昨夏メキシカンL奪三振王・久保康友は所属先未定… リーグの“複雑怪奇”な仕組みとは?

昨季からメキシコでプレーをしている久保康友【写真:福岡吉央】

久保はウィンターLの外国人ドラフト2位指名もプレーできず

 昨年、夏のメキシカンリーグで奪三振王のタイトルを獲得し、メキシコ・ウインターリーグ「リーガ・メヒカーナ・デル・パシフィコ」の外国人ドラフトでアギラス・デ・メヒカリから2位で指名を受けた久保康友投手。だか、自身も同リーグでのプレーを希望していたにも関わらず、結局はプレーすることができないまま、冬のシーズンが終わった。その原因は何だったのか? メキシコ野球界に存在する、選手にとっては理不尽とも言えるルールについて、昨夏、久保の通訳を務めた現地在住記者が解説する。

 久保がドラフトで指名を受けたのは昨年7月3日。ドラフト前に、久保の獲得に興味を示し、プレーの意志があるのかどうか聞いてきたのはチャロス・デ・ハリスコ、アルゴドネロス・デ・グアサベの2球団だった。メヒカリからは事前に何の連絡もなかったため、久保にとっては驚きの指名だった。

 その後、メヒカリのGMと久保の代理人の間で交渉が始まった。だが、サラリーや住居について話がまとまり、開幕前のキャンプ合流日をいつにするかについての話し合いが行われていた矢先、8月下旬に突如メヒカリ側から、久保と契約するかどうか、球団としてもう一度再考するという連絡が代理人に入った。

 球団側からは、久保を“保険”として確保し、よりコストパフォーマンスのいい選手がいればそちらに切り替えたいという思惑が見え隠れしていた。アメリカでは9月以降、メジャー傘下でプレーしていた選手たちがフリーエージェントとなる。フリーエージェントとなった選手は、ウインターリーグを就職活動の場としてプレーし、結果を残して来夏のチームからのオファーを待とうとする。そんな事情から、多少足元を見られても、彼らはウインターリーグでプレーすることを最優先したいため、球団側は交渉をより有利に進めることができ、同じ実力の選手とより安く契約することができるのだ。

 メヒカリはウインターリーグの中では、あまり資金的に余裕があるチームではなく、久保も決して非常識な額を望んでいた訳ではない。だが、久保の前に立ちはだかったのは、球団側にとって都合が良く、選手にとっては理不尽とも言える同リーグのルールだった。

 メキシコのウインターリーグでは国内の新人ドラフトとは別に外国人ドラフトが存在し、その年の夏からメキシカンリーグ(冬とは別組織)でプレーし始めた選手を獲得したい場合は、ドラフトで指名しなければ契約することができない。指名していない選手と契約したい場合はリーグに一定額のお金を払わなければならない。他の国では、外国人選手についてはドラフト制度がなく、各球団との自由交渉が基本で、選手側も球団を選べる。だか、メキシコではそうはいかないのだ。

球団側に都合がいいルールにメキシコ人選手「FA制度がないから自分の意志では移籍できない」

 さらにやっかいなのが、ドラフトで指名された場合、他球団とは一定期間契約できない縛りルールの存在だ。指名された球団ではプレーしたくない場合や、契約がまとまらなかった場合、その選手は他球団と契約することができるが、それは11月20日まで待たなければならなかった。一方で、ドラフトで指名した選手と契約しなくても、球団側にはペナルティはない。

 メキシコのウインターリーグでは、各チームが登録できる外国人選手はレギュラーシーズンの前期が8人、後期とプレーオフは6人。昨年の開幕は前期が10月11日で、後期が11月15日だった。つまり、久保が他チームと契約できるのは、外国人枠が2枠減った後期に入ってからだった。各チームは前期終了後、外国人選手を2人削る選定をしなければならず、さらにそこからもう1枠削って新たな選手を獲得しようとするチームなどない。ウインターリーグはシーズン期間が短いため、すでにプレーしている同リーグに順応済みの選手を使ったほうが、より確実だからだ。

 久保は「ルールがある以上、選手はそれに従うしかない」と話していた。ちなみに、夏よりもレベルが高い冬のリーグで奪三振王のタイトルを獲得したのは、昨夏のリーグで、久保に次いで奪三振数が2位だった投手。久保が冬もプレーしていれば、夏冬連続でタイトルを獲得する可能性も十分にあった。

 こうした雇う側に都合のいいルールの存在は、実はメキシコでは決して珍しくはなく、野球界に限ったことではない。階級社会が色濃く残り、日本以上に目上の者が絶対的な存在とされるメキシコの社会構造が、契約社会にもそのまま表れている。

 例えばサッカー界では昨年まで、世界的には稀な、新人ではなく既存の選手を対象としたドラフト制度が存在した。各チームが放出したい選手を選び、その選手をドラフトにかける。だが、移籍可能期間が短いため、ドラフトで選ばれなかった選手は職を失い、国内でプレーしたい場合は半年間待たなければならなくなる。一般社会でも、理不尽なことがあっても上司に反発するとクビになるため、立場が上の者に逆らうメキシコ人は少なく、我慢して、そのまま時が過ぎるのを待つケースが多い。それがメキシコの国民性なのだ。

 野球界では夏のリーグでは選手たちが労働組合にあたる選手会を作ろうとし、その動きを察知した球団オーナーが他球団のオーナー連中と手を組み、その動きを封じ込め、組合設立に向けて動いていた選手らをクビにし、球界から干したことも実際にあったという。ウインターリーグにも選手会は存在しない。昨年、夏のリーグのあるチームでは開幕から約1か月間、給料未払いが続き、オーナーに支払いを直談判した外国人選手がクビにされたことがあった。その選手は主力で打率が3割を超えていたにも関わらず、だ。選手はあくまで使い捨ての駒で、球団にとって都合のいい選手しか雇わない。自己主張が強いラテンアメリカで、こんな“恐怖政治”が可能なのは、こうしたメキシコならではの社会的背景があるからなのだ。

 メジャー傘下のチームでもプレー経験がある、あるベテランのメキシコ人選手は言う。「メキシコは選手会がないため、ほかの国に比べて、選手を取り巻く環境は悪い。移籍したくても、米国や日本のようにFA制度がないから自分の意志では移籍できない。でも、他に選択肢がないから、我慢してこのリーグでプレーするしかないんだ」。

昨季からメキシコでプレーをしている久保康友【写真:福岡吉央】

夏のリーグは延期されて5月11日開幕、久保は今夏のシーズンもメキシコでのプレーを希望

 実は久保の元には1度、10月下旬に他チームからオファーがあった。ヤキス・デ・オブレゴンからだった。指揮官は、夏ゲレーロス・デ・オアハカで監督を務め、オールスターでは久保がプレーした南地区チームを指揮し、久保を高く評価していた1人だった。だが、球団からのオファーの内容は「11月1日の先発がいなくて困っているのだが、投げられないか? もし投げられるのであれば、了承をもらってメヒカリと契約してもらい、メヒカリからレンタルの形で獲得する」という、急なものだった。

 メキシコには日本のように先を見越して事前に計画的に動く習慣がなく、直前に問題が生じてから対策を講じるのが一般的だ。久保は他チームと契約できる11月20日から逆算し、肩を作る予定にしていたため、オファーをもらった時点でまだ肩は仕上がっていなかった。しかも、日本とオブレゴンには16時間の時差もあり、時差調整も必要になる。久保は「さすがに1週間では無理。中途半端なコンディションで行って打たれてもチームに迷惑が掛かる」と、泣く泣くオファーを断った。文化の違いもまた、一つの壁となってしまった。

 久保は今夏のシーズンもメキシコでのプレーを希望しており、冬の間も日本で練習を続けてきた。だが現在は、新型コロナウイルスの影響で練習を自粛している。家賃未払いなどの契約内容不履行や給与支払い遅延など、多くの問題があったため、昨年所属したレオンでのプレーは希望しておらず、チームも久保をトレード要員として考えていたが、どのチームとも話がまとまらず、1月中旬にリリースされた後、無所属の状態だ。台湾からは一昨年、昨年に続き、今年もオファーが届いたが、久保はあくまでメキシコでのプレーを希望している。

 あるチームの編成担当者は「レオンからは1対複数のトレードを打診された。もちろん久保がいい選手なのは分かっているが、とてもじゃないが応じられるような条件ではなかった」と明かした。昨夏、久保がタイトルを獲得したことで、レオン側は強気の交渉をしていたのだ。そして、久保がリリースされた1月中旬には、すでにほとんどのチームは今季に向けての編成をすでに終えていた。レオンがトレードを諦めず、なかなかリリースしなかった煽りを久保はもろに食らう形となった。

 メキシコのリーグは夏冬ともに、外国人選手に対しても、契約年数が存在せず、選手はチームにリリースされるかトレードに出されない限り、移籍することはできない。逆に球団側は、既存の選手をキープしておき、新しい選手が獲得できたらリリースするという手法で編成を続けていく。そのため夏のリーグの場合、久保のように年明け以降にリリースされたために、次のプレー先が見つけられないという選手が毎年のように出ているのだ。

 今年は新型コロナウイルス感染拡大防止の影響で、夏のリーグ開幕は4月7日から5月11日へと延期された。現在、どのチームもキャンプを中止し、一時解散しており、いつからオープン戦が再開されるのかも決まっていない。メキシコ国内では3月30日、不要不急な外出自粛を1か月間求める非常事態宣言が出されており、開幕が再び延期される可能性もある先行き不透明な状況。だが、久保は再びメキシコでプレーできる日がいつか来ることを、日本で静かに待ち続けている。(福岡吉央 / Yoshiteru Fukuoka)

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