異色のワールドミュージック? デッド・カン・ダンスの異教礼讃音楽 1990年 6月11日 デッド・カン・ダンスのアルバム「エイオン」がリリースされた日

4AD美学を体現した存在、デッド・カン・ダンス

拙著『ゴシック・カルチャー入門』(P-VINE)番外編として、今回はデッド・カン・ダンスを取り上げたく思います。このバンドも4ADレーベル所属(のち離脱)でして、レーベル代表のアイヴォ・ワッツ=ラッセルなどは、

「コクトー・ツインズ、デッド・カン・ダンス、そしてディス・モータル・コイルが私にとって4AD美学を体現した存在だ」

…と讃えるくらいです(マーティン・アストンの著書『4AD物語』より)。日本での知名度はそれほど高くないとはいえ、しっかり紹介する必要はあるかと思います。

このオーストラリア出身のバンドはリサ・ジェラルド、ブレンダン・ペリーの男女二人が中心で(バンド活動初期は恋愛関係にもあった)、主たる特徴として中世西洋音楽、ルネサンス音楽やバロック音楽などの古楽(アーリー・ミュージック)的な要素をもち、また、揚琴(ヤンチン)などのオリエンタルな楽器を多用する点が挙げられます。

ルネサンス音楽への関心を高度なレベルで表現した「エイオン」

今回紹介する『エイオン』というアルバムは、彼らの中世ルネサンス音楽への関心が高度なレベルで表現されたものです。

ジャケットアートにルネサンス期の画家ヒエロニムス・ボスの『快楽の園』が使われておりますが、ブレンダン曰く、収録曲は「ボスの時代と同じもの」だそうです。例えば「サルタレロ」という曲は14世紀イタリアの伝統的な舞踏音楽で、「巫女のうた(The Song of the Sibyl)」は16世紀カタロニア(スペイン・カタルーニャ)のグレゴリオ聖歌です。

なお、ジャケットのボスの絵では、透明な膜のなかに裸の男女が包まれておりますが、リサとブレンダンは前作『暮れゆく太陽の王国で(Within the Realm of a Dying Sun)』(1987)完成後、恋愛関係を解消しています。ブレンダンはこの絵が「一種の錬金術的なタイムマシーンで、僕とリサが過去に転送された情景を連想させる」などと怪しげなことを言っており、未練がましさを感じさせます。

コクトー・ツインズとの類似性、その後強まるエスニック色

ところでデッド・カン・ダンスはレーベルメイトのコクトー・ツインズとよく類似性を指摘されます。恋愛関係にある(あった)男女二人が中心で、女性ヴォーカルが天使的な歌声の持ち主で、相方はテクニシャンという共通点もあります。

前回のコラム『コクトー・ツインズの原点「ガーランズ」呪術と電子工学の出会い』でエリザベス・フレイザーが自分で作った人工言語で歌うことをお話ししましたが、リサも同工異曲のことをやっており、それが花開くのは次のアルバム『イントゥ・ザ・ラビリンス』という彼らの最も売れたアルバムにおいてです。トラックでいうと1、5~7、9~10は、もはや “グロッソラリア”(神が降りてきて話すような難解な言語)にさえ聴こえます。

初期サウンドは、その中世ルネサンス音楽趣味とダーク / エーテルウェーヴの融合から “ネオクラシカル・ダークウェーヴ” というジャンルに括られることも多かったのですが、上記『イントゥ・ザ・ラビリンス』あたりから部族的リズムや古代儀礼的なサウンドへとバンドは邁進し、エスニック色を強めることになります。

再結成後の初のアルバム『アナスタシス』収録の「女王の帰還(Return of the She-king)」などは、アリ・アスター監督の異教徒(ペイガニズム)ホラー趣味が炸裂した大ヒット作『ミッドサマー』のサントラでもおかしくない世界観です。

デッド・カン・ダンスはゴスロックじゃない?

いまのところの彼らの最新作は2018年の『ディオニュソス』ですが、このバンドにもともとあったワールドミュージック性が行くとこまで行ってネオペイガニズム(異教徒礼讃主義)に結晶化した一例として個人的にそそられます。

ところで、イギリスの音楽評論家ミック・マーサーの『死ぬための音楽(Music to Die for)』という物騒なタイトルのぶ厚いゴスバンドカタログをパラパラめくってみますと、デッド・カン・ダンスの名前はどこにも見当たりません。

わりと同傾向のデス・イン・ジューンのようなバンドもないことから、ゴスロック研究の大家マーサーでさえ “ネオペイガン” “ワールドミュージック” 寄りの “ゴス” を、シックで都会的なゴスにカウントしたがらないようです。その意味で、今回のコラムは従来の “都会的” ゴスへの異議申し立て――“野生の証明”でもあるのです。

カタリベ: 後藤護

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