選任された地元の弁護士と施設に対し、本人は「家に帰りたい。娘は虐待なんてしていない」と繰り返し抗議したが、弁護士と施設は無視して施設に閉じ込め、家族との面会を禁じた。弁護士は数カ月間、家族に施設名すら教えず、本人が家族に電話することすら許さなかった。

このケースでは、後見人を勝手につけられた家族が、名古屋高裁に後見開始審判の取り消しを求めた結果、審判が取り消された。

本人の認知症はごく軽いもので、その後、精神科医は“後見不要”の鑑定書を作成して家裁に提出。これにより、本人は「悪夢のような成年後見制度」(娘の話)からようやく逃れることができた。

本人と家族は、桑名市と国(家裁)を相手取り、名古屋地裁に損害賠償請求訴訟を起こした。

重い認知症だとして弁護士後見人をつけられた母親は、しっかりした口調で私の取材にこう話した。

「娘が私を虐待した事実はまったくありません。つらかったですよ。娘は、この一件のせいで職を失いましたしね(注・娘は母親救出に専念するため退職を余儀なくされた)。娘は私のいる施設に面会に来ることもNGでした。私は施設から自宅に帰りたくて、職員に“帰してくれ”“タクシーを呼んでくれ”といつも言っていたけれど、無視されました。施設に閉じ込められた私の人生を返してほしいです」

成年後見の現場では、こうした深刻な人権侵害行為は珍しくない。

だが朝日の連載では、こうした深刻な人権侵害行為が横行していることについて、一言も触れていない。

国も制度の不備を正すことなく推進に突き進む

事実上の殺人事件、凄まじい人権侵害が合法的に罷り通っている

そもそもこの制度には、国家(家裁)が認知症の人や障害者に「無能力者」の烙印を押し、人権(財産を含む)を奪う側面がある。

成年後見人をつけられた人は、スーパーなどでの日常の買い物以外の経済行為、法律行為を行えない。また、会社の取締役や監査役、NPO法人の理事、公務員、医師、弁護士、建築士等各種資格を失う。印鑑登録もできない。数年前までは選挙権も剥奪されていた。

また、先の母親のように、後見人がついた途端、本人の意思に反して施設に放り込まれたり、後見人と施設によって、家族や友人との面会を禁じられるケースも多い。

私が取材したなかには、“事実上の殺人事件ではないか”と思うようなケースもあった。

グループホームで暮らしていた、あるお一人様の認知症の女性は、士業後見人によって精神病院に入れられた。女性はそれまでどおりの生活を望み、グループホームの介護士と看護師も「精神病院に入れる必要はない。私たちがお世話する」と反対した。

ところが士業後見人は、涙を流して抵抗する女性を無理やり車に押し込み、強引に精神病院に入れた。環境の激変にショックを受けた女性は食事をとらないようになり、病院は女性の腕に針を刺して点滴による栄養補給を実施。女性が針を痛がって抜こうとするので病院側は女性の体をベッドに縛り付け、日常的に拘束するようになった。やがて女性の認知症は急激に悪化。女性は重篤な廃用性症候群(床ずれや血流不全)に陥り病院の閉鎖病棟で亡くなった。

このように、この制度の下では、民法858条の「本人意思の尊重」が完全に形骸化しており、愕然とする凄まじい人権侵害が合法的に罷り通っている。

朝日の連載は、費用や手続き面での成年後見制度の使い勝手の悪さは指摘しているものの、人権侵害についての問題意識が抜け落ちている。

「成年後見センター・リーガルサポート」のM専務理事が被後見人3人の口座から約2387万円を横領

この制度は、運用面でもあまりにも多くの問題点を抱え過ぎている。朝日の特集でも少し触れているが、この制度はいったん利用すると、本人が死ぬまで止めることができない。本人と家族が、士業後見人や家裁に「止めたい」と泣きついても、決して相手にされないのだ。

また後見人になれるのは士業と呼ばれる弁護士、司法書士、社会福祉士が中心で、本人の預貯金が1000万円以上(東京都内は500万円以上)ある場合は士業が自動的に後見人に選任される。このため現在、後見人の割合は士業が7割以上を占め、親族は3割弱しかいない。

士業後見人が多いことについて、朝日は5回目の連載で、「親族の不正事案の増加も要因」という最高裁の説明を紹介している。つまり、親族を後見人にすると親の財産を横領する恐れがあるので、家裁は親族ではない第三者の士業を後見人に選任しているというのである。

だが、朝日連載の第7回(後を絶たない不正 どう防ぐ?)で触れているように、横領は親族だけでなく弁護士や司法書士後見人も行っている。朝日は報じていないが、16年7月には、司法書士の後見職能団体「成年後見センター・リーガルサポート」のナンバー2だったM専務理事が被後見人3人の口座から約2387万円を横領したとして東京法務局長から懲戒処分を受け、司法書士を廃業している。M氏はリーガルサポート創設時からの主要幹部で、成年後見制度の旗振り役だった。

また、士業後見人中心の運用は、認知症の人などの財産を減らすことにもつながる。無報酬が原則の親族後見人に対し、士業後見人には報酬が発生するからだ。報酬金額は本人の預貯金額に比例するが、年間24万円から36万円、5000万円以上の預貯金があれば年間60万円は確実に取られる。

本人は、年金などの限られた財産から毎年、24─60万円もの報酬を死ぬまで士業後見人に払わされ続けるのだ。本人の財産を守るための制度が逆に財産の浪費につながっているわけで、この制度は経済合理性の観点からも破綻している。

認知症の母親に弁護士の後見人がつけられた娘は私にこう語った。

「後見人がついた途端、母は預貯金の通帳とカード、土地の権利書などすべての財産を弁護士に取り上げられました。母は“私には自由に使えるお金が全然ない”と毎日のように泣いています。弁護士は事務所の金庫に通帳などを入れて保管している以外のことは何もしません。それでいて、毎年20─30万円もの報酬を母の預貯金から取っているようです。この制度で得をしているのは、弁護士など士業後見人だけ。母や私にとって何一つメリットはありません」

報酬金額について「ようです」と推測で話しているのは、家裁と士業後見人が、報酬額について本人や家族に教えず、領収書も発行しないからだ。サービス利用料を受領しながら領収書すら出さないのだから、無茶苦茶である。この点についても、朝日連載は触れていない。

行政機関や金融機関が後見制度利用に誘導する

認知症の夫に弁護士後見人をつけられた主婦は私の取材に、「夫の通帳とキャッシュカードは弁護士が持っているので、いくら報酬を取っているのかも私にはわかりません。成年後見制度というのは、家裁が家庭の財布に穴を開けて士業後見人にお金を流し込むための制度としか思えません」と語り、強い憤りを見せた。

こんな不合理ででたらめな制度を22万人もの人が利用していることが、むしろ不思議なぐらいだ。

ところが利用者を取材すると、「地域の包括支援センターや金融機関などから、家族が後見人になれるので後見制度を利用すべきだと誘導されて仕方なく、家裁に利用を申し立ててしまった。一度使ったら止められないことや、親族は後見人になれないこと、何もしない士業後見人に多額の報酬を払わされることについては、事前に何も説明されなかった」と話す人が多かった。つまり、地域包括支援センターなどの行政機関や金融機関に誘導されて後見を使うことになった人が多いのだ。

朝日連載の第9回では、成年後見制度を推進する柱となる「市区町村の中核機関の設置が遅れている」点を問題視しているが、私には、こうした中核機関の整備が進むことで後見被害者が増えることのほうが、むしろ心配だ。

半ば強制的に「監督人」をつける新たな手口

ところで連載終了後、朝日は3月19日の朝刊一面トップで『成年後見「親族望ましい」選任対象 最高裁、家裁に通知 専門職不評、利用伸びず』と報じた。

それによると、3月18日に開かれた成年後見制度の利用促進を図る国の専門家会議で、最高裁は「(後見人には)身近な親族を選任することが望ましい」との考え方を示し、各地の家裁にも通知したという。

この最高裁通知について朝日は、「後見人になった家族の不正などを背景に弁護士ら専門職の選任が増えていたが、この傾向が大きく変わる可能性がある」と前向きに評価している。だが、事はそう単純ではない。

先の宮内康二「後見の杜」代表はこう語る。

「何もしないのに高い報酬を取る士業後見人に対し、国民はノーを突き付けた。それで最高裁は、親族が9割を占めていた制度発足当初に原点回帰せざるを得なくなったに過ぎません」

宮内氏によると、最高裁通知を報じた朝日の記事のポイントは「“日弁連や日本司法書士会連合会などと議論を重ね、考えを共有した”という部分にある」という。

弁護士、司法書士の人数は、司法改革などにより増加。その一方で仕事は減っており、仲間内での仕事の取り合いに負けた“食えない”弁護士や司法書士が大量に後見業界になだれ込んでいるという現実がある。

それなのに、なぜ弁護士と司法書士は“金づる”の後見人ポストを手放し、親族に明け渡すことに同意したのか。理由は「監督人」制度にある。監督人とは、文字どおり、後見人を監督する役回りで、監督人になれるのは弁護士と司法書士に限られる。

監督人をつけられるのは主に親族後見人。親族が親や子供の財産を横領しないよう監視するのが監督人の主な仕事だ。そしてここ数年、最高裁と全国の家裁は、親族後見人に対し、半ば強制的に監督人をつけて監視させる運用を強化しているのだ。

「今後、親族後見人を家裁が選ぶ件数が増え士業後見人が減らされても、弁護士、司法書士は困りません。というのも後見人になれなくても監督人に選任してもらえるからです。しかも監督人の仕事は親族後見人が作成した財産目録のチェック程度で士業後見人よりも楽です。士業後見人は何もしないので批判されていますが、監督人はそれに輪をかけて何もしません」(宮内氏)

報酬に見合った仕事をしない士業後見人でも、本人名義の預貯金通帳などの財産管理については責任を負っている。ところが、監督人にはその責任すらない。

「それでいて監督人は、士業後見人の7割程度の報酬をもらえます。士業後見人は何もしない場合は批判されますが、監督人は財産管理も身上監護(医療・介護などの契約を結ぶこと)の責任もなく、何もせずとも批判されることはない。責任もなく、大した仕事もないのに士業後見人時代よりわずかに少ない程度の報酬をもらえるのです。最高裁の親族後見人回帰に弁護士、司法書士が反対するはずがありません」(宮内氏)

つまり、最高裁が路線を変更したからといって、本人と家族が士業に食い物にされる状況は変わらないということだ(筆者注:その後、最高裁家庭局は”親族を優先するかどうかは各家庭の判断に任せる”と軌道修正した)。

2019年3月19日の朝日新聞朝刊一面

最高裁通知に隠された狙い「後見制度支援信託」の普及

実は、最高裁通知にはもう一つ裏の狙いがある。「後見制度支援信託」(後見信託)を普及させることである。これを監督人の普及と合わせて進めるのが最高裁の狙いである。

後見信託も、親族後見人による横領防止を目的に、ここ数年、最高裁と家裁が利用促進を図っている制度である。

親族後見人が使い込まないよう、日常使わない分の預貯金を半ば強制的に信託銀行に預けさせ、家裁の許可なしに使えなくするものだ。

後見には障害の重い順に「成年後見、保佐、補助」の三つの類型がある。後見信託は成年後見が対象で、比較的障害が軽い保佐、補助では使えない。最高裁は親族が成年後見人になっているケースでは後見信託を利用させ、後見信託の対象ではない親族保佐人、親族補助人に対しては、半ば強制的に監督人をつけて監視体制を強化する運用を進めている。

後見信託、監督人とも横領防止が目的なので、過去に問題を起こしたことのない真面目な親族後見人は「親や子供の財産を私が横領するというのか」と強く反発している。

だが、ある親族成年後見人によれば「家裁判事は“どうしても信託を使わないなら報酬が嵩む弁護士監督人を新たにつけるがそれでもいいのか”と脅し、実際につけてきた。それに抗議すると、今度は成年後見人を解任されて弁護士と差し替えられた」という。この親族は家裁の運用を不当として、国を提訴した。

財産権の侵害で訴訟も

この後見信託については、士業への利益誘導という別の問題がある。

「後見信託の設定手続きは、信託銀行側が本人や家族に説明すれば、誰でもできる簡単なもの。ところが、その設定手続きを最高裁と家裁は弁護士、司法書士、税理士といった士業に独占させているのです。士業はこの手数料として、30万円ほどの報酬を被後見人の財産からもらえます。これについては親族後見人から“財産権の侵害だ”との抗議が上がっており、訴訟も起こされています」(宮内氏)

この設定報酬の問題も朝日連載は報じていない。

もっとも、監督人については先の朝日連載の第7回でさらりと触れている。それによると、7年ほど前から母親の保佐人をしている横浜市の主婦は、家裁に断ったのに司法書士の監督人をつけられた。監督人とは電話で数回、面会で一度やりとりし、作成した書類をチェックしてもらったら年14万円も取られたという。

実は、ここに登場した主婦は、17年7月9日の朝日朝刊の「オピニオン」欄に「母の財産管理、監督に14万円とは」という投書を寄せている。この主婦の投書は、「新聞が後見トラブルに触れた極めて珍しいケース」として、当時、後見業界で大きな話題になり、私も本誌連載や単行本、週刊誌で取り上げた。

ところが私が知る限り、朝日は投書掲載後、1年半以上も経ってから、ようやく投書をフォローする追跡記事を書いたことになる。当時は、問題の大きさがわからなかったのだろうか。朝日記者の情報感覚に疑問符をつけたくなる。

朝日新聞は最高裁の広報誌か

最後に、4月3日の朝日朝刊が報じた「成年後見 報酬見直し促す 最高裁 業務量・難度に応じて」という記事にも一言。

これまでも必要性のない出張を行うなどして業務量を増やし、余分な報酬を取った士業後見人がいた。そうした不正が行われないか、心配だ。

宮内氏も言う。 「最高裁、家裁が法曹界仲間の弁護士、司法書士ら士業への利益誘導の態度を改めない限り、事態は何も変わりません」

朝日の影響力は大きい。最高裁の広報紙ではないのだから、朝日にはぜひ、こうした点を掘り下げて報道してもらいたいものである。

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長谷川学

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