ベンチで応援歌を口ずさんだ甲子園… 中日京田が抱く鳥谷敬への敬愛と忘れられない夜

中日・京田陽太【写真:小西亮】

子供の頃から鳥谷に憧れ続けてきた京田「僕にとってのアイドル」

 甲子園球場を揺らすスタンドの歌声が、秋の夜空に響く。打席には、縦縞の背番号1が立っている。「夢乗せてはばたけよ 鋭いスイング魅せてくれ さあ君がヒーローだ……」。大合唱に合わせ、思わず口ずさむ。三塁側ベンチの隅っこで、青いユニホームの背番号1は、グラウンドの光景を目に焼き付けていた。

「もちろん、応援歌は歌えます」。中日の京田陽太内野手は、当然のように言う。2019年9月30日、退団が決まっていた鳥谷敬内野手の阪神最後の打席。京田は直前に交代を告げられていた。ベンチの中で、打席が少しでも見えやすい場所に移動。「応援もすごくて。月並みな言葉ですが、感動しました」。少年時代から唯一無二の道しるべにしてきた存在は、やっぱり圧倒的だった。

 負担の大きな遊撃で、さも事もなげに試合に出続ける姿に惹かれてきた。「僕自身、小中高大とすべて1年生から試合に使ってもらっていたので、ずっと出るということを目標にしていた部分もあると思います」。用具メーカーも真似て「ナイキ」を使用。中日入団後、オープン戦で“生の姿”を目撃した時は「女子高生がEXILEを見た時のような感じですね。僕にとってのアイドルです」と少女のような満面の笑みを浮かべるほど。入団以来ずっと欲しかった同じ背番号1も、3年目につけることができた。

 ゆっくり話す機会を得たのは2年目のころ。ベテランの荒木雅博(現1軍内野守備走塁コーチ)に誘われた食事会だった。テーブルには荒木、福留孝介、そして鳥谷。「3人合わせて6000安打以上ですよ……。緊張というか、不思議な世界でした」。ほとんど聞き役に回っていたが、話題は野球のことばかり。「すごい成績を残されている方々は、やっぱり野球が好きなんだな」と改めて思い知らされた。

 球場で会えば挨拶できる間柄になり、グラブをもらったこともある。それと同じ型のグラブを作り、練習用として使っている。聞けばアドバイスくらいしてくれるかもしれない。だが、簡単に答えをもらうより、背中を見て学び取りたい。

鳥谷から受けた教え「全てが平均点以上であってこそ、試合に出られる」

「飛び抜けた部分はないが、穴もない。だから試合に出続けられる」。かつて鳥谷が語ったその言葉を知り、京田は自身に落とし込む。「打つ、走る、守る。すべてが平均点以上であってこそ、試合に出られる。僕にはまだ足りない部分がある」。

 1年目に新人王を獲得し、3年連続で140試合以上に出場して遊撃のレギュラーにはなった。「守備は自信が出てきました」。果敢な走塁にも磨きをかけている。誰の目から見ても明らかな課題は打撃。昨季、四球数はほぼ倍増して出塁率は改善したものの、打率.249では物足りない。

 新たに選手会長になった4年目。京田にとっては意外にも思える数字を目標に掲げる。安打数でも打率でも出塁率でもない。「野球は点取りゲーム。打点にこだわっていきたい」。過去3年で最多は2018年の44打点。「今季は60~70くらいを目指したい」と見据えている。

 まだシーズンの幕は開かない。新型コロナウイルス感染拡大が深刻化し、先行きは見通せない。憧れの存在がロッテで現役を続けることになったのに、公式戦で見られない状況ももどかしい。「京田、成長したなって思ってもらえるように」との思いで、今は感染予防を徹底しながら汗を流す。「ずっと気を張り詰めていてもダメ。いい意味でいったん気持ちを切って、また開幕が決まったら集中していきたい」。真価が問われる舞台の到来を、待ち焦がれている。(小西亮 / Ryo Konishi)

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