無実の罪で服役中、大好きだったおばあちゃんはこの世を去った 冤罪生み出した「黒い正義」~湖東記念病院再審から考える

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2005年に亡くなった祖母スミさんの墓前で手を合わせる西山さん(2020年4月4日午前10時50分、滋賀県豊郷町八町)

 「見守ってくれてありがとう。やっと無罪になりました」。西山美香さん(40)は、判決から一夜明けた2020年4月1日に母方の祖母美恵子さん、4日に父方の祖母スミさんの墓に手を合わせた。2人は、勾留・服役中にこの世を去っていた。

 両親が共働きで、「おばあちゃん子」だった。社会人になった頃、美恵子さんとよく2人でクレープやかき氷を食べに行った。正月や盆は料理上手のスミさんの家で、煮物や得意の漬物を味わった。湖東記念病院に勤めていた03年の敬老の日、2人を豆腐料理屋に招待した。「また連れて行く」と約束したのに、果たせなかった。

 殺人容疑で西山さんが04年7月に逮捕された後、2人の祖母は、ふさぎ込む両親を「娘を信じなくてどうするんだ」と励ましていた。西山さんは獄中から手紙を送り、「体弱ってきたんやろな」「リハビリ頑張って」と祖母を気遣った。

 スミさんは、公判中の05年に88歳で亡くなった。西山さんは手錠をはめることを条件に葬儀への出席を許されたが、「小さなまちで手錠なんてしていたら、何と思われるか」と行けなかった。美恵子さんが11年に83歳で亡くなった時は服役中で、17年の出所後に知った。「待っててくれると思っていたのに」。臨終に立ち会えなかったのは、警察と司法の大罪だ。

 西山さんは24歳で逮捕され、37歳まで服役した。奪われた13年を「両親は、私が普通に恋をして結婚をし、孫の顔を見たかったと思う。それができなかった」と悔しがる。

■「奪われるのは、やはり時間」つながる冤罪被害者たち

 「冤罪(えんざい)で奪われるのは、やはり時間」。大阪市東住吉区の民家火災で1995年、女児が死亡した「東住吉事件」で、放火して小学6年の長女を殺害したとして無期懲役判決を受け、服役後に再審で無罪が確定した青木惠子さん(56)は語る。

 逮捕当時8歳だった息子が、無罪確定後に出所した時は29歳。毎日どうしているか心配で、会いたくてたまらなかった。でも、今は誰より緊張する相手になった。「もう大人になって、他人みたい。私を必要としてくれる時期に一緒に過ごしたかった。息子と離された時間は、お金ではどうにもならない」

 青木さんと西山さんは、和歌山刑務所で同室になったことがあった。自暴自棄になる西山さんを、青木さんは「エネルギーは裁判に使おう」と励まし、作業を教えてくれた。「獄友(ごくとも)」と呼び合う2人は、今も誕生日にプレゼントを贈り合う仲だ。

 冤罪という同じ経験をした者だからこそ、苦しみや悔しさが理解できる。西山さんは「他の被害者を支えたい」と、獄中で冤罪を訴える知人に本を差し入れ、他の再審事件の応援に出向く日々だ。再審判決前日の3月30日も、第4次再審請求を申し立てる「大崎事件」の原口アヤ子さん(92)の応援で、鹿児島地裁前でマイクを握った。

 今、冤罪被害者を中心に再審の在り方を考える大きな動きが生まれている。

■火の粉をかぶった自分たちが、ほかの冤罪被害者のために

 「火の粉をかぶった自分たちで、再審の在り方を変えたい」。2019年3月2日、再審に関する法改正や冤罪(えんざい)検証機関設置などを目指す「冤罪犠牲者の会」が東京で設立された。現在、冤罪被害者とその家族、支援者ら約100人が参加する。

 発起人の桜井昌司さん(73)=水戸市=は、長年無実の罪を着せられてきた被害者の一人だ。桜井さんも、逮捕から21年後に再審無罪を受けた東住吉事件の青木惠子さん(56)と同様、冤罪で最も奪われるものは「時間」だと話す。

 桜井さんは1967年発生の強盗殺人事件「布川事件」の犯人とされ、無期懲役判決を受けた。29年間の勾留・服役中に「両親を亡くし、親になる機会も失った」。11年の再審無罪まで汚名をすすげなかった。

 滋賀県のもう一つの再審事件・日野町事件(84年発生)で、強盗殺人罪で無期懲役が確定した阪原弘さんは、第1次再審請求中の11年に75歳で獄中死した。18年7月に大津地裁で再審開始決定がなされたが、大津地検が大阪高裁に即時抗告し、まだ再審の扉は開いていない。

 検察の不服申し立ては、再審開始の大きな壁だ。冤罪が疑われる事件で、地裁が再審開始決定を出しても、すぐに再審は始まらない。検察側は不服があれば即時抗告でき、高裁が決定しても特別抗告できる。多くの場合、検察側の抗告理由は明らかにされず、従来通りの有罪立証を続けているだけなのに、冤罪被害者の時間は数年単位で奪われる。

 西山美香さん(40)も大阪高裁で再審開始決定後、大阪高検が最高裁に特別抗告し、雪冤(せつえん)の日は1年3カ月も延びた。犠牲者の会は、再審決定後の検察の不服申し立て禁止を強く訴えている。

■今も高き「再審の壁」 全国で少なくとも12件が再審請求中

 再審の在り方を変えようとする動きは、法学者や弁護士にも広がる。2019年5月20日、「再審法改正をめざす市民の会」が立ち上がった。大きな柱は「再審請求段階での全証拠開示」と「検察の不服申し立ての禁止」「再審手続きの整備」だ。

 再審は、刑事訴訟法で「無罪を言い渡す明らかな証拠を新たに発見した場合」に開始すると規定されている。ただ、詳細な規則はない。警察や検察に眠っている証拠をどれだけ開示するか、どのように審理を進めるかといった運用は、裁判官の裁量にゆだねられ、「再審格差」として問題視されている。

 市民の会共同代表で、湖東記念病院第1次再審請求の弁護団のメンバー村井敏邦さんは、「法律がないから検察は新証拠を出さないし、不服申し立てを行う。再審の大きな目的は『冤罪被害者を救済する』なのだから、再審の長期化も避けるためにも法整備が必要」と指摘する。

 「有罪とするのに疑問が残れば再審を開始すべき」。刑事裁判の鉄則を再審についても示した1975年の最高裁白鳥決定から、45年近く。現在、日弁連が支援する再審請求は、日野町事件をはじめ全国で12件あり、検察の不服申し立てや開示されない証拠と闘い続けている。

 3月31日の西山さんの再審判決。大西直樹裁判長は説諭で「刑事司法全体の改善につなげることが大切」と強く呼びかけた。「正義」を掲げる警察と検察、裁判所には受け止めるべき責任がある。西山さんは「被告人一人一人の声をしっかり聞いてほしい。当たり前のことが当たり前にできる司法に、変わっていってくれたら」と願っている。

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 「事件性すら証明されていない」。再審で無罪判決となった湖東病院の患者死亡。ないはずの「殺人事件」を生み出したのは、虚偽の自白を誘導し、強引な有罪立証を進めた警察と検察だった。16年にわたり無実の罪を着せた「正義」とは何か、問う。

西山さん(右下)の再審判決には、冤罪被害者の青木さん(左下)らも駆けつけた。再審の在り方を変えるため、被害者が積極的に動き出している(2020年3月31日、大津市京町3丁目・大津地裁)
自身の裁判資料を見る桜井昌司さん(水戸市)
再審判決で無罪となり、大津地裁前で涙を流す西山さん。被告人一人一人の声をしっかり聞く司法に、と願っている(2020年3月31日午後0時21分、大津市京町3丁目)