戦前は、オリンピックの男子両スタイルに出場する選手は、さほど珍しいことではなく、両スタイルでメダルを取る選手もいた。戦後の5選手を合わせ、15選手が両スタイルでメダルを手にしている。
その中で、両スタイルで金メダルを取ったのは3選手。カーロ・ヨハン・ヤルマリ・アンチラ(フィンランド)が1920年アントワープ大会のフリースタイル67.5kg級で、1924年パリ大会のグレコローマン62kg級で金メダルを取った。
1932年ロサンゼルス大会では、イバ-・ヨハンソン(スウェーデン)がグレコローマン72kg級とフリースタイル79kg級でW金メダルを獲得。1936年ベルリン大会ではクリスチャン・パルサル(エストニア)が、両スタイルの+87.5kg級でW金メダルを手にした。
3選手に共通するのは、“専門”はグレコローマンの選手だったこと。アンチラは世界選手権のグレコローマンで2度優勝、ヨハンソンは欧州選手権グレコローマンを7度制覇し、パルサルも欧州選手権グレコローマンに2度出場し、1度制している。
「両スタイル通算のメダル獲得ランキング」(クリック)でも紹介したが、ウィルフリード・デードリッヒ(西ドイツ)は、両スタイルで5個のメダルを取った。世界選手権でも両スタイル均等に出ているので、本当の“両刀使い”だった。メダルは手にできなかったが、1964年東京大会のフリースタイル、1972年ミュンヘン大会の両スタイルにも出場しており、5大会連続で合計8回、オリンピックのマットに立っている。
最近は、以前とは比べものにならないほど技が高度化し、各国のレベルも上がっているので、両スタイルでの出場は見当たらない。2015年世界選手権でバイラル・マコフ(ロシア)が両スタイルの最重量級で銅メダルを獲得。翌年のリオデジャネイロ・オリンピックでは久しぶりの両スタイル・メダリストの期待も出てきたが、グレコローマンの国内予選で敗れ、フリースタイルのみの出場となり、初戦敗退に終わった。
なお、日本選手で両スタイルの代表となったのは、1924年の内藤克俊、1972・76・80年の伊達治一郎(80年は不参加)、1968・72・76年の磯貝頼秀の3選手。内藤はフリースタイルで銅メダル、伊達もフリースタイルで金メダルを取ったが、両スタイルでのメダル獲得はならなかった。
両スタイルでのメダル獲得選手は下記の通り。
オリンピック・男子両スタイルでのメダル獲得選手
No. 選 手 名 国 名 金 銀 銅 年 ・ 階 級
1 Johansson, Ivar スウェーデン 3 1932年(GR79金・FS72金)、1936年(GR79金)
2
Svensson, Rudolf
スウェーデン
2
2
1924年(GR82.5銀・FS87銀)、
1928年(GR+82.5金)、1932年(GR87金)
3 Anttila, Kaarlo Johan Jalmari フィンランド 2 1920年(FS67.5金)、1924年(GR62金)
〃 Palusalu, Kristjan エストニア 2 1936年(FS+87金・GR+87金)
5
Dietrich, Wilfried
西ドイツ
1
2
2
1956年(GR+87銀)、60年(GR+87銀・FS+87金)、
1964年(GR+97銅)、1968年(FS+97銅)
6 Kirecci, Ahmet Mersinli トルコ 1 1 1936年(FS79銅)、1948年(GR+87金)
7 Ehrl, Wolfgang ドイツ(旧) 2 1932年(GR61銀)、1936年(GR66銀)
〃 Robin, Daniel フランス 2 1968年(FS78銀・GR78銀)
9 Berlin, Per スウェーデン 1 1 1952年(FS銀)、1956年(GR73銅)
〃 Karlsson, Jan スウェーデン 1 1 1972年(FS74銀・GR74銅)
〃 Neo, August エストニア 1 1 1936年(FS87銀・GR87銅)
〃 Nystroem, Hjalmar Eemil フィンランド 1 1 1928年(GR+82.5銀)、1936年(FS+87銅)
13 Bajko, Karoly ハンガリー 2 1968年(GR78銅)、1972年(FS90銅)
〃 Hirschl, Nikolaus オーストリア 2 1932年(FS+87銅・GR+87銅)
〃 Karlsson, Einar スウェーデン 2 1932年(FS61銅)、1936年(GR61銅)