東京・神楽坂のコーヒー焙煎所が、神戸・灘の住宅街に支店をオープン 知る人ぞ知る、香り高いコーヒーと名物店主の魅力に迫る

 東京・神楽坂にある「緑の豆 神楽坂焙煎所」は、コーヒーの生豆をその場で焙煎して販売する、神楽坂の人気店のひとつ。週末には行列ができることもしばしばだ。そんな「緑の豆」唯一の地方支店が、神戸市灘区福住通にある。水道筋商店街から、山側の五毛天神に向かう坂の中腹にあり、地元民の生活エリアだ。店舗はエステサロンに併設されており、店主はその道18年のエステティシャンだという。開店の経緯を、店主の竹内揚子(たけうち・ようこ)さんにうかがった。

店主の竹内揚子さんと焙煎機
店舗外観。築90年の実家の1階を改装した

◆ファンが高じて神戸焙煎所をオープン

「私は2年前まで六甲でエステサロンを構えていたのですが、高齢の母と同居するためにここ(実家)に戻ることになり、1階を、エステ用に改装しました」

 そのころ、神楽坂の「緑の豆」はコーヒーブームの波に乗り、京都に初の支店をオープン。たまたま京都に遊びに行った揚子さんは「緑の豆」を知り、すぐにその芳醇な味わいのファンになった。

 しかし諸事情で、「緑の豆」京都店は開店から2年足らずで閉店することになる。それを聞いた揚子さんは、「緑の豆が関西から撤退するのは寂しい。ならば私が自宅で神戸焙煎所をやります!」と名乗りを挙げた。なお、この時点での揚子さんは、コーヒーが好きなエステティシャンではあるものの、焙煎は未経験だった。

◆ひたすら手作りで開店準備

 幸い、「緑の豆」が使用しているのは全自動の業務用焙煎機。値段は数百万円と高額だが、同じ豆と焙煎のレシピがあれば、「緑の豆」の焙煎を再現することができる。それでも、焙煎で最も重要な技術とされる「煎り止め」には、目視での確認が必須だ。揚子さんは神楽坂焙煎所でトレーニングを受けて焙煎を学び、「豆の仕入れルート」「焙煎のレシピ」「焙煎機」を譲り受けた。母と2人の娘の生活を支えるシングルマザーの揚子さんにとって、大きな投資だった。

「必死でした。でも私は『緑の豆』のコーヒーが好きだし、その店を持てるのがうれしかったんです。それに日頃から『エステだけに収入を頼っていては、何かあったときに対応できなくなるかもしれない』という危機感があり、エステの他にもできる仕事はないか、探していました」

 神戸焙煎所の開店準備期間は3か月。スペースの都合上、焙煎機の設置場所はエステの待合スペース以外になく、店舗のサインボードや豆の展示コーナーも、すべて揚子さんが手作りした。

「資金がギリギリで、最低限の工事以外は自分でやりました。もともと工作は得意なんです」

 そして2019年10月末、「緑の豆 神戸焙煎所」が誕生した。エステの常連客たちは、「ほんとにオープンしたんや」と、揚子さんの行動力にとても驚いたそうだ。

サインボード。IKEAのキャビネットを塗装し、カッティングシートでロゴを作った
豆の展示コーナー。材料はホームセンターと100均で調達した

◆「緑の豆」のおいしさを知ってほしい

 開店して5か月、客はじわじわと増えている。コーヒー激戦地の神戸において「緑の豆」の知名度は低いものの、近隣の人が「新しいお店始めたの?」と入ってきたり、東京からの転居者が、見覚えのある「緑の豆」のロゴを見かけて入ってきたり、京都店のファンがSNSの投稿を見て、駆けつけてくれたこともあったという。

 豆は世界各国のものを常時20種類ほど揃えており、揚子さんは客の好みをしっかりと聞いた上で豆を選び、焙煎する。焙煎には7~8分ほど時間がかかるため、それを待つ間の揚子さんとの会話を楽しみにしている客も多そうだ。

「神戸では、コクと苦みのある深煎りのコーヒーが好まれることが多いです。それに対して緑の豆の『神楽坂ブレンド』は中煎りで、少し酸味があって飲みやすい。この味を知って、その後リピーターになる方もいます。もともと神戸の人たちは、外のものを受け入れることに寛容ですし、緑の豆も、日々の生活のおともとして楽しんでいただけるとうれしいです」

 最近は新型コロナウイルスの影響で、エステは休業を余儀なくされており、「緑の豆をやっていて本当に助かった」という。「それでもエステと比べると単価は低い。しばらくエステの再開は難しいかもしれないし、もっとネット通販に力を入れたり、パッケージを工夫したり、近くなら豆の配達もしようと思っています」と揚子さんは明るく語る。愛車はホンダのスーパーカブとモトコンポ。揚子さんが焙煎する「緑の豆」のコーヒーを飲めば、パッと気分が晴れそうだ。(取材・写真・文=水野さちえ)

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