『達人、かく語りき』沢木耕太郎編著 偉才とのトークセッション

 ノンフィクション作家の沢木耕太郎は、ある年代にとって特別の輝きを持つ存在だ。1980年代、『深夜特急』を読んで、どれほどの若者が海外に旅立ったことか。その沢木が著名人と対談した記録を10編ずつ、全4冊の「沢木耕太郎セッションズ〈訊いて、聴く〉」にまとめた。顔ぶれを見て、迷わずこの第1巻を取り上げることにした。

 最初に吉本隆明が登場する。戦争に負けた時は死ぬ時と思い定めていた吉本は、負けてもなぜか死なない自分を見出し、「理念による死」が間違いであることを悟る。「(戦後)できるだけデレデレする……勇気のない者でなければいけないんだ……できるだけそうやってやろうというふうに来たと思いますね」

 高峰秀子は終始さっぱりきっぱりして、諦念と裏腹のカラリとした快活さが小気味いい。「私は夕日見たって、『フン、赤いや』と思うだけだし、海がありゃ、『海、ああ青いね』と思うだけだから」

 淀川長治の絶妙の話術に乗って話が転がっていく。その映画に対するあふれる思いに心打たれる。「僕から映画をとったら? やっぱり残酷な男だ、おまえは(笑)。映画とったら何も残らないですよ、ほんとうに」

 井上陽水は35年来の知己とあって、珍しく胸襟を開いて語りあっている。「あの頃の沢木さんの語り口とか人に対する態度とか、今もあんまり変わってないような気がするんだけど、俺はなんて変わったんだろうと思って。つまり、今も多少そうだけど、あの頃は自意識過剰少年がいたと思うわけよ。なんだったんだろうね、あの頃は」

 吉行淳之介、磯崎新、西部邁、田辺聖子、瀬戸内寂聴、羽生善治。味わいは異なるが、どれもこれも夢中で読んだ。

 可能な限り準備をして対談に臨むという沢木は、一方でその場のノリと流れに乗っていく。用意した質問もあれば、思いつきの問いもある。相手の言葉を正確に受けとめて、直球、速球、変化球を自在に投げ返す。まさにジャムセッション。達人たちの名演奏だ。

(岩波書店 1700円+税)=片岡義博

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