新型コロナの影響で、"通学時間の短い"私立中学を選ぶ家庭が増える?

中学受験に関する数字を森上教育研究所の高橋真実さん(タカさん)と森上展安さん(モリさん)に解説いただく本連載。

新型コロナウィルスの感染拡大により、学校も塾も大きな影響を受けています。休校も延長される学校を多く、子どもたちは家庭での生活を余儀なくされている状況です。特に受験を控える新6年生は、厳しいスタートとなっています。

困難な状況といって思い出すのは9年前の東日本大震災。あの時は、遠方の学校を敬遠し、自宅からの距離が近い私立中学を選ぶ家庭が増えました。今回はもまた、同じような傾向が見られるのでしょうか。

今回の中学受験に関する数字…1時間


私立中学の通学時間の目安は?

<タカの目>(高橋真実)

新型コロナウィルスの感染が拡大し、学校再開もさらに延期される自治体が増えてきました。首都圏の私立中学でもゴールデンウイーク明けからの学校再開を発表するところが相次いでいます。

学校は子どもたちにとっては「学習する」場であるだけでなく、友だちと様々に交流することで成長する大切な場でもあります。その学校がお休みなのは、それだけで悲しく、ストレスの多い状況です。今は、外出・活動を自粛し、少しでも早期の収束を願うばかりです。

さて、今回のテーマの数字は「1時間」です。これは、首都圏中学受験での学校選びの目安となる通学時間です。

首都圏では鉄道の相互乗り入れが進み、1時間の通学範囲が広がっています。前回登場した栄東中学は渋谷駅からJR湘南新宿ラインで乗り換えなし1時間弱で最寄り駅まで行くことができます。

栄東では年々都内からの通学生が増えているそうです。東日本大震災のあと、全般的に長距離の通学を敬遠する動きが見られましたが、これも数年のことで、現在は震災前の状態に戻っています。

学校によっては、通学時間の限度を設けているところもあります。これは、通学途中の安全や生徒の健康を考えての線引きです。例えば女子学院では原則として1時間半を通学時間の限度としています。

時間は短くても、通学距離は長いというケースもあります。新幹線駅にアクセスのよい学校で時々見られる「新幹線通学」です。

中には、地方から上京し、祖父母の家に同居して首都圏の私立中学に通う生徒もいます。こうしたケースがある学校では、子どもの成長も考え、慎重に判断するよう学校説明会などで求めています。

全寮制なら通学時間は0分

私立中学の中には通学時間ゼロの学校もあります。寮を持つ学校です。代表的なのは愛知県の海陽学園です。海陽学園はトヨタ自動車、JR東海、中部電力などが中心となり、イギリスの伝統的なボーディング・スクール(全寮制学校)をモデルに設立された男子中高一貫校です。

寮(ハウス)にはハウスマスターと呼ばれる寮監が常駐し、寮生の指導・サポートにあたります。全寮制ではありませんが、寮を持つ地方の私立中学は他にもあり、中には首都圏会場での入試を行っている学校も少なくありません。

昨年、広島県で全寮制の県立広島叡智学園が開校して話題となっているボーディングスクール(全寮制)。今後も増えていくのでしょうか。

今回のコロナの影響は通学時間に影響する?

<モリの目>(森上展安)

にわかに「時間」が問題になってきました。タカの目さんも書かれているように、東日本大震災以降、数年間「近場」の学校選択が強まりました。その後、特にこの数年の中学受験熱の高まりで、再び県境を超えて受験する動きが増大していました。その最中の、このコロナショックの襲来でした。

本稿の掲載は非常事態宣言が出された後になりますが、通学時間が長いと感染リスクが高くなるのも事実ですから、特に私学にあっては休校要請では強くそこが意識されることになります。

もっとも通学に関しては都心に向かう場合で、校外に向かう電車であれば混雑は避けられ「密閉」「密集」「密接」の実情はないと考えられます。

栄東が都内からの通学が高まっているとタカの目さんのご指摘にありますが、千葉の渋幕も都内からの受験生が多いですし、神奈川の聖光もそこは同じです。また、国立の桐朋などもそうです。いずれも都心から郊外に向かうベクトルが強い進学校と言えましょう。

これに対して伝統的に都内の西南地区の学校は神奈川からの流入が多く、東部地区は千葉・埼玉からの流入が多い実情がありました。こうした伝統校の流れは都心に向かうベクトルですから今回のような感染症に対しては残念ながらリスクの高い状況が考えられます。

コロナショックは郊外にある学校の人気につながるか?

前回の東日本大震災では電車滞在時間が長いことが容易に帰宅できずに難民化するリスクとして意識されました。つまり時間即距離ととらえての問題意識でした。

一方、今回はまだコロナショックの渦中であって、このショックがどのように来春の出願状況に影響するかわかりません。ただ、今回のリスクは時間即乗車空間ととらえてのリスクです。従って今学校で多く実行されている時差通学によって「密閉」「密集」「密接」のリスクを下げようとしているわけです。

それでこれは平時でも早朝に通学することで時差通学が実現できますから、そこを織り込んでの学校選択ならコロナショックは後を引かない可能性はあります。しかしこれを機に逆ベクトル、つまり都心から郊外に向かう選好が強まるかもしれません。

タカの目さんの90分限度の学校例として女子学院の名前があがっていますが、桜蔭も説明会等ではそのように説明されているようですし、栄光もWEBにそのように案内がありますから、90分が「限度」という目安だと思います。

加えて寮制の学校はゼロ分だとありますね。大変面白い視点ですね。寮制の場合、そこがクラスターにならないように注意しなくてはなりませんが、それは教室も同じことなので、感染リスクの観点から「3つの密」を避けるなら通信制高校のような遠隔授業を実施するしかありません。

遠隔授業の質の高さも加わり、今後は時間の使い方が重要に

今回、多くの私学が休校期間にオンライン授業を設定していますが、これが一年前ならこんなにスピーディーにオンライン授業を導入できたかわかりません。まさに、図らずも、という感じです。

これにつけて思い出すのは、ユニークな大学として近年注目を集めている「ミネルヴァ大学」です。読者の皆様も最近よく取り上げられるのでお耳にされたことがあるでしょう。

この大学の特徴は学費が極めて安い、ということですが、これを実現しているのが件の遠隔授業と寮です。すなわちキャンパスを持たないで、世界の都市にある寮を4年の間に巡ってカリフォルニアの大学本部から送られるライブの遠隔授業を午前中に受け、午後はその寮のある都市のケーススタディをPBL(問題解決型学習)で学ぶというもの。

そこには両方(遠隔授業と寮)の長所を生かして、質は高くて学費の安い大学を世に送り出そうという大学創立者の強い思いがあるようです。

この大学の成功が意味するものは、遠隔授業が極めて質の高いものになっているということと、寮制というアメリカの大学生の長時間学習を支えるシステムとがうまくかみ合っている、ということだと思います。

翻って日本の中高生の通学制の結構な通学時間と、寮制学校というあり方、遠隔授業の内容など考えさせられます。素直に言えばミネルヴァ大学では時間の使い方がとてもシビアに追及されていることに驚きます。

その昔、東大に大量に合格者を輩出することで全国に名を轟かせた桐蔭の故鵜川校長が営々と毎日90分予習復習をしさえすれば東大に合格できる、と日々の時間の使い方こそが大切だと説いていた記憶があります。

これは受験勉強だけでなく、認知科学の面からも日々90分の読書は脳のメンテナンスに効き目がある、とものの本にありましたから、要は通学時間をどう過ごすか、ということでもあろうかと思います。

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