離島医療続け63年 市が感謝状 武林幸子さん(93)

63年間にわたって対馬の地域医療に貢献し、市から感謝状を受けた武林医師=対馬市立佐賀診療所

 63年間にわたり長崎県対馬市の地域医療に貢献してきた同市峰町佐賀(さか)の医師、武林幸子(こうこ)さん(93)が3月末で市立佐賀診療所を退職した。武林さんは市から感謝状を受け「診療を続けてこれたのも地域の協力があったからこそ。みなさんも健康に気をつけて過ごしてください」と呼び掛けている。
 武林さんは1927年、無医村を解消しようと対馬の旧・峰村佐賀などで個人病院を開業した小貫貫哉(おぬきかんや)医師(茨城県出身)の長女として誕生。45年4月、日本統治下の朝鮮半島にあった京城(けいじょう)女子医学専門学校に入学したが、終戦で廃校となり同年10月、名古屋市立女子高等医学専門学校に編入。同校卒業後の52年、医師国家試験に合格した。
 同年、東京大医学部を卒業した夫の武林功(いさお)さん(東京都出身)と東京でインターン中に知り合い、その後結婚。2人で対馬に移り57年から夫婦で旧・峰村立対馬中央病院に勤務。当時は道路が発達しておらず、馬や漁船に乗って山を越え、海を渡り往診したという。
 同病院が閉院し、佐賀診療所が開設された68年から功さんが所長、幸子さんが勤務医を務めたが、80年に功さんが54歳で死去したことを受け、幸子さんが所長を引き継いだ。専門は内科と小児科だが、イカ釣りの町として知られる佐賀地区では操業中の事故も多く、同地区唯一の医療機関として、指先などの縫合手術も担った。へき地保健衛生功労で、2002年には勲五等宝冠章を受章した。
 17日、比田勝尚喜市長が同診療所を訪ね、幸子さんに感謝状と花束を贈り労をねぎらった。幸子さんは「みんな親戚のように接してきました。今でも、どの家族の患者さんか顔で分かります」とほほ笑んだ。

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