岩田清文『中国、日本侵攻のリアル』/中国の「ハイブリッド侵攻」に備えよ 「このままでは先島諸島の防衛は不可能」……元陸自トップが衝撃の告白。37年間の自衛隊勤務経験に基づく豊富な事例と教訓から、自衛隊という組織と人に本気の改革を迫る一冊。「新しい戦争」の世界的変化についていけない日本人に向けて、ハイブリッド戦による侵略の脅威を完全解説した本書の書評です。

台湾総統選をめぐるもう一つの戦い

12月14日、台湾総統選挙の選挙戦が始まった。一月十一日の投開票日に向け、候補者同士の対立はもちろんのこと、もう一つの「戦い」も激化する。

現総統で次期選挙の候補者でもある蔡英文は12月19日、「中国が『毎日のように』台湾の総統選に介入し、圧力をかけ、威嚇し、台湾の民主主義にダメージを与えようとしている」と批判している。
(ロイター https://jp.reuters.com/article/taiwan-election-idJPKBN1XT2G2

台湾総統選に対する中国の「圧力」と言えば、一九九六年の「第三次台湾危機」を想起する方も多いだろう。中国は選挙直前に台湾の港に向けてミサイル発射実験を実施。「民主化と台湾独立を志向する李登輝に投票すれば戦争が起きる」と台湾国民を脅したのだ。

今回はまだ表立った軍事行動はとっていない中国だが、その分、台湾に対する圧力や威嚇は形を変えた方法で行われている。それがサイバー領域での「攻撃」であり、台湾国民の世論に直接影響を与えようとする「浸透工作」だ。

すでに、「中国の元スパイ」であると告白し、オーストラリアへの亡命を求めている中国人男性が、台湾総統選への中国の介入を告発してもいる。中国が親中派候補の当選を後押しする情報戦を展開しているというのだ。
(ニューズウィーク日本版 https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/12/post-13518.php

その影響は計り知れないが、問題はそのような工作を行っても中国の思惑通りに事が運ばなかった場合、中国がどのような行動に出るかだ。

中国が「ハイブリッド戦」で台湾併合を目論む

陸上自衛隊で陸上幕僚長を務めた岩田清文氏は、『中国、日本侵攻のリアル』(飛鳥新社)で「台湾総統選後の中国の狙い」に警鐘を鳴らす。

間もなく行われる台湾総統選を期に、中国がサイバー領域や浸透工作と言った非軍事的手段と軍事的手段を掛け合わせた「ハイブリッド戦」によって「台湾併合」を目論む行動に出るのではないか、と指摘。時系列を明らかにした侵攻シミュレーションを行っているのだ。その一部を紹介したい。

〈一月十一日、台湾総統選で民主派・独立派のS総統が勝利→直後から台湾国内の反対デモ、SNSでの不正選挙を指摘する投稿が拡散され、台湾は騒擾状態に。

一月十二日、台湾国内でテロ発生。さらなるテロ予告も行われ、台湾政府は軍に指示を出すも、軍事基地間の通信が妨害されて混乱。

一月十三日、台湾政府が利用する情報通信衛星が中国のものとみられるミサイル攻撃を受け機能停止。SNSでは「中国の軍事攻撃を前に、総統らが国外逃亡を企てている」といったフェイクニュースが飛び交い、台湾国民の混乱は極まる。その後、S総統が行方不明に――。〉(同書第二章「シナリオⅠ 台湾へのハイブリッド侵攻・解説)

このシナリオは岩田氏が自衛隊最高幹部としての経験や知識から「実現が懸念されるシミュレーション」として提示するものだ。中国の台湾侵攻に際しては、サイバー領域だけでなく、通信の妨害や衛星の破壊と言った宇宙空間での攻防さえも考慮しなければならない。

まさにサイバー・宇宙・電磁波領域に及ぶ「新しい戦争」のシナリオだが、実は前例がある。2014年に起きたロシアによるクリミア併合とウクライナ侵攻だ。

中国はロシアの「成功例」を見逃さない

ロシアは侵攻前からクリミア領内で親ロ派に有利な情報戦とサイバー攻撃を繰り返し、併合を行い、さらにウクライナでは軍事的手段をも併用して侵攻、紛争を続けている。ロシアは直後にこそ国際社会から経済制裁を受けたが、「力による現状変更」を行ったにもかかわらず、侵攻の代償を払わされているとはいいがたい。

中国がこの「成功例」を見逃すはずがない。

問題は台湾だけにとどまらない。アメリカが対抗するのはもちろんだが、多くの在台邦人を抱える日本政府も、決して台湾での騒擾を対岸の火事として眺めているわけにはいかないのだ。

それだけではない。中国とすれば台湾への「侵攻」を米軍や日本の自衛隊に邪魔されるわけにはいかない。岩田氏はさらに「先島諸島への同時ハイブリッド侵攻」をも警戒すべきだという。

詳しくは『中国、日本侵攻のリアル』をお読みいただきたいが、予測しうる新しい形の脅威が、年明け早々、日本を含む東アジア地域に降りかかる可能性がある。

クリスマスから年末年始に向けて、日本では休養モード一色となる。しかし中国はその間も、虎視眈々と台湾侵攻を目論んでいるのだ。「その時」になって慌てても手遅れになる。自衛隊元最高幹部が警鐘を鳴らす中国の「新しい戦争」シミュレーションで、その脅威の一端を学んでおくべきだろう。

著者略歴

長篠つかさ | Hanadaプラス

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岩田清文

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