国内外から注目の古代サウナが存続危機 ブームで大人気なのに、香川の「塚原から風呂」

 今はコロナ感染症対策で全国的に「Stay Home」となっているが、サウナブームはこのところずっと盛り上がっている。愛好家は「サウナー」と呼ばれ、彼らの日常を描いた漫画「サ道」がテレビドラマ化された。空前と表現されるほどの人気の中、1300年の歴史を誇る香川県の「古代サウナ」には、国内外から注目が集まる。にもかかわらず保存会によると今は存続が危ういという。なぜだろうか。実際にから風呂を体験し、人気なのに経営危機だという理由を取材した。(共同通信=古橋遥南)

風呂の中で大量の薪を勢いよく燃やして準備する=筆者撮影

 ▽蒸し風呂

 香川県の古代サウナとは、四国遍路結願(けちがん)の地である大窪寺で知られる同県さぬき市の「塚原から風呂」だ。東大寺の大仏建立に協力した奈良時代の高僧・行基が人々の病気を癒やすために作ったとされる。

 最寄りの琴電長尾駅から車で5分ほどの場所にある塚原から風呂の営業日は毎週木曜日から日曜日までの4日間。正午にオープンし午後9時に終了する。新型コロナウイルス感染予防の観点から、現在は5月6日までの予定で臨時休業している。入浴料は500円だ。男女共用の風呂は二つあり、石をドーム状に積み上げている。それぞれの大きさは同じで、幅約1・2メートル、奥行き約2・7メートル、高さ約1・7メートル。10人ぐらいが入れる。

 風呂の中で大量の薪を燃やした後に、床に敷き詰めたむしろに塩水をまき、発生させた蒸気で体を温める。江戸時代中期まで一般的だった「蒸し風呂」と同じ形態。から風呂の漢字表記と考えられる「空風呂」は蒸し風呂のことだ。加熱直後で温度が高い風呂を「あつい方」、時間がたった風呂を「ぬるい方」として使う。「あつい方」の温度は150度近くに達するという。

塚原から風呂の「あつい方」。中には先客がいた=筆者撮影

 ▽呼吸もままならない

 本場フィンランドへの旅行でサウナに目覚め、暇を見つけては近所のサウナで汗を流している筆者(24)が今年1月に「あつい方」を体験した。まず、やけどをしないように長袖長ズボンに頭巾をかぶる。続けて草履を履き、口と鼻はタオルで覆った。最後に体全体を毛布で包む。これでもかというほどの重装備で、風呂に入るとは思えない格好だ。草履と頭巾、座布団、毛布は無料で借りることができる。汗を流すシャワールームも併設している。

 「壁には絶対に触れないで」。風呂に入ろうとした筆者に、保存会の小林憲一会長(72)が声を掛ける。扉を開けるやいなや熱風に襲われ、思わずたじろぐ。床に座ると1分もしないうちに大粒の汗が噴き出し始めた。あまりの高温に肌はじりじりと焼けるように痛く、呼吸もままならない。

 目を閉じて汗が全身をつたう感覚に集中してみる。次第に、修行をしているような錯覚に陥っていく。あと10秒、あと5秒…。我慢を続けたが、約3分でギブアップ。逃げるように飛び出した。すると「結構頑張ったね」と常連客。初めての人は1分間も入っていられないという。「ぬるい方」は一般的なサウナとほぼ同じ約90度前後なので、会話を楽しみながらじっくりと汗をかける。

  休憩所の窓から吹き込む風が気持ちよく汗がすっと引いてゆく。7、8回繰り返すと体が軽くなり、頭の奥の方がぼうっとしてくる。大量の汗で持参した2リットルの水はあっという間になくなっていた。体の中の悪いものが全て流れ出たような気がする。この日はぐっすりと眠れた。

塚原から風呂の外観=筆者撮影

 ▽人気の裏で

 魅力にあふれた塚原から風呂が今、存続の危機に直面している。運営を担う保存会メンバーの高齢化が進んだことに加え、施設の維持管理費を確保することが難しくなっているからだ。実際、2007年には費用不足で1年間営業を休止した。この時は「地元の遺産は自分たちで守る」と立ち上がった住民が保存会を設立。賛同した約300人から集めた会費を充てることで再開にこぎ着けた。ただそれから約12年がたった現在、会員は半分以下に減ってしまった。

 「石風呂民俗誌」の著書がある愛知大の印南敏秀教授(67)によると、塚原から風呂のような石風呂は温泉が少ない瀬戸内海沿岸を中心に普及した。以前は200カ所以上あったが、オーナーの高齢化や利用者の減少などを理由に次々と閉鎖している。残っている石風呂でも月1回程度か予約制での営業がほとんどで、週4日営業している塚原から風呂は貴重な存在だといい「ここがなくなれば瀬戸内の文化がなくなる」と懸念する。

 「最初は熱くて熱くてたまらなかった」。40年以上通う男性(84)が笑いながらそう話した。今では上半身裸で入っても平気というのだから驚く。他にも「ここを知ったら他のサウナには行けない」「肩の痛みがなくなった」「肌がつるつるになる」「痔(じ)が治る」などと各自がそれぞれの効能を見つけて通う。サウナブームの追い風もあり、ここ数年の利用者は3千人を超え、若者や県外から訪れる人も増えた。

 それでも、経営が苦しいのは国や県などからの支援を受けていないことが挙げられる。国指定重要有形民俗文化財に指定されている山口県の石風呂は国からの補助金などがある。これに対し、塚原から風呂は未指定。さぬき市からの支援はあるが従業員の人件費を賄うのがやっと。日々の運営に必要な費用は少なくなく、保存会員の会費と入浴料ではとても足りないのが現実だ。

 「いつまで続けられるか…」。不安を募らせる小林会長は祈るように「石風呂は使い続けないと意味がない。少しでも多くの人に利用してもらい、価値や貴重さに気付いてほしい」と話した。

奥に見える風呂から出た人たちが休憩所で体を休めていた=筆者撮影

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