「日本だけは大丈夫」の思い込みは致命的

具体的メッセージこそ国民の行動変容に

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西澤真理子

リスク管理・コミュニケーションコンサルタント

西澤真理子

リスク管理・コミュニケーションコンサルタント

リスク管理・コミュニケーションコンサルタント。リテラジャパン代表。インペリアルカレッジ・ロンドンでPhD(リスク政策・コミュニケーション)。厚生労働省などで委員を務める。福島での原発事故時には福島飯舘村アドバイザー。IAEA(国際原子力機関)パブリックコミュニケーションコンサルタント

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 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための緊急事態宣言が4月7日に出た。だが、2月後半以降、だらだらと続く自粛生活に疲れた世間には、「日本だけは大丈夫なはず」という雰囲気が漂う。「せめておいしいものをと、家族皆で買い出しに来ました」。家族で買い出しに繰り出す人で週末のスーパーは混雑し、デパ地下の人気コーナーには列ができている。道を歩く高校生たちは、グループをなしてじゃれ合っている。朝の電車は満員とは言えなくても、いまだに混んでいる。決裁に印鑑が必要だからと出社する社員、テレワークに切り替えられない企業もまだまだ多い。

 緊急事態宣言が出ているのに、実に不思議な光景だ。これはなぜだろうか? その根底には、深刻になる「はずがない」、という楽観的な思いこみがあるように思われる。この思いこみは致命的である。感染症クライシスは今「本当に」起きているからだ。(リスク管理・コミュニケーションコンサルタント=西澤真理子)

緊急事態宣言後の記者会見で質問に答える安倍首相=2020年4月7日午後、首相官邸

 ▽政府の情報提供:「3密」そして「8割減」

 こうした危機の中、政府は国民に向けてどのように情報発信をしてきたのだろうか。まず現状の政府からの情報を整理しよう。

 厚生労働省と官邸は、当初から通常のインフルエンザや風邪対策と同じ対策を指示した。基本は手洗いと咳(せき)エチケットだ。次第に、このコロナウイルスは、感染しても5割から8割が無症状か軽症で、会話する時に口から出る飛沫(ひまつ)とともに拡散し、季節性インフルエンザと違って重症化と致死率が高いことが分かってきた。それからは集団感染対策として「3密」を打ち出した。「3密」とは「密閉」(換気の悪い密閉空間)、「密集」(多くの人が密集している場所)、「密接」(互いに手を伸ばしたら届く距離での会話や発声が行われる近距離での会話)を避けようということだ。

 その後、政府は、緊急事態宣言の発出を受け、感染症の専門家からなる会議のモデルに基づき、人との接触を「8割」まで落とそうとの言い方を加える。具体的には、いままで10人と接触していたのならば、それを2人までに減らそうというものである。感染リスクが特に高い繁華街には行かないこと(10割減)も加え、通勤や出勤を減らし、人との接触を段階的に8割まで減らすことを求めた。「8割」の根拠はモデルによって計算されたもので、8割が守られると2週間で感染症が抑えられるという結果が出ている。それが7割であれば感染を抑えることに2カ月か3カ月かかるという。

 ただ、今の問題は、市民の行動を変えさせる明確なメッセージが必要なのに、それが混乱し、一般市民に伝わりにくいことだ。さらには、政府と東京都などが良い例であるが、それぞれが出すメッセージが統一されていないこと、司令塔が複数あることで、さらに混乱してしまっている。

 この混乱の大きな原因は(経済的補償のスタンスの違いからも来るが)、行政のコミュニケーションのまずさにある。しかも、その問題に気付いてさえもいない。

緊急事態宣言後初めての日曜日、マスク姿で戸越銀座商店街へ買い物に訪れた人たち。=4月12日、東京都品川区

 ▽今の問題点:クラスター対策とオーバーシュート対策の混乱

 行政の情報提供のどこが問題なのか。具体的に「どう」行動を変えるとどのような効果があるのか、そしてどんな状況を避けるべきか、が明確にされていないことである。

 「3密」は悪くないが、メッセージとしては不十分だ。「状況」と「根拠」を具体的に、分かりやすくする必要がある。

 例えば、感染は飛沫と接触感染で起きているので、唾がかかる距離での人との会話を避けようとか、発声することで唾が出やすいので、集団で声を出したり歌ったりするような環境は避けようと呼びかけなければならない(例えば日本では剣道道場での集団感染、海外では宗教施設でクラスター感染が起きている)。また、唾と一緒に出た空気中にただようウイルスを室外に出す対流を起こすために、窓をできるだけ2方向開けて換気をしたり、窓を開けておいたりしようとか、多くの人が触るエレベーターのボタンやドアノブを触ったら感染するので、その手でむやみに顔を触らないでおこうとか、あるいは外出から帰ったら手洗いをしようとか、店の入り口でもアルコール消毒をしようとか、人と話す際には離れ、マスクなどで口を覆おうとか、繁華街には行かないようにしようといった説明も必要だ。

 だが、そう言われても、「3密」でないならば良いのではとも思ってしまうし、データがないと本当なのかとも思うだろう。その一方で、院内感染や老人施設内での感染が発生している。人と密に接する職場(接客業や営業職)ではリスクが高いというデータも日本で出始めた。

 このようにさまざまなデータが集まってきているのであれば、どういう状況でどんな感染が起きやすいのか、ハイリスクの環境を具体的に示すデータを(もちろん人権や個人情報に配慮し)、相手に伝わりやすい「メッセージ」に加工する必要があるだろう。

 そもそも「3密対策」はクラスター発生防止策だ。これは初期の段階では有効とされるが、感染源を特定できない感染者が7割に増えている今、これだけでは足りない。今必要なのは、クラスター対策と、感染爆発(オーバーシュート)を抑えるため人の接触を減らすための情報提供の両方だ。「3密」と「8割」は違うことが、理解されていないのではないか。

 その「8割の接触を減らす」という言い方も、「8割」というデータ上の数字をそのまま一般の人たちに投げかけている。だからこの目標は「ざっくり」していて、曖昧だ。10人を2人に減らすと言っても、そもそも10人にも会っていない人はどうしたらよいか。会社での仕事は10割を4割に、さらに2割に段階的に減らすと言っても、強制力がないので、どのくらいの期間で在宅勤務が達成できるのか、疑問が残る。

 8割が7割になっただけで、行動制限の期間が2~3カ月延びるという。だが、具体的に「8割」にできる、できているという人がどれだけいるのだろうか。筆者は在宅ワークで、友人とも取引先とも対面で会わず、繁華街にも行かないが、自分が7割なのか、8割か、6割なのかも分からない。

 曖昧な情報や、みんながバラバラのことを言うのは緊急時の混乱のもとだ。夜間の外出をやめましょう、繁華街は10割避けましょうと言いつつ、居酒屋も時間を限ってお酒を提供し営業できる。どう解釈してよいか分からない。さらに「巣ごもり(自宅にこもっている間)」中に読める本を販売する本屋はどうか。めったに「3密」にはならないし、距離も取れる。ただ、首都圏では多くの本屋さんが商業施設や百貨店に入り、閉店中だ。条件では「3密」かつ、2メートルの距離が取れない地下の食料品売り場が営業中だ。

都営地下鉄の構内に掲示された、夜間の外出自粛を呼びかけるポスター=4日午後、東京都新宿区

 ▽クライシスコミュニケーションで明確なメッセージを送る

 クライシスが起きている今、必要なのはデータ上の数字をそのまま社会に投げることではなく、伝わるように加工し、一貫したメッセージを出すことだ。「数字」や「説明」ではなく、強い「メッセージ」とともに「速やかに」「適切に」情報を出していく必要がある。それが「クライシスコミュニケーション」という考え方だ。

 その際のポイントのひとつは「相手の視点に立ち、分かりやすい言葉で、何度も繰り返すこと」。相手が受け止められる言葉で、短く、印象に残るように繰り返す。大きな文字、グラフィック、誰でも分かるタイポグラフィ、写真や映像も使うことが効果的だ。逆に曖昧なメッセージは避けないとならない。直接的によりは曖昧な表現を好むやり方は日本人がやりがちだが、危機時には絶対に慎むべきだ。

 もうひとつは「ワンメッセージ・ワンボイス」だ。情報がさまざまな人や機関からでること、それが対立する内容だと、受ける側は混乱する。そして、情報や専門家、行政に対する不信感にもつながる。いったん不信感が生まれると、人は信じなくなってしまう。だから、分かりやすく、一貫した情報を、コミュニケーションを通じて相手に投げることで信頼感を得ていくことが肝だ。

政府の緊急事態宣言を受けて記者会見する東京都の小池百合子知事=4月7日、東京都庁

 ▽分かりやすいメッセージの実例

 実はその好例は、いくつか見られる。例えば、小池知事は「Stay home(おうちにいましょう)」、「ソーシャルディスタンス(人との距離を2メートル保つ)」を呼びかけている。日本人はマスクをすることを早い段階で始めているが、接触や飛沫感染を防ぐためには人との距離を空けることが大切だ。一般の言葉にするならば、3人以上の集会や会議をしない、どうしても出勤しなくてはならない場合、会議室内や外出時でも人との距離を2メートル保つなど、具体的な指示・例示にする。

 海外で分かりやすいのは、ドイツのメルケル首相だ。テレビ演説を行い、「今はおじいさん、おばあさんに会うのは止めよう」と話した。若者が高齢者に知らないうちに感染させてしまっている側面を重視し、心に刺さるメッセージを国民に送ったのだ。

 米政府チーム委員のファウチ博士も同様だ。分かりやすい言葉で、記者からの質問に科学的データに基づき誠実に答える。自分はとにかく機会があれば手を洗うよ、一日50回は手を洗うよと、徹底的な手洗いを、すべての米国民に呼びかける。活動範囲が活発な若者、黒人やヒスパニックなどのマイノリティーに向けて「あなた方のブラザーやシスターを守るためだ」と徹底的なソーシャルディスタンシングを行うことで感染を抑制しよう、できる、と自らの言葉で訴えかけている。

 ▽具体的なメッセージを投げかけ、人々の行動を変える

 グーグルやラインなどによる、人の行動データの分析から、行動を変えることでリスクを低減できることが示されている。実際、アメリカやドイツでも、行動パターンを変えること(家にいること、ソーシャルディスタンス、徹底した手洗い)で感染数が抑えられてきている。

 したがって、今すべきことは、数字ではなく、具体的なメッセージを作り、投げかけること。市民の側はそれを受けて行動を変えること。それ以外、選択肢はない。

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 西澤 真理子  リスク管理・コミュニケーションコンサルタント。リテラジャパン代表。インペリアルカレッジ・ロンドンでPhD(リスク政策・コミュニケーション)。福島での原発事故時には福島飯舘村アドバイザー。IAEAパブリックコミュニケーションコンサルタント。著書に『やばいことを伝える技術』(毎日新聞出版)、『リスクを伝えるハンドブック:災害・トラブルに備えるリスクコミュニケーション』(エネルギーフォーラム)など。