コロナ損失補償、憲法に基づき請求できる 安倍首相は「現実的ではない」と繰り返すが…

By 竹田昌弘

 新型コロナウイルスの感染拡大を巡り、安倍政権は7日、改正特別措置法の緊急事態宣言を発令し、16日には対象区域を全国に広げ、各都道府県は相次いで一部の事業者に休業や営業時間の短縮を要請した。事業者の損失は深刻だが、安倍晋三首相は「個別の損失に限定して直接補償を行うのは現実的ではない」(14日の衆院本会議など)と繰り返している。しかし、憲法29条3項は「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる」と損失補償の制度を定め、最高裁の判例によれば、29条3項を根拠に損失補償を請求できるという。(共同通信編集委員=竹田昌弘) 

人通りがほとんどない大阪・戎橋=18日午後

■公共の福祉に適合する限り、法律で財産権を規制 

 まず憲法29条は何を定めているのか。1項で「財産権は、これを侵してはならない」とする一方、2項では「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める」としている。この1項と2項は、私有財産制度の下、財産権は基本的人権として保障されるものの、社会全体の利益を考慮して財産権に制約を加える必要性が増大したため、立法府は公共の福祉に適合する限り、法律で財産権を規制できることにしたと解釈されている(共有林の分割を制限していた森林法を憲法違反と判断した1987年4月の最高裁判決)。 

 3項は、2項によって定められた法律で財産権を侵害された人への損失補償を定めている。「公共のために用いる」とは、社会全体の利益のために使うという意味で、戦中に制定された食糧管理法が国民の食糧確保や経済の安定を図るため、生産者の財産権を制限し、米や麦などの主要食糧を法定の価格で政府に売り渡すよう定めているのは、憲法29条3項により、私有財産を正当な補償の下に買い受け、これを公共のために用いることに他ならないとされている(52年1月の最高裁判決)。

緊急事態宣言後初めての日曜日、百貨店の休業のお知らせが張られていた=12日午後、東京・銀座

  3項の「正当な補償」とは、その当時の経済状態から考えられる価格に基づき「合理的に算出された相当な額」とされ、必ずしも市場価格で全額補償しなくてもいいとの判断基準が示されている(53年12月の最高裁判決)。戦後の農地改革で、政府が地主から田畑を強制的に買収した際の対価は、市場価格を大きく下回ったが、最高裁はこの判決で、正当な補償と認めた。ただ農地改革は平等な個人で構成される社会とするための例外的な措置であり、最高裁はその後、公共事業による土地の収用で補償金の額が争われた訴訟の判決(73年10月)では「完全な補償をなすべきだ」としている。 

■特定の人に「特別の犠牲」負わせた場合だけ 

 国や地方公共団体に財産権を侵害された場合、誰でも損失補償されるわけではなく、損失補償は特定の人に「特別の犠牲」を負わせ、公平に反する場合と説かれている。最高裁は68年11月、宮城県・名取川で砂利を採取していた業者が知事の許可制となった後も、許可を得ないで砂利採取を続けたため、河川付近地制限令(当時)違反の罪に問われた事件(名取川事件)の判決で、知事の許可を受けること自体は「特定の人に対し、特別に財産上の犠牲を強いるものとはいえず、公共の福祉のためにする一般的な制限であり、原則的には、何人もこれを受忍すべきである」との判断を示した。

閑散とする京都・先斗町=18日夜

 また法律に損失補償が定められているケースを見ると、例えば、消防法29条は①消火や延焼防止、人命救助のために必要な場合、火元の建物を処分(破壊)できる(1項)、②火の勢いや気象状況などから合理的に判断して延焼防止のためやむを得ない場合、延焼のおそれがある建物を処分できる(2項)、③消火や延焼防止、人命救助のために緊急の必要があるときは、①と②以外の建物も処分できる(3項)と規定し、③の建物だけ損失補償を認めている(4項)。火元の①と延焼のおそれがある②は、公共の安全に危害を及ぼす状態にあり、損失補償がないのは、公共の福祉のため、何人も受忍すべき一般的な制限だからだが、消防車が通過するためなどに建物を破壊される③の処分は、特定の人に「特別の犠牲」を強いるものと考えられているのだろう。 

 一方、名取川事件の最高裁判決では、提訴を巡っても重要な判断が示された。この事件の業者は、砂利の採取が知事の許可制になる前から、付近の土地を賃貸借し、労働者を雇って砂利を取っていた。このため、最高裁は「特別の犠牲を課したとみる余地が全くないわけではない」とし、河川付近地制限令には、そうしたケースの損失補償の規定はないが「一切の損失補償を全く否定する趣旨とまでは解(釈)されず、被告もその損失を具体的に主張立証して、別途、直接憲法29条3項を根拠として、補償請求をする余地が全くないわけではない」との見解を示した。この判決などから、法律に損失補償の規定がない場合でも、憲法29条3項を直接の根拠として、裁判を起こすことができると解説されている。(長谷部恭男さん著「憲法講話-24の入門講義」、宇賀克也さん著「行政法概説Ⅱ-行政救済法(第6版)」、大橋洋一さんら編「行政法判例集Ⅱ-救済法(第2版)」を参照) 

クラブなどの看板に張られた臨時休業のお知らせ=13日夕、福岡・中州

■事実上、休業命令の状態をどう判断するか 

 そこで、今回の休業や営業時間短縮の要請に伴う損失補償について検討する。全国知事会は休業などの損失補償を求め、共同通信の世論調査では、82%が「補償すべきだ」と回答しているが、安倍政権は損失補償を否定し続けている。確かに、新型コロナウイルス特措法には、都道府県が臨時の医療施設を開設するため、土地を使用した場合などの損失補償は定められているが、休業などの損失補償についての規定はない。判例により、憲法29条3項に基づき直接請求するしかなく、安倍政権が翻意しない限り、損失補償は裁判次第となる。

国に損失補償を求める緊急提言をまとめた、全国知事会のテレビ会議=8日、東京都千代田区 

 3人の弁護士に話を聞いたところ、休業や営業時間の短縮は新型コロナウイルスの感染防止という社会全体の利益のためであり、仕事ができなくなって収入がなくなったり、営業時間の短縮で収入が減ったりしたのは、財産権の制限に当たる。休業などを要請されていない事業者も多く、今回の財産権の制限は、受忍しなければならない公共の福祉のためにする一般的な制約ではなく、特定の人に特別の犠牲を強いるものだという意見が多かった。憲法29条3項の私有財産を「公共のために用いる」ケースに当たりそうだ。

 ネックとなりそうなのは、休業などが都道府県による要請にとどまり、指示や命令といった行政の処分ではない点だという。ただ飲食業のほか、音楽や演劇の関係者、映画館やデパートなどは横並びで休業を余儀なくされ、事実上、休業を命令された状態だ。裁判所がこうした状況をどう判断するかにかかっている。

■協力金などに加え、独仏伊のような補償制度が必要

 とはいえ、共同通信の取材によると、フランスは自宅待機の従業員が原則として給与の約84%を受け取れる補償制度、ドイツには自営業者らへの支援金に加え、企業が従業員の勤務時間を短縮し、政府が手取り給与の60%(子どもがいる場合は67%)を肩代わりする制度、イタリアにも支援金のほか、正規労働者の給与を最大80%補償する制度がある。日本は雇用調整助成金や各都道府県の協力金などでやり過ごそうとしているが、さらに損失補償の制度が必要ではないか。(了)

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